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サムライフローマ  作者: いぬっころ
第二章 気がつけばローマ市民
51/122

51s2

49話、50話、ともに更新、差し替えいたしました。

 時は来た。

 今こそ、悪逆の限りを尽くしながらも、悪びれるそぶりも見せぬあの野蛮人を、正義の名の下に追放する。

 そう決意して、私は朝日に照らされた自室を後にした。

 あの野蛮人が来るようになってからの毎日は、私にとって長く、苦しい時間であった。

 ティベリア姉さまに、思い切り甘えたい時もあった。つまらない話をしたい時もあった。ただただその優しい表情をじっと眺めたい時もあった。

 それらの時間は、ついに一度も満足できるほどには得ることができなかったのだ。ただの一度もだ。

 何もかもすべて、あの野蛮人が原因である。

 早急に諸悪の根源を排除しなければならない。

 しかし私も名門と呼ばれる貴族の娘である。陰謀は慎重を要するということを深く理解している。

 焦ってはならない。一つでも不備があってはならないのだ。

 まず、自身が万全の状態であること。

 これは、睡眠時間をしっかり確保したし、朝食も今まさに済ませた所だから、何の不安もない。

 次に相手の状態を正しく把握すること。

 あの野蛮人は、テルティウスおじいさんについて回り、薪運びの仕事を手伝っており、毎日ほぼ決まった時間に神殿にやってきて、大体決まった時間に帰宅する。

 基本的には薪運びと、言葉の勉強以外のことは極力行わないようにしているらしいことは、毎日の勤めの合間合間に少しずつ観察した結果、ほぼ間違いなかろうと推察することができた。

 今日に限って、あの野蛮人が突然妙な行動を起こす可能性は限りなくないに等しいと断言できる。

 そして状況に不備はないか細かく確認し、些細な状況の変化も見逃さないことだ。

 まさに天は我に味方せり。

 奇しくも私の数少ない休息日と、ティベリア姉さまの夜番明けが重なる日があったのだ。

 今日、今、この時こそがその日である。

 この幸運により、成功はほとんど約束されたと判断しても良いに違いない。

 最大の心配事である、この陰謀がティベリア姉さまに露見する可能性が存在しない。ということはあまりにも大きい。

 露見しない陰謀は、陰謀自体が存在しなかった事に等しい。

 もし万が一、不手際をさらしてしまったとしてもティベリア姉さまに陰謀が露見する心配がないという安心感は、間違いなく成功を引き寄せる要素の一つになるだろう。

 まずは物陰から様子を伺う。

 誰にも見られていない状況、つまりは油断しきっている状況こそ、その人物の本当の姿が現れるものだ。

 どんなことで喜びを感じて、どんなことを嫌がるのか。どんな判断をする性格をしているのか。

 今何を求めているのか、までわかれば文句なしだが、そこまでは望まない。

 観察は普段からしていたが、勤めがある以上、片手間の観察でしかない。

 ここは慎重に、より精度の高い情報を、一つでも多く手に入れる。

 自由にできる時間は決して多くはないが、それでも焦りは禁物だ。

 最高の成果を求めるならば、最高の準備を行わなければならない。


「何をしているのセルウィア?」


 私は、私を褒めて良い。

 胸中と肩とが飛び跳ねはしたが、声は出さなかった。

 あまりにも大きな声を出したら、あの野蛮人にも聞かれてしまう可能性があった。そうなってしまっては人物像を理解するどころの話では無くなってしまう。

 私の後ろから声をかけてきたのは、少し眠そうな表情のユリア姉さまだった。

 良かった。ユリア姉さまであれば、用意していた言い訳が通じるはずである。


「あの、ローという方を観察していたのです」


 そう、何も偽る必要はない。

 あの野蛮人が神殿に通い始めたことに対して、ウェスタ神殿全体で見れば、かなり好意的なとらえ方をしていると言ってよい。

 テルティウスおじいさんの後継者であるらしい。ということは、必然として、やがて身内同然の間柄になるということである。

 それゆえに特別な感情がない者は、あの野蛮人と簡単な顔合わせ程度は、すでに済ませている状態だ。

 しかし、私のような考えの者がいるのと同じように、あの野蛮人に対して好意的でない感情を抱いている者、不安を感じている者も確かに存在する。

 年若の見習いが、見慣れない者の存在を気にし、手すきの時間を利用して遠巻きから様子を伺う。

 そのように聞けば、なんともありそうな話である。何の違和感もないはずだ。


「ローを?どうして?」

「テルティウスおじいさんの後継者とのことですが、外から来た人だと聞きました。やはり、少し不安です」

「なるほどね。まあ、自分の目で確かめるのは必要なことだわ。良いことよ、頑張ってね」


 巫女たちの家の入口から、できるだけ目立たないようかがみながら、野蛮人を視界の端にとらえ続け観察を続ける私に、いかにもお姉さんらしく見える様に注意しながら私を見下ろし言うユリア姉さまは、私の言葉を信じた様子だった。

