涼香と玲
「ねえ、玲。今度のシフト休みのことなんだけどさ」
ホテルのバックヤード。遅めの昼休憩中、私は向かいに座って大人しくサラダを突いている玲に、平静を装って話しかけた。心臓は、口から飛び出そうなくらいバクバクと暴れている。
「ん?なに、涼香?」
玲は口元にフォークをくわえたまま、くりっとした大きな瞳を私に向けた。
……可愛い。相変わらず、無警戒で、愛くるしくて、ずるい。
「その……たまには、一泊くらいで旅行でも行かない?温泉とか。最近二人とも忙しかったし、ゆっくり羽伸ばそうよ」
必死で作った「軽い提案」の体裁。
けれど、これは私にとって一世一代の挑戦だった。
ただの職場の同期としてじゃなく、親友という安全圏から一歩踏み出して、二人きりの特別な時間を過ごしたいという、隠しきれない欲望。
玲は「へえ!」と顔を輝かせた。
「温泉!いいね、楽しそう〜!最近ずっと立ち仕事で腰が痛かったんだよね」
「ほんと!?じゃあ、二人で行く場所決めよっか。海の見える露天風呂があるところとか──」
「あら、二人で楽しそうな話をしているわね」
タイミングが良いのか悪いのか、冴子さんが珍しく食堂に入ってきた。
「あっ、総支配人!聞いてください、今度の休みに温泉に行こうって話をしてたんです。総支配人も一緒に行きませんか?百合さんも誘って、4人で女子会旅行にしたら絶対に楽しいですよ!」
無邪気な、とびっきりの笑顔。
一瞬で、私の淡い期待と計画がガラガラと崩れ落ちていく音がした。
「え……っ、あ……」
「ふふ、私はとても魅力的だけど……二人のお邪魔になっちゃうんじゃないかしら?」
冴子さんは私の方をチラリと見て、すべてを察したように意味深な微笑みを浮かべた。お願いです冴子さん、それ以上は言わないで⋯⋯
「邪魔だなんてそんな!冴子さんと百合さんがいてくれた方が賑やかで絶対楽しいですって〜2日くらい誰かにホテルを託して⋯ね、涼香?」
無邪気な瞳で私に同意を求めてくる玲。
そこに悪気なんて1ミリも存在しない。純粋に「みんなで楽しく過ごしたい」という、100点満点の親愛と好意。
私は引きつった笑顔を浮かべるのが精一杯だった。
「あ、あはは……そうだね。4人の方が賑やかでいいかもね……」
「でしょ!じゃあ百合さんにも聞いてみますね」
嬉しそうにスマホを取り出す玲の横顔を、私は遠い目で見つめた。
昔からそうだ。
私がどれだけ熱い視線を送っても、二人きりになろうと画策しても、玲はいつだって私の気持ちを「最高の友情」として爽やかに受け止めてしまう。
私にとって玲は、世界でたった一人だけの「特別な人」なのに。
玲にとっての私は、ただの仕事仲間で、「大切な同期」でしかないのだ。
恋なんて感情は、彼女の頭の片隅にすら存在していない。
(……はぁ。私、何やってんだろ)
一人で勝手に舞い上がって、一人で勝手に撃沈して。
溜め息を飲み込みながら頼んだ冷たいお茶は、喉を通るとき、少しだけ苦かった。




