9 煉瓦砦と騎士
翌朝。
疲労は取れたが、珠から感じる魔力は弱まったままだった。
活動に悪影響はないので、いつか治るだろうとそんな適当に考えていたのだが、
「王子様、魔力が弱まっていますわ」
ディアが俺の天幕の前で待っていた。
「お、おはよう、まあ、色々試したのでね」
「その魔力は生命を吸わせることで戻ります」
「ほう、そんなことがわかるんだ、具体的に如何やったらいいんだ」
「生き物を殺すのです」
ストレートな回答。
うすうす感じていたことではあるが。
「おい、こんなつまらない物のために、誰かの命を奪うとかする気無いぞ」
ちょっと語気を強める。
「それはつまらない物ではありませんが……生き物に尊貴はありません、家畜でも狩りの獲物でも、敵の命でも、王子が倒せば勝手にその力が奪ってしまいます」
「奪うって、じゃあ、俺が命令して殺された敵の命はどうなる」
「それもあなたの力が奪ってしまいます。あなたの因果で殺されたことに変わりがないからです」
俺が何か答えようとしたとき、
「ゴブリンだ! 殺せ!」
兄弟団の見張りが目ざとく敵を発見する。
ゴブリンの残党がいたのだ。
兵士たちは食事を投げ捨て、素早く乗馬すると、逃げていくゴブリンを追撃する。
ゴブリンは素早い、が、馬には勝てない。
特に兄弟団の動きの速さは段違いで、ゴブリンたちは次々と倒れていく。
ロムとコレット、数人の兵士が俺の傍にやってくる、
「ロム、陽光兄弟団は凄いな。君が鍛えたのか」
「ああ」
「彼らは経歴はどうあれ、普通の人間だろ」
「違う、あいつらは何世代も吸血鬼の食用として交配させられた『人間』だ」
「王子様、あの人たちは、あえてとても優秀に作られているわ。種族や人種も組み合わされてるの。エルフもドワーフもいろいろ入っているのよ」
コレットが補足説明してくれる。
「吸血鬼は優秀な人間ほどおいしいと感じる」
ロムがいうと嘘だろうとは思えない。
「それにしても、彼らはとても均一的な感じだね、顔も体大きさも同じくらいで、そして、凄く素早い」
「精神力も強い、俺が止めないと奴らは死ぬまで鍛錬を続ける。走れといえば死ぬまで走る」
「あの人たちは王子を神様みたいに崇めているわ。心がないから、何かを自分の核にしたいのよ」
コレットの分析は正しいように思う。
俺が死ねといえば本当に死んでしまうかもしれない。
日本の武士道はそのような無私を好んだが、それとは違うような感じがする。
「王子様、ゴブリンを十二匹始末しました」
陽光兄弟団のリーダー、最も年長の男が報告に来る。
「奴らは何者だったのだろう」
「狩りに出ていた者たちだと思われます。人間の死体を食用として引きずっておりました」
あまり見たいものではないが、義務として、彼らの死骸と持ち物を検分する。
ふと、気が付く。
右手の目玉は力を取り戻したようだ。
(現金な奴だ)
死骸は比較的大柄なゴブリンが主体で、彼らの主戦力だったのだろうか。
確かに、どこかの農民か牧夫のような男の死体を縛って持っていたようだ。
「今のリーダーの名前は何というのだ」
「ゴス」
ロムが答える
「ゴス、お前たちの中で隠密が得意なものを二人連れてきてくれ」
ゴスはうなずくと、二分後に二人の女を連れてくる。
「メルとカリファです」
どちらも似た感じだが、カリファの方がやや大柄だった。
メルは黒髪、カリファは焦げ茶の髪。二人とも褐色の美女である。というか、兄弟団は全員肌に褐色が入っている。
「では、二人交代でこの廃墟を見張ってくれ。今みたいな襲撃部隊の帰還や或いは全く別の魔物山賊でもいい、そういうものが来たら俺にすぐ報告してれ。隠れて、見つからないように。戦う必要は全くない」
二人はうなずく。
「では、これを与える。これは『闇のマント』。全身を包むと見つかり難くなる、試してみろ」
俺は昨日作ったマントを二人に与える。
二人は不思議そうにマントを見ていたが、全身を包むと、目の前から消えてしまう。
そして、マントを背中に垂らすだけにすると、荷物の陰に潜んでいる姿が見える。
「なかなか強力だな。二人の隠密が上手いとはいえ、目の前からふっと消えるとはね」
「ありがとうございます王子様。必ずご恩には報います」
メルとカリファが唱和するように答える。
少し気恥ずかしい。彼らの忠誠に自分が値するのかという迷いもある。
ふと、振り向いて、暇そうなエリンに、
「君も、このマントほしいかい?」
「いらないわ。似たようなものを持ってるし、おじさんがくれた物の方が強力よ」
余りかわいげのない反応だった。
