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寄宿  作者: すいか公爵
6/7

エピローグ1 事実のありか

――

「分かった、いいぞ」

朝の8時、フロントの人がそう言って、奥の人と変わる。どうやら夜勤を終えてスタッフが交代するらしい。

 スタッフが交代すると、ちょうどそこへ若い二人組みがやってきた。なにやら、切迫した様子でスタッフに詰め寄っている。

――


学生・後輩「すみません」

スタッフ「はい、なんでしょう」

学生・後輩「あの、昨日のことなのですが」

スタッフ「昨日どうかされましたか?」

学生・後輩「昨日、浴室で急に照明が消えたのですが……」

スタッフ「え!? それは」

学生・後輩「そして、見たんです、僕ら二人とも」

スタッフ「何を、ですか?」

学生・後輩「浴槽の奥のほうでなにか薄白い光がボウッと灯っているのをです」

スタッフ「それは……」

スタスタ……

??「…おい、どうした」

 困り果てたスタッフのもとに一人の男が現れ、事情を聴いた。

スタッフ「あ、課長、あの、それが、この方たちが……」

……

課長「…分かった、上に話すからちょっと待ってろ」

……

課長「そこのお二人、ちょっと来ていただけますか」

学生・後輩「はい」

……

課長「この部屋です、お入りになって少々お待ちください」

学生・後輩「分かりました」

ガチャ…… バタン。

……

学生・後輩「先輩、やはり何かあるみたいですね」

学生・先輩「そうみたいだな。だが、こんな個室に案内されるとは思わなかったが……」

学生・後輩「僕も驚いてます」

……

課長「お待たせしました」

学生・後輩「いえ」

課長「こちら、当ホテルの責任者と仲居の藤下です。では、私は仕事に戻りますので、これで」

学生二人『はい、ありがとうございました』

バタン

責任者「お立ちになっていないで、どうぞお座りください」

学生二人『では、』

責任者「……お座りになっていただいた所で、さっそく本題に入らせていただきます。昨日、あなた方の入浴中に何があったのですか?」

学生・後輩「はい、浴室の照明が突然消えたと思ったら、浴槽の奥のほうで薄白い光がゆれているのが見えたんです」

責任者「そうですか……、確かあなた方は前にもフロントに何かおっしゃっていたとか……」

学生・後輩「はい、5階の「締切」と書かれたドアが開いていて、ちょっと気になって中をのぞいたら、何か見えないものに押されて外に出されたんです」

それを聞いて、責任者と仲居は深く黙りこむ。

学生・後輩「あれは、なんだったんですか?」

仲居が責任者の顔をうかがう。すると、責任者はゆっくりと相槌を打った。

仲居「わかりました。その部屋についてお話いたします。あなた方のおっしゃったその部屋は、元々は普通のお部屋で、今まで何も問題なくお客様に提供しておりました。ですが、つい一カ月前にその部屋にお泊りになった方がいらっしゃったのですが、その方が、急に、亡くなったのです」

学生二人はギョッとした。だが、仲居は臆することなく話し続ける。

仲居「その方は浴室で、血を流して倒れていらっしゃったところを他のお客様に発見されました。死因は、浴室の石製の床に頭部を強く打ったことによる脳挫傷だったそうです」

すると、学生の後輩の方は興味が湧いたのか、追求した。

学生・後輩「どうして、倒れたんです? よりにもよって浴室で? なにか病気でも持っていたんですか?」

仲居「いいえ、そのようなご様子はお見受けいたしませんでした。朝、晩と私は部屋にお邪魔いたしましたが、お薬を服用なさっているようなことは無く、また私と快活に会話もなさっていましたから…」

学生・後輩(身体問題や障害みたいなものは無かったというわけか…)

仲居「朝、私がお部屋を見に行くときには、その方はいつもすでに身支度を整えていらっしゃいました。そして、ご飯を食べたら今日はどこへ行こう、()へ行こう、とよく私に楽しそうに語っておいででした。」

