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サムライフローマ  作者: いぬっころ
第二章 気がつけばローマ市民
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 何も考えずわたわたと現状を打破しようと行動しては名状しがたく触れてはならない柔らかなものに触れてしまい必ずや精神的に痛い目にあう可能性があるに違いないと俺は千々に乱れる心の奔流にさながら激流に迷い込んでしまった一枚の枯れ葉のように翻弄されながらもしかして確かに確信した。

 まあ待て、冷静になれ。

 急いては事を仕損じる、急がば回れ。という言葉もある。

 急ぐと失敗する。急ぐのであれば、回り道に見えても冷静に対処したほうが結果的に早い。という昔の人が経験則から導き出した金言である。

 全くその通りだと、俺も思う。

 危ない危ない。

 経験のない体験をし、焦って大失敗をかますところであった。大丈夫、俺は焦ってなどいない、焦るような理由がどこにある。

 そんな理由、もしくは原因、そんなものはどこにもない。ないったらないのだ。

 でも俺、もうこの状態がすでに仕損じた後なのではないかと思わなくもない。

 であれば、急いでもいいのではないか。焦ってもいいのではないか。

 いや、良くない。落ち着け。俺。

 ゆっくりと、静かに、ほんの少しも体を動かさないように気を付けて息を吐く。

 認めよう。

 俺はどうやら、ティベリアに頭を()きしめられている、らしかった。

 いや、違う。これは良くない認識だった。今の無し。俺は頭を(かか)えられている。

 何も見えないし、良い匂いがするし、なんか柔らかいけれども、それは今、なーんにも関係がない。

 頭を空っぽにして、とにかく、早急に離れなければならない。

 幸い、両腕は自由に動かせそうだった。

 ティベリアの体を手で押して、離してほしいと意思表示してみるのはどうだろうか。

 体を少し動かして、息苦しいとアピールしてみようか。

 何か言葉を発して、ティベリアが何かを察してくれるのを期待するというのはどうだろう。

 何をしてもセクハラで訴えられたら、負けそうだった。

 しかし、このままの状態を維持したとして、セクハラで訴えられたら、やっぱり負けそうな気がする。

 腕が自由に動かせそうだろうが何だろうが、幸いでもなんでもなかった。動かせないなら意味がない。

 いや、本当にどうしたらいいのだろう。

 などと考えていたら、ティベリアが少し腕に力を入れたようだった。

 これ以上は、やめてくれ。

 もう、考えている余裕もないに違いなかった。

 しかし覚悟を決めるのに、数秒かかった。


「ティベリア」


 やめてほしい、という決死の覚悟を声に乗せたつもりだったが、当然くぐもった、なんとも情けない感じの音になってしまった。

 ティベリアは俺の肩を掴み、少しだけ離れてくれた。

 まだ、膝と膝を突き合わせるような距離であることは間違いないが、先ほどに比べれば、ずいぶんと気持ちに余裕が持てそうな距離だった。

 だが、油断してはならない。

 まずそもそも、この胡坐をかいている体勢からして良くないのだ。

 ティベリアの手をできるだけ優しく俺の肩から外して、立ち上がる。

 草鞋の状態を確認する。片方はサンダル状態で、ちぎれた藁縄が遊んでいだが、もう片方は無事らしかった。

 ティベリアも立ち上がったのが足元の様子を見て分かった。

 なぜか、頭を撫でられたような感触があった。

 けれども、気にせず俺は逃げ出した。

 走りにくい草鞋に辟易しながら、俺は懸命に走ったのだ。

 顔もあげないまま、前も見ないまま、走った。

 大分走って、もう良いかと、でたらめに気持ちを切り替え、顔を上げて周囲を見渡してみる。

 見覚えがあった、俺は無意識にテルティウスさんの家の近くまで帰ってきていたらしい。

 帰ってきたとは、おかしな話だ。また少し笑いが忍び寄る気配を感じた。

 居候の分際で他人の屋敷を、我が家のように感じるなんて、本当におかしな話だった。

 それに、走って逃げるほどの重大事が、果たしてあっただろうか。

 冷静になってから考えてみると、ティベリアに一言かけてから帰るべきだったようにも思う。

 数分待ってみても、ティベリアが俺を追いかけてくる。ということもなかったから、まあ、明日謝れば良い。

 なんだか、妙に疲れてしまった。

 俺がテルティウスさんの屋敷を飛び出してから、どれくらいの時間が過ぎたのかはわからないが、夜であることに変わりはないのだから、静かに自分の部屋に戻るべきだと確信する。

 足音を消す歩法を、こんな形で使うことになるとは思わなかった。

 草鞋を脱ぎ捨て、伸びをしてから寝具に横になる。

 睡魔は、すぐにやってきた。

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