「いらないならいいけど」
メルとカリファはぎろっとエリンを睨んでいる。
「王子様に無礼な物言いを……」
オイオイ、ちょっと待て。
「ま、待て! エリンは少し不愛想なだけだ。俺を理由にケンカをするな。命令だ!」
二人は頭を下げて引きさがる。
しかし、エリンを睨んでいるのは変わりない。
エリンも敵意には敵意を返すタイプらしく、睨み返している。
怖い女どもだ。やれやれ。
「そうだ、コレット、あの魔法棒の残りはどのくらいある?」
ダナから貰ったファイアボールが出る棒のことである。
「もうあまりないわ。十発くらいね」
「十分ほど貸してくれ」
俺は棒を受け取ると、天幕の中で炎の魔力を込めてみる。
「う、これはかなり来るな……」
結局またヘロヘロになってしまったが、これは魔力を貯めるアイテムでもあるので、特に何の術も必要なく残数を補填できたようだ。
「待たせたな、どうぞ」
コレットは不思議そうに魔法棒を見ていたが、
「王子様どうやったの、ほぼ満タンになっているわ」
「細かい詮索はなしで頼む」
「……顔色が悪いですよ、王子様」
コレットが心配そうに俺を見る。
ぱっちりしたおめめがキャワイイ。
こんなかわいい子がロムと結婚するとかちょっとうらやましい。
そうこうしていると。兵たちは出発準備が整う。
次の目的地は『煉瓦砦』。
兵を率いて十キロほど行くと、見えてくる。
赤い煉瓦の砦。
上古人が作ったものではなく、近年、といっても数百年も前のことらしいが、今は滅んだ人類の入植者が過去に作った砦だった。しかし、その砦の土台は上古人の何らかの遺跡である。
過去の報告ではアンデッドが多く住み着いて居るという。
俺はピースケを飛ばして、偵察することにした。
「ゾンビが五十、スケルトンが五十」
「武装は?」
「ゾンビは棍棒、スケルトンも棍棒、スケルトン二十が弓矢も使う、城壁の陰で待機してる」
冒険者とロム、コレット、そして、ゴスを集める。
「状況はこのような感じだ。きれいな防衛をしているから、支配者の術者がいるかもしれない」
俺は煉瓦砦の現状を皆に伝えた。
「城壁破れてるところもあるから、そこから一斉に入ったらいいんじゃないの」
ケイが面倒くさそうにいう。
「術者が居るなら、そこは罠があるだろう。ここはコレット殿がアースエレメンタルを呼んで城壁破壊の正面突破が得策かと。あの煉瓦の壁は脆いですぞ、年月も経ちすぎておる」
ローランドの常識的な案。
ケイは自案を否定されて面白くなさそうな顔をするが、年長者の言い分を無視する気もないようだ。
「私のエレメンタルはあまり強くないよ」
コレットが控えめにいう。
「盾を持った戦士で守りながら行きましょう。手の空いた奴ははしごで登ってもいい」
と俺が提案。
他に策もないようなので、正面突破で行くことになった。
エレメンタルを守る作業は陽光兄弟団が行う。この手のチームワーク仕事はお手の物なのだ。試しにやらせると、かなり大丈夫そうだった。
はしごやロープなどが急いで調達される。
結局、攻略は二日後という事になった。
その日はしとしとと雨が降っていたが、作戦に支障はなかった。
あまり面白くなさそうな顔のケイには、例の火炎剣と鎧を渡す。
「これを使ってくれ火炎剣だ、それと鎧も」
鎧は魔法付きのものを大枚はたいて首都で買ってきた。なるべく露出の多いの。
「ふーん、剣は面白いね。火が付くのか。でも今回は前貰った両手剣の方が良くないか? それと、あたしの体を見たくないの?」
「半裸未満の服装は、お願いだからやめてね」
「本当は好きなくせに」
といいながらも、装備してくれて一安心だった。
実は、若干残念だったが。
朝食や戦闘の準備をしていると、数人の男たちがやってくる。
完全武装の騎兵。
ローランドと同じような武装だった、この国ではほとんど見かけない最新式の鎧。
「ガルディア国王子、クリサレス殿とお見受けする」
「ああ、そうだが、君たちは?」
彼らは馬上から語り掛ける。
なんだか礼儀がなってないような気がした。
「我らはローランド殿の縁故の者。私は甥、クレメンテ・ガウテル、その弟、ルキノ・ガウテル。あとの二人私の友人デヴィド・ガラバー、パトリック・バーシルと申す」
ルキノだけは馬から降りて、軽く一礼する。
「おお、着いたか、クレメンテ。遠路はるばるよく来てくれた」
ローランドが珍しく笑顔だ。
「この地は冒険に事欠かないと聞きましたからな。腕を試す機会は逃せません」
騎士はようやく馬から降りて兜を脱ぐ。