学生・先輩「すっきりした方だったんですね」

仲居「ええ。一緒にお話ししていて、とても気持ちが良うございました。それに、あの方は、ここ、熱海をとてもお気に召したご様子でした」

学生・先輩「自然豊かで、気候も安定してますもんね。僕らもここに来られてよかったと思っています」

仲居「毎日、どこかへお出かけになっていました。海や山、それと険しい坂道を越えて駅へ行ってみるなど、熱海をご堪能しておいででした」

学生・先輩「アクティブな方だったんですね。もしかして、それほど多くの場所に行っていたということは、なにか写真や旅行日記みたいな記録とかつけていたんじゃありませんか?」

仲居「はい、明確な記録ではございませんが、「詩」を書かれていらっしゃいました」

学生二人『詩、ですか…』

仲居「はい。ですが、意外でございました」

学生・後輩「何が、ですか?」

仲居「詩が、どこか暗かったのです。言葉尻というのですか、文章のところどころが、暗かったのです……」

学生・後輩「それって、見せてもらうことはできますか?」

仲居「はい、その方とお話している時に原稿用紙を手に取ったら、『それ、差し上げます。迷惑でしたら、置いといてかまいませんよ』とおっしゃられ、どこか気になったので頂きました。少しお待ちください、取ってまいります」

仲居は、そう言って立ち上がると部屋を退出する。

……

沈黙が訪れる。しかし、その沈黙はすぐに打ち破られた。

責任者「ちょっと、いいですか? すぐ終わりますので」

学生・先輩「あ、はい」

学生二人は姿勢を整える。

学生・先輩「なんでしょうか?」

責任者「いえね、今回の件なのですが…、どうかご内密にして頂けないでしょうか?」

学生・後輩「と、申しますと…」

責任者「いえ、なにぶん、こちらもお客様あっての商売なので、お化けの出るホテルなどという噂が広まるのは、ちょっと……」

責任者は二人にそう打ち明けた。二人のうち一人は重々しい表情で黙っていたが、もう一人は立ち上がって即答した。

学生・先輩「分かりました。夏季休暇開けに研究成果の構内発表を予定していましたが、やめることにします」

 一瞬、もう一人は目を大きく開いて先輩を見た、が、すぐに前へと向き直す。一方の先輩はその視線に気がついていない。ただ真っ直ぐに責任者の目を見ている。

責任者「そうですか! ご理解いただき誠にありがとうございます」

学生・先輩「いえ、さすがに今回は問題が大きすぎると思ったので……」

ガチャ

 不意に入り口の戸が開く。「失礼します」と言って、詩の原稿を取りに行っていた仲居が部屋へと入る。

 そして、会釈した頭を上げた一瞬、仲居はたじろいだ。客の一人が立ち上がって責任者を真剣な目で見つめていたからだ。なにか口論でも起きたのではないか、と仲居は思案をめぐらせた。しかし、その部屋の雰囲気がじんわり伝わってくると、そういったピリピリした感じではないことが察せられた。

 仲居は我に返る。

仲居「失礼しました。資料、持って参りました」

そう言って、仲居はテーブルまで行くと原稿をそこに置き、自分の席へと向かう。

仲居「あの、どうぞ、おかけになってください」

学生・先輩「あ、すみません。では……」

立っていた先輩が席に着くと、仲居も席に着いた。

 学生は提示された少し大きめの封筒を開ける。すると、大学で慣れ親しみのある四〇〇字詰め原稿用紙が中から現れた。

 先輩のほうから手にとって読む。



青い、青い、海。

碧い、碧い、山。


雄大なバックに心躍らせながら、

僕は浜の砂を手ですくってはこぼす


大きな大きな色味の中で、

小さな小さな僕の手のひらと砂粒

   ……

ほら、なんだか愛おしくなって来ただろう?



先輩の方は少し時間を取って読み終えた。そして、後輩へと渡す。

 後輩の方は極端に短く書き並べられた文章を見て、拍子抜けしたらしく、ある程度読むと原稿をテーブルの上に置いた。

後輩「僕は良い詩だと思うんですけどね。海と山のところを同じ、「あお」って音で律を取っていて、また、大きい自然と小さい自分、そして砂粒という対比も面白いと思います」

