ある魂の挑戦 02
大量の黒の虫と敵である竜騎士が入り乱れる岩だらけの山脈。
そこから奇跡的に逃げる事に成功し、今では懐かしいトライド国の軍道までやって来た。
軍の為に整地された道の真ん中を進むことは出来ないが、この道により自分たちの進む方向がより分かりやすくなる。
(エスフォロスにはああ言ったが、オゥストロは軍の機密を知る者を、絶対に逃しはしないだろう)
目の前を先導するテハの立ち位置は、現状ただの逃亡者だ。
テハは天上の巫女に仕えると従っているが、エスクランザの神官将という位置は、巫女の地位を危ぶまれたメイよりも、大神官のアリアの意思で全てが決まる。
飛竜の人食とテハの罪、これを天秤に乗せたハッタリは、頭に血が昇っていた単純なエスフォロスだったから混乱させる事が出来た。
(あとこいつ、セキャ・オンについてだが…)
メイと同じく空から落ちてきた落人の一人であり、メイよりも背は高く手足が長い。
そして性別が男だということ。
(ふむ…。運動能力に関しては期待はできないが、なにより…)
オルディオールは時折入れ替わる身体の主導権。今は自分で自由に出来るメイの短い手足、子供のような手のひらをじっと見つめる。
そして真横を歩くセキャの骨格、太ってはいない胴回り、骨盤から伸びる足、さらに肩から指の先を目で追った。
(試してみるのも良いかもな……!)
「メイ様」
「俺だ」
オルディオールが感じた気配、それと同じ様に緊張したテハから声がかかり、黒目のつり目は少年神官と目配せする。
『ハシッテル!』
短くセキャに告げると走り出した二人。
『あ、右野さん!』
一定の距離で追っていたが、突然目標が走り出し、生い茂る葦に飛び込んだ。その三人を、蒼だけの瞳が木の陰から見つめていた。
✳
テハの背を見ながら、しばらく道なき木々の間を駆け抜け続けた。そして周囲の気配に耳を澄ませ、顔を伝う水を手の甲で拭う。
冷たい汗を目にしたオルディオールは、額と首すじを手の甲で熱を測るように移動したところで、速度を落として後ろを流し見た。
少し離れた後方に、遅れながらもしっかりと走り付いてきているセキャを確認する。
(……)
バラバラと両手両足が動いてはおらず、しっかりと腕を使い、前進するために足を動かしている姿を確認した。
(……悪くない)
運動能力の低いメイが基準では比較は出来ないが、セキャの走る姿にオルディオールは内心で頷いた。
(崖下りでは、こいつもメイと似たようなものかと思っていたが、ふむ)
「周囲に気配はありません」
辺りを確認して戻った少年に、オルディオールはメイの身体でうんと頷く。
「今日はここで野営しよう」
鬱蒼とした木々の中、岩場には流れる細い小川がある。テハがメイの寝床を素早く用意し始めた頃、息を切らせたセキャがたどり着いた。
『み、水、もう駄目だ、』
(確かに。メイにも水分補給をさせないとな)
小川の水を腰に巻きつけてある携帯筒に汲み、魔石を入れて濾過をする。流れるようにテハは少女に筒を捧げると、それを半分飲んだオルディオールはセキャに渡した。
『ノム』
『あ、ありがとう…』
ゴクゴクと水を飲む喉仏。それを見つめたつり目の黒目はこくりと一つ頷いた。
その夜、セキャとメイはいつもの様に寝るまで話をしていたが、メイが寝返りを打ったところでオルディオールは外に出た。
スピスピと、少女の鼻から出た寝息音を確認し、青い玉は慎重に横になるセキャの身体に近付いていく。
(やはり、魔素は感じない)
メイと同じ様に魔素は無い。
目を瞑り口を明け、上を向く青年。そこに向かってオルディオールは飛びついた。
『…………………………』
その瞬間、大きく開いたつり目の黒目は青い星の光に照らされて、キラリと輝いたオルディオールの玉体を見ていた。
「……」
入った。
試しに寝返りを打つ。そして両手を、指が動くことを確認する。
(やはり拒絶反応もない)
悪くない。
セキャの身体で口の端を上げたオルディオールは、一先ずの成功に満足して外に出る。すると、無防備に寝息を立てていたはずのメイの両目が大きく開いていた。
『……』
「……」
「ぷるりん、今、何してたの?」
メイは、ファルド言葉でオルディオールに問う。
見ていたのか……?
確実に見られた事は理解していたが、何故か自問自答に身を固める。だが固まらず、ふるりと震えた青の液体に我に返った。
(……別に、メイに見られても問題はない。やましい事なんて何も無い)
だがつり目の黒目を避けるように、小川の周辺に点在する岩場へ移動する。そして再びメイを振り返ると、黒目がオルディオールに突き刺さった。
(…………まだ、見ているな)
〈ゥォラ、何してんだよ〉
(…………何も、問題無い)
[それは、何ですか?]
(…………何も…!!)
横になる二人の男女。今だにオルディオールを凝視しているメイの後方、近くにそびえ立つ木の枝影の合間から、薄い茶色の瞳が瞬きもせずにこちらを見ていた。
(テハ、お前もか……)
諦めに閉じれる瞼は無いが、くるりと二対の注目から逃げるように背を向ける。そしてサラサラと静かに流れる小さな小川を見たオルディオールだったが、今度はそこに、魚族特有の蒼い目が無いか確認した。
(ない。そもそもこの川は、南方の奴らが潜れる様な深さは無い)
(……)
『……』
[……]
青い星の光はまだ降り注ぎ、朝日が訪れる気配はない。小川の流れだけを聞きながら半刻ほどが経ち、オルディオールが再び後方を確認すると、二対の瞳はまだこちらを見つめていた。
(ガキども、しつこいな……。だから俺は、やましい事など何一つしていない)
開き直って再び注目から背を向ける。それを追う二対の瞳。だがオルディオールが気付けなかった第三の蒼い目は水の中ではなく、木の枝からオルディオールを見下ろすテハの更に後方、地上の木々の影から彼らを見つめていた。




