王という存在 01
王城が得体のしれないものに襲撃され、王都カルシーダには不気味な塔が幾つも現れた。
虫の死骸が重なり合って高く高く積み上げられた黒の塔は硬質で、簡単には倒すことが出来ない。
それを城の一室から眉根を寄せて見ていた竜王の背後、美しい女が踵の音を響かせて近づいてきた。ガーランド王族特有の長衣装の裾は、綺羅びやかな金の刺繍に縁取られている。
王妹であるケイシャの見た目は華美で露出の多い装いではあるが、彼女は厳格な天教院の信徒でもある。そしてガーランドでは左翼城でも高位神官の地位を持ち、国内の教会に広く情報網を持っていた。
ケイシャは兄の背にたどり着くと、南方の王達が告げた言葉を繰り返した。
〈楔の橋での誓いを忘れるな〉
〈!〉
振り返ると、壮年の美しい妹が困り顔で兄王を見つめている。だが、訝しむ兄にケイシャは更に続けた。
〈無人の長、お前たちが飛竜の友である限り、我ら真存在もお前たちの存在を認める〉
〈……〉
〈とても、物騒なお話しでしたわね〉
〈盗み聞きを、許した覚えはないぞ〉
〈盗み聞きではありませんわ。南方の彼らは、隣の部屋で聞いていた、私に気付いていましたから〉
〈……〉
〈お話しを聞けて良かったですわ。単純に、天上人を差し出せば済むという問題ではなさそうですもの。…ですがオゥストロ殿とは、早めに縁を切らせて正解でしたわね〉
黒髪黒目、見た目には北方の子供にも見える少女は、誰の目から見てもオゥストロの婚約者としては不釣り合いだった。
〈黒騎士オゥストロ殿は、竜王にとっては特別ですものね。だからこそ、天上人が天に帰ると願った慰霊祭で、婚約を解消させた〉
〈……〉
〈しかもこの騒ぎ、あのおぞましい虫への生け贄の話まで。こんな事になるなんて。危うく、オゥストロ殿に傷が付くところでしたわ〉
〈ケイシャ、お前が関わる事ではない〉
〈そうとも言えないのです。私は、敬虔なる天教院信徒として、アリア大神官を敗北した巫女の厄から遠ざけねばなりません。その為に、王宮のあらゆる〔知識〕を学んだだけ〉
〈お前、歴代の竜王の楔に、無断で触れたのか!〉
〈怖いわお兄様。楔になど、怖くて触れる事など出来ません。……ただ、お兄様しか読めない王家の秘密、その内容を、王宮図書室でほんの少しだけ目にしてしまったの〉
〈ケイシャ、許される事ではないぞ〉
王族と五大貴族しか利用出来ない王宮図書室。更に奥にある禁域には、竜王しか入れない場所がある。そこに無断で入ったと笑う妹に怒りを覚えたが、それにケイシャは艶然と笑みを浮かべた。
〈……そういえば、先ほどの南方の者とのお話しで、気になる部分があったわ。彼らは言っていた。竜王は、飛竜とお話し出来るって。その通り、我がガーランドの始祖王は、楔の橋で飛竜と心を通じ会わせ、会話が出来たから王となった〉
〈……〉
〈私はね、お祖父様もお父様も、そして現代の竜王であるお兄様も、実は相棒の飛竜と、お話しが出来ないのではないかと思っているの〉
〈…貴様!〉
〈まあでも、昔々の古臭い伝承など、現代にはあって無きようなものよね。それよりもお兄様もご存知かとは思うけれど、世間では、愚直なクラメア第一王子よりも、聡明で美しいイーオート第二王子を推す声が大きいわ〉
これに王は口を噤み、そして再び窓の外を苦々しく見つめる。
〈王太子はクラメアだ〉
〈そうですわね。イーオート殿下は、いくら聡明でも銀色の髪の王族ですものね。どうにかならないものかしらね〉
〈……〉
ガーランドでは、銀色の髪の王は存在しない。
それを黙殺した竜王に、ケイシャも軽く溜息を吐き同じように困り顔で外の黒い塔を見つめた。
✳✳
父親は王族の血を薄く引き、一家はそれが大きな自慢だった。
生まれた男の子は父親に似て身体も大きく、竜騎士として活躍する事を期待されたが、目が悪い事がわかる。
両親はその子の視力を回復させようと手を尽くしたが、少年は、風避けではなく視力補助の眼鏡を幼い頃からかけることになった。