冷酷そうな細い目をした男だった、非常に大柄でがっしりしている。ルキノはぱっちりした目をした優しそうな容貌。デヴィドとパトリックはなんかへらへらした雰囲気である。あまり好きではないタイプだ。
「王子、彼らはイスカニア帝国の騎士だ。アーロン王国で冒険をしていたが、最近は平和になりすぎて戦の話を探していた。わしの手紙を受け取ってここまで駆けつけてくれたのだ」
「ローランド殿のご紹介なら、僕に異存はありませんよ。今からあの砦を落とす戦いが始まりますから、参加は歓迎します」
「よろしくお願いします、王子」
ルキノが礼をする。クレメンテは無言、他の二人はキョロキョロしてへらへらしている。
クレメンテは、結局、一度も礼をしなかった。
若造には頭を下げたくないってことなのだろう。気に入らないが、戦場で活躍するならと思い、彼らのことは考えないことにする。
「王子申し訳ない。あいつは昔から礼儀がなってないのだ」
ローランドが珍しくフォローに走る。
「僕の命令を聴く気があるかわかりませんから、ローランド殿が彼らを指揮してください」
「お任せあれ」
ローランドは礼をして去っていく、流石に、あの老人に逆らうようなことはしないだろう。高慢ちきのおっさんでも。
朝食を終えたら、戦闘が開始される。
兄弟団がエレメンタルを守りながら、中央を進んでいく。
そのあとに、冒険者が二グループに分かれて左右から行く。左がローランド部隊、右がケイの部隊。俺とコレットは兄弟団の後ろ。兄弟団はロムが指揮を執る。
スケルトンが姿を現し弓をつがえる。
「喰らえ、陽光」
と言いながら、『太陽の盾』をかざす、目がないからくらむわけではないが、スケルトンの動きが少し鈍る。
たいした時間は稼げなかったが、それでも弓矢の一斉分くらいは減らしたようだ。
城壁に取りつき、アースエレメンタルが壁を殴り始める。
「何なの、人間ども。私の邪魔をしないで!」
突然、甲高い女の声。
城壁の上にブラックエルフの女が杖をかざしていた。
ブラックエルフは南のジャングル出身の野蛮なエルフで、醜くはないがコレットちゃんのようなキュートさはない。
「あいつ、邪神の神官よ!」
特徴的なマークが服に縫い付けられている。コレットは目ざとく発見した。
「ダークボルト!」
女の杖から三本の黒い塊がとびだし、全弾俺に命中する。
「グボッ!」
黒い塊は俺の体にあたって弾ける。激痛が全身を襲う。
悶絶するが出血などはなかった。
「王子、大丈夫?」
コレットが心配そうに見るが、俺は大丈夫と手で答える、とても声は出せない。
こちらからも弓が発射されるが、女の前で矢は地に落ちる。
「魔法を撃て!」
誰かが叫ぶ。
「ファイアーアロー!」
コレットが杖をかざす。
女に火炎の矢が当たるが、女は一撃ぐらいでは倒れない。しかし、
「ちっ!」
舌打ちをすると、壁の後ろに引き込む。
女がいなくなると、城壁はすぐに攻略される。
左右の部隊は容易に壁を登り、スケルトンを一掃してしまう。
新参者のパトリックは壁の上でガッツポーズをした。
何だあいつは。
デヴィドはスケルトンの頭を拾って笑いながら兄弟団に投げつける始末である。
そんなことには目もくれず、中央部隊は壁を破って突破し、後ろの木の骨組みも簡単に叩き折った。
ゾンビが一斉に襲い掛かってくる。
兄弟団も小剣を抜いて応戦する。エレメンタルは敵の初撃で消えてしまった。
兄弟団は槍と盾と小剣というあまり金のかかっていない武装だが、ゾンビ相手にはあまりマッチしていないので、苦戦している。やられはしないが、倒せないという感じである。
中庭に冒険者たちが入り、ゾンビを左右から叩ける形になった時、小さな本丸からぬっとおぞましい何かが顔を出した。
「スペクターだ!」
誰かの恐怖の声。
不気味なローブを着た実体があるのか微妙な生き物が現れる。
合計四体。
俺は不思議と何も感じなかった。しかし、
「うわ!」
誰かが全力疾走で逃げ出した。
壁の破れから脱兎のごとく飛び出したのだ。
その時、俺とコレットは壁に上って状況を確認していた。
逃げたのは、確かパトリック。
他の者は逃げてはいないが腰が引けている。
「こんなのにビビってんじゃないよ!」
ケイの叫びが皆に勇気を与える。ケイが祝福された両手剣で一撃すると、一匹は苦悶の声を上げる。かなり効いているようだ。
俺はすかさず聖なる吹き矢でとどめを刺す。
確実に仕留めるのが正しい戦い方なのだ。
スペクターはローブと装具を落とし、煙になって消える。
「王子、吹き矢が似合ってますよ」
コレットが真面目に言う。
一応褒めてくれているのか?
