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サムライフローマ  作者: いぬっころ
第二章 気がつけばローマ市民
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「さてユリア、早速ですが、例の件はどのような感触ですか?」


 クラウディア様の執務室には、すでに先客があった。

 ティベリアと、テルティウスおじいさんである。ローは呼ばれていないようだった。いても話はほとんど理解できないだろうし、気にしないことにする。


「感触は良好です、まだすべての返事が届いたわけではありませんが、予想通り、ほとんどの人物が問題なしと判断しているようです」

「それは幸いです。では、問題ありと判断している人物の意見はどのようなものですか?」

「ごく少数ですが、カエサル家が主導して行っている奴隷解放の手続きなのであれば、規模によっては奴隷解放制限に抵触する危険があるが、そこをきちんと把握しているのか。というものです」

「それは」


 奴隷解放は、主人の持つ権利である。いつどんな時に奴隷を開放しても問題はない。

 問題はないが、限度がある。

 過去に、大量の奴隷を一度に開放し市民権を与え、主人の政治的影響力を一時的に強化するという方法がとられた。

 この方法は、誰でも真似しようと思えばできてしまい、なおかつローマ市民会と元老院に対して不誠実な方法であるとされ規制されることになった。

 私の下に返ってきたごく少数の手紙の主は、今度は何の陰謀ですか?わかっているとは思いますが、これはバレると思いますよ?と注意してくれているのだ。


「ええ、気にする必要はないと思います。今回の件の裏には何もありません。確かに思わせぶりな内容ですし、心配させてしまいました」

「では手続きには何の問題もないと?」

「そう判断してよいと考えています」

「そうですか。さて、テルティウス殿。本当にこのまま進めてよろしいですか?」


 神妙な面持ちでクラウディア様はテルティウスおじいさんの方に視線を向けた。


「ローは私の息子にすると、すでに決心しております。私の後継者はテルティウス・ユリウス・ロー以外にはありえません」

「そうですか。では、最後に確認させてください。彼が本当に信頼できる人物だ。と法的な保護者として保証できますか?」


 クラウディア様は、平坦な、感情を感じさせない声でそう尋ねた。

 その声は、普段の優しげな、時折うっかりして場を和ませるような柔らかさは感じさせない。

 ウェスタ神官長としてのクラウディア様は、テルティウスおじいさんに法的な保護者として、ローの行いに対する責任を果たす覚悟はあるのかと尋ねている。


「ローの人格には、何の問題もないであろうことは、この一か月の生活で確信するに至りました。ローは本当に勤勉で、学習意欲が高く、何より謙虚です。私の屋敷で長年勤めている使用人夫婦が居るのですが、ローが仕事を奪う、助けてくれ。と泣き言を言ってくるほどです。また物欲も薄く、忍耐強い。ローに替えの服を与えるまでの数日間、ローは自分で衣服を洗濯していたようなのです。いずれもローマ市民らしい振る舞いとは言い難いですが、あの勤勉さと自主性を、私は好ましいと感じました」

「無いとは思いますが、裏に何者かがついている様子はありませんか?」

「何かしらの密命を帯びた者にしては、ローは人を信じすぎます。そもそも大きな騒動を引き起こしかけておりますし、言葉も操れない者では不適格でしょう。私が気付ける範囲で言えば、それは無いかと思います。ロー自身の高い教養、それに分不相応な細々とした勤勉さなど、不思議に感じることもあるのですが、それは後々本人から話を聞けば明らかになるでしょう」

「人間的に信頼できる。という判断ですか?」

「はい。間違いありません」


 テルティウスおじいさんも、確かな決意を感じさせる声で答えた。

 実際に一か月間、寝食を共にしたテルティウスおじいさんの意見であれば、十分信頼に値する言葉だろう。


「ならば、決まり、ですね。では、ティベリアには引き続き、彼に言葉を教える役割を担ってもらいましょう」


 まあ、ウェスタの巫女に責任が及ばない形にさえなれば、どうとでもなる。

 非っ常に業腹だが、テルティウスおじいさんがローの保護者となるのであれば、ウェスタ神殿として心配しなければならないことは、ほぼ無くなったと言えるだろう。

 以後、ローの行動の責任は、ロー本人と、その保護者であるテルティウスおじいさんが負うことになる。

 実際には奴隷として扱われた期間も存在せず、しかも間を置かずに養子縁組まで行えば、ローの対外的な社会的地位は、まさしくローマ市民そのものとなる。

 いずれはローも、議員選出のための投票に足を運ぶようになるかもしれない。

 それも、完全な意思疎通が可能になってからの話ではあるけれども。

 そこまで想像や妄想と言っても過言ではない考えを巡らせてから、ティベリアの様子がおかしいことに気が付いた。

 先ほどから、やけに静かである。

 しかも、クラウディア様からの気遣いにも、何の反応も示さずに呆けている。

 私は、ティベリアの脇腹を遠慮なく突いた。


「わ!何っ!?え、あ、はいっ!」

「どうしたのですか?何か気になる事でも?」


 脇腹を突かれて驚いたらしいティベリアの、不満げな視線を頂戴したが、私は悪くない。


「あ、いえ。その、なんでもありません」

「そうですか?気になる事があったら、何でも言ってみてくださいね?では、今後のローの扱いに関してですが」


 以後の話は、実際に手続きを進めるテルティウスおじいさんと、神殿の代表であるクラウディア様の領分だ。

 私は予定を決めている二人の話を半分以上聞き流して、ティベリアの様子を見る。

 うつむきがちに深刻そうな、眉間に皺を作りそうな、そういう顔をしていた。

 ああ、また、つまらないことで悩んでいるな。と、私は確信した。

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