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サムライフローマ  作者: いぬっころ
第二章 気がつけばローマ市民
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「おなかがすいた」


 意識が覚醒して真っ先に感じたのは、空腹感。次に喉の渇き。

 体を起こして、背伸びをして、室内の明るさに驚いた。

 この明るさは、昼前であることは期待できない明るさだと気が付いて、少し残念に思う。

 ローは、もう帰ってしまっただろうか。

 そう思ってから、初めて、何かに急かされているような気分に陥っていたことに気が付いた。

 ローは、すごい人だ。自分一人で行動できてしまう。

 私がもたもたしていたら、また、一人でどこかに行ってしまうのではないか、と思っていた部分があったのだろう。

 現実を見ろ。ティベリア・リイヌム。

 ローがウェスタ神殿に通ってくるようになってから、彼はどのように行動していた?

 彼は、朝になればテルティウスおじいさんについてきて、薪運びを手伝い、その合間の時間でラテン語を学ぶ。

 手伝いが終われば、テルティウスおじいさんと共に帰宅し、必ず次の日も同じように神殿にやってきたではないか。

 ローは自分で考え、自分で決めて行動できる。

 これまでの行動を見れば、ローがテルティウスおじいさんの下で生活することを、自分の意志で決めたのだと、わかるだろう。

 そうだ。

 ローはもう、食べ物にも、住む所にも困らない。正式にローマ市民であると認められれば、それはローの持つ権利として保証される。

 あとは言葉さえ満足に理解できれば、ローマの生活で困るようなことは、ほとんど無くなってしまうことだろう。

 そうなれば、彼はなんの問題もなく、このローマで生きてゆくことができる。

 でも、ほんとうにそうだろうか?

 また、自分の都合の良いように考えてはいないだろうか。


「っ」


 不意に喉に痛みが走った。

 眠っている間に、ずいぶんと喉が渇いていたらしい。

 ちくちくと刺すような痛みを癒すため、考え事はいったん忘れることにして、何か飲むものと食べる物を探すために、食堂に向かう。

 竈の火は既に落とされていて、いつでもある程度の量は確保されているパンと、果実酒が少しばかり残っているだけの様子を見る限り、昼食時は既に過ぎているらしかった。

 喉の痛みが気になって、まずは飲み物をと思って果実酒の入った酒壺の蓋を開ける。

 たっぷりの果実酒が入った酒壺から、独特の香りが漂ってきて、思わずくらりときた。

 寝起きに果実酒。というのは、個人的にあまり好ましくない。

 酒精自体があまり得意ではない私にとって、果実酒は堅いパンを戻すための物であり。常飲したいものではない。

 欲を言うと、お茶。もしくは水が飲みたかった。

 しかし、自分一人のためにお湯を沸かすのも薪がもったいないし、今から水道まで水を汲みに行くのも面倒だった。


「仕方ないか」


 そう独り言をもらし、自分用の杯に酒壺から果実酒を注いで、少しずつ口に含んで飲み込む。

 喉が潤いを取り戻して、喉の痛みが和らぐのを感じた。


「ん」


 まあ、こんなところだろう。

 今無い物を求めるよりも、ずっと手間が少なくて良い。

 時間が経過して堅くなってしまったパンだって、果実酒で柔らかく戻せば、それなりに食べられるようになる。

 美味しいとは言えないかもしれないが、お腹は満たされる。


「あ」


 そうか。

 同じこと、なのかもしれない。

 私は、本当はお茶が飲みたかったけれど、今は果実酒でもいいかと妥協した。

 喉の渇きをどうにかするために。

 じゃあ、ローは?

 ローはどうして、神殿に通う生活を続けているのだろう。

 生きてゆくため?

 それはそうだろうけれども、それが全てだとは思えなかった。生きてゆくことだけが目的の人が、どれほど居るのだろう。

 ローはテヴェレ川に流れ着いた。どうして?

 ローは目を覚ましてから、すぐに一人で行動した。どうして?

 彼は剣闘大会に出場した。どうして?

 彼は、私についてきてくれた。どうして?

 どうして?

 私は、彼が何をしたくて行動したのか、何も知らない。

 ローには何か目的があって、そのために、いろいろと妥協している結果が、今なのではないだろうか。

 それは、何よりも優先したい目的で、ある程度言葉が話せるようになれば、すぐにでも、飛び出して行ってしまうのではないだろうか。

 ローにはローの都合がある。それは当たり前のことだ。

 自分の都合を優先してばかりいる私が、責めて良いことじゃない。

 そのことに気が付いて、私はなんだか落ち着かない気分になった。

 食堂を飛び出して、自分の部屋に戻る。

 居てもたってもいられなくて、トゥニカを乱暴に脱ぎ捨て、普段なら気乗りしないキトンをまとう。

 家から出る。

 敷地内をさっと見れば、ローはもう帰ったようだったから、安心してティベリーナ島に向かって歩き出す。

 今はなんだか、ローに会いたくなかった。

 慌てた様子でリクトルが二人、詰所から飛び出してきて私のすぐ後ろに付く。

 慌ててどうしたのか、と名前も知らないリクトルの人に尋ねられて、声をかけ忘れたことに気が付く。

 いい加減に返事をしながら、私は努めて無心で歩き続けた。


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