「コレット、スペクターの後ろに敵の神官がいる。一人じゃないぞ」
「ファイアーボール!」
綺麗に敵の真ん中に火炎の球が直撃した。
爆発を起こし、敵の主力はダメージを受ける、が、だれ一人死にはしない。
神官は三人居て、一斉に
「ダークボルト!」
コレットに飛んでいく。
「魔力消去!」
辛うじて、コレットは一人分だけ消すが、残り六発が飛んでくる。
俺は彼女を抱きしめ全弾を喰らった……。
「ぐ、が!」
激痛。
俺は気絶し……なかった。
ここで気絶したら、士気崩壊する。小手の生命魔力を動員して、体を治す。
激しい息をつくが、
「俺は無事だ!」
辛うじて声を出す。
「ファイアーボール!」
コレット、今度は神官二人が倒れる。
女のブラックエルフだけはまだしぶとく生きていた。
ロムがゾンビを次々と倒し、ケイがスペクター二体目を消し飛ばす。
ローランドとその仲間もスペクターを処理し、ゾンビを倒し始める。
女は逃げようとするが、必殺の俺の吹き矢が……。
残念、射程が短かった。
途中で聖なる弾は消える。
「蜘蛛の巣!」
コレットの無情の魔術が女を絡めとる。
「クソ、こんなとこ……」
女の悪態は最後まで聞けなかった。
ケイの必殺の剣が首をはねたのだ。
「剣も悪くないねぇ」
ケイのつぶやき。彼女は剣をかざして、光り輝く両手剣(永久に借りている)を惚れ惚れと眺める。
戦はほぼ終わり、しぶといゾンビを完全に破壊する作業がだらだらと続く。
俺は兄弟団の武装がゾンビ戦で不利だったことに事前に気が付かず、かなり後悔していた。
運よく死者は出なかったが、優秀な戦士だったから何とかなっただけで、民兵だったら、死傷者がかなり出たと思う。
ちなみに、新人冒険者の中に二名死亡者が出ている。
最初の弓矢で亡くなったのだ。
砦の捜索を行い、日記が見つかる。
倒した邪悪の神官共はバールという魔神の信者だと判明した。
この地で勢力を拡大するつもりだったが、人口が少なすぎて頓挫し、単なる山賊まがいのことをやっていたという。
「バールは一番メジャーな魔神よ。最近、彼らの国が滅ぼされたわ」
コレットの説明。
ブラックエルフの女神官がダークボルトが発射できる杖を持っていた。
「王子は凄いわ。ダークボルトは普通一発で一人倒せる術なの。六発も受けて負傷だけで済むなんて……」
コレットが驚いている。
「ま、魔法の鎧のおかげだよ。たぶん」
たぶん、小手の闇の力のおかげだろう。
探索が終わると、配分になる。
金貨はそれなりにあったので、大活躍は十枚、それ以外は二枚という分配になった。ケイ、コレット、ローランドとクレメンテ、ルキノにもやろうとしたが、
「わしは必要ありません、パトリックが敵前逃亡した罰はどうかお許しください」
ローランドはかなり憤慨していた。彼が怒る姿は滅多に見ない、普段は本当に温厚なのだ。
「うーん、しかし、それでは他の皆に示しがつかないでしょう」
敵前逃亡は普通処刑される。
「私も辞退します。彼を許してやってください」
ルキノも叔父を見倣う。
やはり彼はいい奴だ。
「スペクターの恐怖は魔物の特殊な攻撃だ、敵前逃亡の罪には当たらない」
クレメンテがなんだか偉そうに決めつける。
「とにかく、彼への報酬は無しだ。他の人は普通に受け取ってくれ。今後彼は雇わない」
「無知な田舎者め」
クレメンテが微かにつぶやく。
俺は聞こえないふりをした。
領土は拡大したが、『煉瓦砦』、この砦は脆すぎるので使えない。
後日、破却されることになる。
それでも、死骸などは放置できないので、敵の住処と一緒に焼く。
俺たちは天幕を張って数日作業のために残る。
冒険者たちは早々に引き上げてしまったが、ケイとコレット、ロム、エリンは残る。
俺は兄弟団を呼び、活躍した者に褒美を渡す。
前作った火炎剣二本を彼らに渡す。
武器を貰った者たちは、素直に目を輝かした。
「あまり活躍できなかったのに、この感謝忘れません」