後輩の話が終わると、少ししてから先輩が述べた。

先輩「僕は、先ほど仲居さんのおっしゃった「暗い」というイメージがなんとなく分かった気がします。海と山に囲まれているなら、普通はいろんなことをしようと思うはずです。例えば、泳ぐだとか、山登りだとか。けれど、この詩では砂をすくってはこぼすだけ。いろいろできるはずなのに、何もしない、何もできない、そんな感じだと思います。そして、最後の「愛おしくなって来ただろう?」というのは読み手側への同情を誘っていると、僕は感じました。つまり、自由な環境で、何でもできるのに、結局のところ行動できず砂粒を手ですくってはこぼす、ちっちゃなことしかできない自分に同情してくれという詩だと僕は感じました」

先輩が言い終わると再び静かになった。

後輩は、今の発言はちょっと過激すぎやしないか、と先輩に目配せする。しかし、先輩はまたも視線に気がついていない様子だった。

仲居「私は(がく)が無いので、そういう細かな事は分かりませんが、私の感じた「暗さ」はそういうことなのだろうと思います。お話を聞いていて、納得できましたから」

先輩「けれど、そう考えるととても悲しいですよね……。

その方って一人で泊まられていたんですよね?」

仲居「はい、お一人でした」

先輩「その方が一歩踏み出せなかったのは、もしかしたら背中を押してくれるような人、「理解者」がいなかったからじゃないでしょうか?」

仲居は先輩のその言葉にショックを受けたような顔をした。後輩はその様子を見て、怪しんだ。先輩は続ける。

先輩「詩を見てみると、登場人物は他にいてもおかしくない状況なのに、孤独な感じで「僕」一人だけしか出てこない。これは書いた方の心の風景じゃないでしょうか。もしかしたら、とても寂しかったんじゃないでしょうか」

仲居「……」

先輩「僕も「理解者」のいない気持ちは少し分かります。

実は、僕ら大学で心霊サークルやっているんです。僕、発起人なんですよ。でも、サークル設立当初、メンバーは僕だけだったんです。だから、懸命に勧誘したんですけど、みんな冷ややかな目で僕を見ていたんです。

不思議なことを明らかにしたい、知りたい、それが僕の設立理由でした。でも、それを分かってくれる人は誰もいなかった。みんな、子供っぽいだの、幼稚だのと言っては素通りして行くんですよ。

この世の、この世界のことを知りたいという僕の思いはなかなか伝わらなかったんです。けれど、彼が入ったんです。僕の後輩が入ったんです。『いいじゃないですか、面白そうです。現実離れした話でも、起きているのは現実内ですからね』と言って、」

 後輩は急に自分の話を持ち出され、恥ずかしそうに目を伏せる、先輩は続ける。

先輩「やっと、自分を理解してくれた。そう感じた時、気持ちがスッキリしたのと同時に、今まで心霊サークルのことや自分がおかしいんじゃないかと思っていたことが、莫迦(ばか)らしく思えたんです。

「I am I.(俺は俺だ。)」そう思えるようになったんです。色々な自分、バラバラだった数多くの自分が一つに集約した気がしたんです。

   そして、その後サークルに女子二人が加入して、賑やかになって、楽しくなったんです。

   その方もきっとそうなってくるはずだった。けれど、その前に……」

仲居「そう、だったのですね……。そうだったのに……」

先輩「事故とあってはどうしようもない、不運としか言い様がないですよ。けれど、その方にも人と繋がる喜びを知って欲しかったです」

……

 時計は9時を指している。学生はちらと見てそれを確認する。

先輩「そろそろ時間なので、それでは、僕らはこれで失礼します。貴重なお話、ありがとうございました」

仲居「あ、あの!」「

 仲居は立ち上がろうとする、学生を引き止めるように声をかけた。

仲居「あの、地下の浴室、拝んでいきませんか?」

責任者「おい!」

責任者は静かに怒声を発する。仲居は責任者に言う。

仲居「全てをお知りになったんです。それなら、自由になさってもらっても結構でしょう……?」

そこへ学生が割り込む。

先輩「いえ、いいです。それに、もう大丈夫ですよ、おそらく」

仲居「そう、ですか」

……

先輩「では、失礼しました」

後輩「失礼しました」

 学生二人は扉を出て行った。ロビーに戻るとチェックアウトの手続きを済ませて、外へと出た。スタッフは、その出て行く二人に向かって深々と頭を下げていた。

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