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私の誰何に珍妙な答えを返した異国風の格好をした男は、両の手のひらを私に見せ、何やら説明を始めた。
女の一人歩きは良くないだとか、ごめんなさいだとか、要約すればそれだけのことを何度も口にした。
馬鹿馬鹿しい。
緊張感の欠片もない表情と、ローマではあまり見かけない幼さの強く残った顔の造形。いや、実際に年若いのかもしれない。この男が、例えば暗殺者だと考えるのは、何事にも疑心暗鬼にかられる悪辣な政治家ぐらいのものだ。
何者からか刺客が差し向けられたのかと、絶望した私が馬鹿を見た。
私の心の平穏を返してくれ。
まあ、いい。
私は寛大だ。ローマの第一人者である者は、そのようにあらねばならない。
適当に許しを与えて、最早目前にある別宅に向かう。
しかし、足音が気になった。
私だけではなく、もう一人分の足音が付かず離れず聞こえる。
振り向けば、異国風の格好をした男と視線が合う。
私の言葉を無視して、付いてきていたらしい。
姿も隠さず、足音も消さず、むしろ堂々と後をつけてくる姿には驚いた。
私が失せろと言外に言ったにもかかわらず、それに従わない者が、このローマに居ようとは。
いやまて、この男は、私の事を女だと思っているのだった。
言葉遣いにも、拙さがあったのは間違いない。私が思わず第一人者だと名乗ったことを、まるで理解していないのかもしれなかった。
もしやこの男は、先ほど自身で口にした通り、ただ、女の一人歩きを心配して付いてきているのか?
そう理解すると、今度は俄然、この男に興味が湧いてきた。
まじまじと観察すれば、風変わりだが服などは上等そうな作りで、腰に見事な装飾なども差している。足元は簡素なサンダリアだが、全体を見れば意外と調和がとれている。
どうみても異国人。それも女の一人歩きを心配して付いてくるような、飛び切りのお人好しだ。
何より、ローマの第一人者の事を知らない。というのが良い。
試しに、男を手招きで呼んでみる。
ほら、何も疑わず、何もわかっていなさそうな表情で素直に従う。
世間ずれしていないというか、人の悪意を見たことがないのではないかと疑うような。
そう、言うなれば子供のような男だ。
「私は、ネ、んん!クラウディア。お前の名前は?」
ラテン語が拙いのだから、ネロと名乗ろうが問題ないと思ったが、今は女に見える格好をしていたのだった。
ゆえに女性らしく氏族名を女性形にした名を名乗った。
「私は、ロー」
ロー、という名は聞き馴染みがない。Roから始まる名前で最初に考えが及ぶのは、当然国祖たるロムルスであるが、この名を頂いて名付ける、もしくは名乗る勇気がある者がローマに居るとは思えない。
それに、男のくせに名前を一つしか名乗らない所を見るに、ローマの文化に疎いか、異なる文化圏からやってきた可能性が高い。
そこそこ立派な履物を履いているし、身綺麗にもしている。さらにはこんな時間に一人でうろついているのだから、どこぞの脱走奴隷というのも考えにくい。
見れば見るほど、知れば知るほど、不思議な男であると言えた。
「そうか、ではロー。一杯付き合え」
返事も聞かず、腕を捕まえる。
長らく、一人で嗜む果実酒にも飽いていた。私の事を何も知らない相手ならば、話し相手には不足でも、愚痴を聞かせる相手としては合格だ。今の私はただのクラウディアなのだから、愚痴ぐらいこぼれもする。
そのまま引きずるようにして別宅に入ろうとして、それが不可能なことだと気が付く。
さながら、大地に根を張った巨木を、それと気づかずに引いたような違和感。
思わず、男の全身をくまなく観察してしまう。
この細身の体のどこに、これ程の重みが宿るのか。
掴んだ腕は、ほっそりとしているかと思えば、彫刻のように鍛えられた筋肉が確かにある。
ローは私が腕を引いてどこかに向かいたい、ということを察したのか、先ほどまでの重さが幻であったかのように、動き出した。