ゴスが頭を下げる。
「気にするな、お前たちの装備をよく見てなかった俺も悪い。それどころか、あの装備でよくゾンビを抑えてくれた」
この地も入植はするつもりなので、とりあえずの砦を建設する。
追加報酬を払い、コレットにアースウォールで土の砦を作ってもらう。その周りを、大量に手に入った煉瓦で補強していく。
この作業は入植防衛の屯田兵が来るまで行うことにした。
兄弟団の仲間も駆けつけ、黙々と煉瓦を積んでいく。
休憩しろと命令しないと、ちょっと休憩なんてこともしない。
本当に、淡々としている。
俺はロムに監督を任せて、例の杖を無人の荒野で試す。
「ダークボルト!」
……発射されない。
「フッ、ダークボルト」
悪そうな重低音で発声したが、反応は無かった。
「だーくぼると♡(キャピ」
可愛くいっても何も起きない……。
「知らないの? 杖とか魔法棒は魔法使いじゃないと使えないのよ」
暇そうなエリンの冷たい指摘。
いつの間に。
見てたのか。
「使い方を教えてもらえばできるかな?」
「多分無理よ。普通は魔術学校とかで何年も修行して適性のある人だけ使えるようになるんだから。私は修行する前に才能無いっていわれたわ」
どういう事だろう、俺は杖の残弾補充はできる、しかし、操作はできない。
現状を例えるなら、スマホに充電はできるけど、操作できるわけではないということ。
俺はコンセントなのだ。
だが、待てよ、帆手夫の本の術は使えた。俺に才能がないかどうかはわからないけど使える術はある。
それに、信仰系の術はどうなんだろう。
「そう言えば、ローランドは『奇跡』が使えるけど、あれも才能関係あるのか?」
「『奇跡』は神への帰依と供物で決まるわ。才能はいらないといわれるけどね。神を心から信じる強い意志はいるから、結局、才能がいるのと同じよ」
「じゃあ、僕が使ってる術は知ってるかい。あれはどうなんだろう」
「あなたの使い魔とかの術ね……何か使って見せて」
というわけで、非常に無害な術『女性の下着を見る術』を使ってみる、要は小さな風を起こすあれ。
「ぬうっ!」
俺は施術し気合と共に風を起こす。
草が揺れる。
「……すごく簡単な術だけど……確かに、何らかの魔力で風が起きたわね。これはあまりいいたくないけど、どう見ても『妖術』よ、それ」
「『妖術』? 名前からして悪そうだけど」
「『妖術』はコレットやダナが使う『魔法』とローランドが使ってるような『奇跡』のハイブリッドといわれているわ。詳細は知らないけど、概ね悪い人が使ってる。悪魔信仰の人とか」
「え、じゃあ、やっぱりこれ悪い術なの?」
「おじさんの話では、悪というより、邪神を恐れる人々が作った古い術が、一部の人間に引き継がれて残ったものだって。それ自体が悪かどうかは別の話っていってたわ」
「ならば、使う人間の心が真っ白なら、これは正義の術にもなりうるんだね」
「本当に真っ白ならそうよね、真っ白なら」
エリンの疑い深い目。
「も、もちろん、俺の心は綺麗な青空みたいなものだ」
「一応、今はそう思う事にしておくわ」
この杖が使える術がないか、ざっと目を通したが、『おまじない大全』にそのような術は無かった。
「魔術の体系が違うからどうしようもないか」
俺はごろっと草の上に寝る。
結局、杖はコレットに渡すことになった。
コレットは少し微妙な顔をしたが、素直に受け取る。
領土開拓事業『煉瓦砦』の攻略は終わり、民兵を入れてから俺たちは撤退する。
不思議なことに、ディアは首都に戻る前に消えてしまった。朝起きたら天幕に居なかったという。
優秀な兵や冒険者に囲まれての消失である。
説明をつけられるものは誰もいなかった。
いつも、評価、ブックマークなどありがとうございます。励みになります。
2020/9/24 文章リニューアルしました。読みやすくなったでしょうか。
2023/4/14 微修正