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いつものように、焼き菓子を買いに行かせる。という名目で使いに出していたプリニウスから、本当の目的である件の手紙の返信と、毎度本当に買ってくる焼き菓子を受け取って、代わりに手紙を預ける。
私が最後にしたためた手紙達を懐に忍ばせ、プリニウスは無駄口の一つもたたかずに人気の多い真昼の雑踏に紛れる。
その様子を自室の窓から、こっそりと見送った。
「はあ、終わった」
長かった。
あの剣闘大会の騒動から一か月。暦は八月から九月になっていて、したためた手紙は合計で百は超えている。サウロスとの会合も四度行った。
二つの剣闘士養成所にも、挨拶と言う名の謝罪をしに顔を出したし、個人的に知り合いの法律家に、この件に関係しそうな法律関係を改めて指導してももらった。
睡眠時間は半減したし、一応こういうことを行っていると報告するために実家にも一度顔を出したが、現在ユリウス・カエサル家の当主である兄に、少し痩せたせいか、可愛い妹が不細工になって帰ってきた。との言葉をいただいた。
あの兄は、いつか酷い目に合わせてやると、決意を新たにした。
だが、それも、もう終わりだ。
あ。そうだ、ずいぶんと都合よく使ってしまったプリニウスにも、十分な報酬を用意しなければならないのだった。
「ユリア姉さま、失礼します」
僅かな達成感に浸っていると、セルウィアが私を訪ねてきた。
流石は、名門セルウィウス家の娘だ。まだ幼さを存分に残す外見とは裏腹に、見事な立ち居振る舞い。
この子の十分の一でも、ティベリアにこの手の教養が備わっていれば私も安心できるのだが。
まあ、それは期待するだけ無駄であることは間違いない。
それに、そうでなくてよかったとも思うし。
「どうかしたの?」
私は、見られる角度と姿勢を気にしながら答えた。
少しでもマシに見える様に、である。
ティベリアや兄は、私の生育の悪い体を面白がって可愛い可愛いと戯言をほざくけれども、私にも立場がある。
私は、ローマの神官で一番の尊敬を受けるウェスタの巫女。私は妹たちの良い姉であり、姉さまたちの良き妹でなければならない。
子供みたいな、自分のちんちくりんな姿を、なんとも思っていない訳はない。
だってあまりにも、そぐわないではないか。理想とする姿とかけ離れているではないか。有る者と比べると無い。それが情けないではないか。
だというのに人の気も知らず、どいつもこいつも。
私の背が少し低いからなんだというのだ。私の胸が少し慎ましいからなんだというのだ。
そりゃあ、すらっと背の高いティベリアを羨んだこともある。豊かな胸と美貌を持つクラウディア様を羨んだこともある。せめて人並みには、と願ったことなど数えきれない。
だが見よ、この実り貧しき我が肉体を。
私も既に二十三だ。これ以上の成長はとても期待できぬ。
無い物は無い。どうしようもない。だからどうした。
ゆえに立ち居振る舞いは、より一層重要だと確信する。
少しでも背が高く見える様に姿勢は美しく保つ。胸が乏しいから、むしろ堂々と胸を張る。どうだ、見てみろ、隠すことなど何もない。という気概が必要だ。
わかっている。わかってはいる。諦めてもいるのだ。
何度でも心の内で魔法の言葉を唱える。
無い物は無い。
これは自身の努力でどうにかできるものではない。
大抵のことはどうにかしてきた私だが、一人で背中を拭えないのも、身長も、胸も、どうしようもない。
どうしようもないけど、セルウィアを羨ましいと思ってしまうのは止められない。セルウィアはまだ十二歳だ。まだ、これから、がある。将来は絶対に美人になるのだろうとわかる。可愛いなんて、今だけだ。そう遠くない未来に、無数の語彙で飾られた、美しいとか綺麗だとか言う風に言われるのが容易に想像できる。
ああ、羨ましい。
私には、これから、もなければ、美人にもなれない。きっと死ぬまで可愛い可愛い言われるのだ。
まあ、それは、無い物は無い。に違いない。
「クラウディア様がお呼びです」
おっぱいお化けめ。羨ましい。
妹たちに何か悲しいことがあって、私とクラウディア様の二人が、同時に腕を開いて妹を抱きしめるために待ち構えたとしよう。
きっと誰一人として、私の胸に飛び込んでくる者は居ない。
それはそうだ、私だってクラウディア様の胸に飛び込むに違いない。
それはきっと人間的な豊かさというか、立場的な役割というか、言葉にするのは難しい何か真理的な事柄が複雑に影響することであって、決して胸の寡多が決定することではない。と思いたい。
私だって、それなりに人望がある。はずだ。
クラウディア様と並ばなければ、私の胸に飛び込んでくれる妹もいるはずなのだ。
いや、いけない。
落ち着きと頼りがいのある、姉らしい表情が崩れてしまう。
忘れよう。
お呼びというのなら、急いでクラウディア様の元に向かわなければならない。
はしたなくならない程度に急いで、自室を出ようとして気が付く。
「セルウィアはいかないの?」
付いてくる様子も、先導する様子もないセルウィアの様子が少し気になって尋ねた。
「私は、ユリア姉さまに伝言を伝えた後は、休むようにと言われました」
「なるほど」
セルウィアには聞かせられない話をする。ということに違いなかった。
現状から察するに、ローに関わる事だろう。
ローがウェスタ神殿に勤めることになった顛末の詳細を把握しているのは、年長の姉さまたち全員と、年中組では私とティベリア、あとはテルティウスおじいさんだけであり、見習い巫女と年中組の巫女のほとんどは詳細を知らない。
信頼していない訳ではない。
知らなくて良いこと、知らないほうが都合が良いこと。というのはいくらでもある。
「そう、お疲れ様セルウィア。そうだ、そこにある焼き菓子、みんなで食べなさいね。独り占めしちゃだめよ?夕食が食べられなくなるからね」
見習いは自由にできる時間が少ない。国から給金をもらっていても、使える時間と機会が少ないせいであまり意味がない。
見習い期間中は一人で外出できないし、多忙な姉さまたちに息抜きについてきてもらうのも申し訳ないし、気が休まらない。
なにせ家の中には娯楽らしいものは何もないのだ。
私もティベリアも、見習い期間中は、姉さま達が時折分けてくれるお土産を楽しみの一つにしていた。
どこの焼き菓子が良いとか、串焼きはあそこが良いとか。珍しい茶を買ってきたとか。時折美味しくないお土産が当たっても、年齢の近いみんなでわいわい騒ぎながら飲み食いするのは、貴重な娯楽だった。
だから、私たちがしてもらったようにするのだ。
決して、隠し事があって後ろめたいから。ではない。
言うなればこれは伝統なのだ。
巫女としての勤めには関係のない。一つの多忙な家族として、親睦を深めるための一つの手法。
姉から、妹へ、そしていつしか妹たちも姉になる。言外に伝えられる大切な習慣。
私たちは、あなたたちのことをきちんと見ていますよ。と伝わるように。




