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サムライフローマ  作者: いぬっころ
第二章 気がつけばローマ市民
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57t27

 この気持ちは何だろう。

 自分のやりたいことをしているはずなのに、気分が良くない。

 ローにとっても良いことをしているはずで、それは私にとっても願ってもないことで。

 今までは、こんな気持ちになったことはないのに。


「やめたくなった?」


 声をかけられて、すごく驚いた。

 クラウディア様のお話が済んで、それぞれが自分の勤めに戻ったと思っていた。

 私は何も考えずに、自分の部屋にふらふらと戻ってきていて、後ろからついてきていたらしいユリアにも気が付かなかった。


「ユリア、いつからいたの?」

「なに?小さすぎて見えなかった?それはごめんなさいね!」


 ユリアは半分怒りながら、私の蔓編みの寝具に勢いよく座った。体相応の小さい足が反動で跳ね上がる。

 ぎゅむと、聞きなれた音がやけに響いた。


「で?なによ」

「それは私のセリフだと思うのだけれど」

「どうせ、つまんないこと考えてるんでしょう?」


 ああ、そうか。ユリアに体のことを冗談半分で言わせてしまうなんて、私はそんなにひどい顔をしていたのか。

 ユリアにまで心配させてしまうなんて。


「まあ、いいから言ってみなさい。私に言えないならクラウディア様でもいいわ」


 呼んでこようか。と立ち上がる素振りを見せるユリアを、私は慌てて制止する。

 でも、話す覚悟はなかなか決まらなかった。

 だって、つまらない話だ。私が勝手に気に病んでいるだけの事。

 ユリアには、もう十分に力を貸してもらっている。そんな素振りはかけらも見せないけれど、疲れてもいるはずだし。


「さあ、言え。それともユピテル神顔負けの雷を落として、お尻に火を灯してあげようか?まあ、どっちにしろ言うのは決定だから早くゲロった方が賢いわよ」


 笑顔でユリアは言う。怖い笑顔でユリアは言った

 ユリアの笑顔は、とても怖い。怖いから仕方がない。

 私にそう思わせるために、わざとやってくれているのだと気が付いた。


「うん」


 だから、ユリアの優しい気遣いに甘えさせてもらうことにして、自分の中でも今一つ理解しきれていないことを、思いつくがまま吐き出してしまうことにした。

 ローが、どういう目的でローマにいるのか。

 私の行いは、迷惑になっていないか。

 口をついて出た言葉は、自分の事ながらまとまっておらず、要領を得ない長々としたものになってしまったけれども、要約してしまえば、たったそれだけの事だと気が付く。


「ああ、やっぱり時間の無駄だったわ」

「ユリアが聞くから答えたのに、ひどい」

「なんで今更そんなことを気にするの?ローの目的なんて聞けばわかるでしょう。相手が迷惑に思うかどうかなんて、あんた今まで気にしたことあったの?」


 ユリアの言葉を、まるっきり信じるのであれば、私という人間は、相手の迷惑を鑑みない、きわめて自分勝手に好意を押し付ける人。ということになってしまうのだが。


「一応、相手に迷惑かどうか、は考えてる、よ?」


 なんだか馬鹿にされているような気がして、反論した。


「そうなの?じゃあ、わかりやすく言葉を変えましょうか。相手の気持ちなんて、聞かなきゃわからないのだから、そんなことは考えるだけ無駄。だからあんたは、自分の行いが迷惑かどうかを聞いて確認するために、今まで通り言葉を教えればいいのよ」


 ユリアの言っていることは、現実的で、確実だ。

 でも、それは、ローの答えから逃げられないことを示してもいる。

 答えを聞いてしまえば、言い逃れはできない。

 迷惑だと言われてしまえば、私は、自分のしたいことを続けることができるだろうか。

 考えても仕方がないことだと理解はしている。でも、答えが出てしまうことを恐れている自分が、確かにいるのだ。


「そうだ、忘れてた。ちょっと待ってなさい」


 私の反応が鈍いことを察したユリアは、私の部屋から出ていったかと思えば、すぐに戻ってきて私に金貨を三枚握らせた。


「これは?」

「あの剣闘の報酬。ローのよ?預かっていたのだけれど、忘れていたわ。あんたが良いと思う時に渡してあげなさい。確かに渡したからね」


 用は済んだと言わんばかりのユリアは、風のように去って行ってしまった。

 ユリアは、今度は戻ってこなかった。

 私の手の内には、三枚の冷たい金貨が預けられた。

 これはローが働いた結果の報酬で、本来であれば即座に支払われるべきだったものだ。

 金貨三枚。

 ローが、命の危険すらある剣闘を行った、と思えば、たった三枚の金貨でしかない。

 けれども、銀貨にすれば七十五枚。青銅貨にすれば三百枚。銅貨にすれば千二百枚。

 一食分のパンが銅貨二枚。スープや果実酒などを合わせても、銅貨が十枚あれば、一日分の食費として不足はない。

 全て食べ物代にしてしまえば、四か月は食べ物に困らない。節制に努めれば半年分ぐらいにはなるかもしれない。そう思えば大金に違いない。

 これはローが受け取るべき報酬だ。私が長々と預かっていて良いものではない。

 だというのに、私の足が神殿の近くに、まだ居るかもしれないローを探すために動き出すことはなかった。

 無意識に握りこんでいた手のひらを開くと、私の熱が移ってぬるくなってしまった金貨が、ひどく気持ちが悪い物のように感じた。

 そしてそれを、人目をはばかるように箪笥の奥底にしまい込んだ自分は、もっと、ずっと気持ちが悪かった。


十月十四日、誤記入修正

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