それは末端の貴族の家では恥とされ、外で遊ぶことを極力禁じられ、たまに出会う貴族の子供には眼鏡を取られ苛められる。
〈飛竜に乗れないのに、髪を伸ばして意味あるの?〉
よくある悪口の一言に、庶民から貴族まで、子供から老人まで、国を護る竜騎士を讃え、憧れる象徴である長い髪型すら馬鹿にされた。
他の子供同様に飛竜や竜騎士に憧れを抱いていた少年は、この事に深く傷付いた。
軍学校へ入学するも、身長は大きいが身体を鍛えた事はなく、地上部隊よりも医療部隊を目指す薬学科に進学する。
一年、二年が経った頃、同じ歳のある少年が、自分に似てると噂されるようになった。
何の派閥も持たない庶民の少年は、ひ弱な貴族の者たちを圧倒し、実力で上に上に進んで行く。
ーーオゥストロ・グールド。
父親は居ないという庶民の少年の名を聞かされて、積み重なった何かが打ち砕かれる音がした。
この国では両親のどちらかを、子供は選択して姓とする。大抵は力のある親の名を子供は選ぶが、片親の子供にその選択肢は無い。だがそこで、婚外子を生む者が、未練に相手の名を残す事も多いという。
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――第五砦、トライド国境線断崖
切り立った山間に出来た岩場の広場には、砕け散った無数の黒の残骸。天井の無い岩場の舞台、その場にゆっくりと羽ばたき舞い降りたのは美しい黒の飛影。
口を歪め、それを何とも言えない目で見上げたのは竜医師エミスサだった。
次々と第三砦や第五砦の竜騎士か集い、黒竜ドーライアから降り立ったオゥストロに、エスフォロスは駆け寄った。
〈エスクランザ神官将の離反、ガーランド竜王国の飛竜の人食〉
形のよい薄い唇は、オルディオールの言葉を何の感情も示さないまま繰り返した。そして涼し気な黒の瞳は陽に翳る岩場を見渡すと、慌ただしく人が出入りする岩の亀裂に目を留める。
その場所には、プライラが集めたとされる死体の山がある。エミスサは、意を決して竜騎士が集うオゥストロの前に進み出た。
〈していない〉
何故この場に居るのか。王城竜医師エミスサに、初めて視線を送ったオゥストロはある感慨で医師を見た。
〈根拠はなんだ〉
〈あの死体の山の形状を見れば説明が出来る。大概は骨と化しているが、あれは生き物に肉を食われた状態ではない。骨や遺体が綺麗すぎる〉
エミスサの言葉にエスフォロスも同意を頷くが、オゥストロは首を横に振った。
〈確実性が足りない。この事実は、必ず解明しなければならない。その為の絶対的な証拠は、プライラ自身でなければ証明出来ない〉
〈だがしかし、飛竜をあの男が連れて行ってしまった〉
襲い来る虫を躱し、砦騎士を掻い潜った。この場で誰も、セルドライとプライラに追い付くことは出来なかった。
〈クラフィア山で、多くの者が最速の飛竜が、俺とドーライアを抜き去った事を目撃している〉
〈!〉
この場に集う竜騎士は、禁忌に触れたように息を呑む。敗者の屈辱を事も無げに語ったオゥストロだったが、低い声色は次の言葉に苛立ちを含ませた。
〈人を食した事により飛行速度を上げられる、その成果に繋がったとされるならば、この先、飛竜に人を食わす、この実績は、軍が推奨することになるだろう〉
〈!!〉
〈間違いでは済まされない〉
禁忌であった軍規が、真逆のものに変わる。
それは悍ましい結果を見ることは明らかだ。
静かな声は、この場の竜騎士の身に刻まれる。戦慄した周囲を再び見渡すと、第三砦部隊長は空に待機する者たちにも聞こえるように発した。
〈賊に奪われた飛竜の捕獲、そして最優先は、我らガーランドの巫女、メイ・カミナの奪還、これは王命としてその身に刻め!〉
オゥストロの宣言に異を唱える者は居ない。竜騎士達は腕を組んで決意を応え、空を舞う飛竜達も呼応する様に叫声を上げたが、竜医師エミスサだけは違和感に首を傾げた。