 自然な様子で私の頭をなでてから野蛮人の元へ向かい、身振りを交え二三言葉を交わし、また私のそばを通り自室に戻ったらしかった。

 あくびを隠すために、口元を手で隠していたので、これから眠るのかもしれない。


 事はじめに思いがけない出来事があったものの、あの野蛮人の観察を行う。という点では、特に何も問題はなかった。

 なぜならば、あの野蛮人の性情というのは、片手間で行っていた観察で推察できたものと、概ね大差がなかったことがすぐにわかったのである。

 すなわち、性情は温厚であり、仕事は真摯に果たす。細々と時間を見つけては、一人でも言葉を反復しながら学んでいる。

 好奇心旺盛な姉さまたちや同期の姉妹たちは、面白がってあの野蛮人に言葉を教えているらしい。

 さらに言えば、私の狙いは大まかな部分で破綻してもいた。

 現状この野蛮人は、言葉の習得と、テルティウスおじいさんの手伝いを行うことに注力しており、他に何かしらの欲求があるようには見えない。と判断できてしまった。

 さらに、私は姿を隠していたというのに、気が付けばこの野蛮人が、私のすぐそばに来ていた。

 いったいどのような方法で私を発見したのかは不明であるが、この野蛮人が、何か失礼な勘違いをしていることは容易に想像がついた。

 野蛮人の行いが、まるで、友人の一人もおらず寂しい思いをしている小さい子供が物珍しい相手を見つけて相手にして欲しそうにしているのを見つけてしまいその寂しさを紛らわせようとちょっかいを出している人、そのものだったからだ。

 どれほど数の蓄えがあるのか、ひっきりなしに子供だましの手品などを披露しては、私の反応を見ている。

 その一つ一つはなかなか見事な芸なのだろうが、あいにくと相手と状況が悪い。

 そもそも私は、そうした芸や見世物にさして興味がない性分で、さらには、そういうことをするのだろうと、私が身構えてしまっているのも、反応が鈍くなる原因の一つに違いなかった。

 野蛮人は私の反応が良くないことに気が付いたのか、駆け足でテルティウスおじいさんの居る場所まで戻り、見事に割られた薪を五本抱えて帰ってきた。

 私の目前で二本の薪を少し間隔をあけて地面に置き、その上に残りの三本を組むようにして置くと、下敷きになっている薪をそれぞれの手で掴み、私の方にちらと視線をよこした。

 何がしたいのだろう。

 薪が三本、宙に放られた。かんかんと薪が薪を打つ小気味よい音が鳴り響いて、宙に舞った三本の薪が、何度も何度も宙を舞う。

 下敷きにしていた薪を使って、三本もの薪を地面に落とさないように打ち上げ続けているのだ。

 器用なものだ。と、私は思わず感心した。不覚にも感嘆の息を吐いてしまったかもしれない。

 しかし、所詮は野蛮人の行うこと。

 ローマにおいて最も権威ある十二神の一柱。女神ウェスタに捧げるべき薪を遊戯に使うとは、なんという慮外者だろう。


「何をしていますか」


 このことを叱責し、ウェスタ神官長であるクラウディア様に報告すれば、苦も無くこの野蛮人を追放できるのではないかと一瞬考える。

 そんなことを考えていたせいで、入り口近くにある執務室からクラウディア様が出てきていらしたことに、私は声をかけられるまで気が付かなかった。


「ロー、やめなさい。ダメですよ」


 クラウディア様は、私のことをすっかり無視して、野蛮人が聞こえやすいように気を使ってか、ゆっくりと言葉を区切りながら話しかけた。

 すると、野蛮人は宙を舞っていた薪をすべて器用に受け止めて、不思議そうな顔をしてクラウディア様の言葉を聞いた。


「ロー、それはダメです。悪いことです。してはいけません。私の、言っていることが、わかりますか?」

「クラウディア。こんにちわ。あー、わかる、すこし。まき、かんかん、んー、する、わるい?」

「そうです。よく学んでいますね。薪を、元の場所へ、戻してきてください」

「まき。あー、ごめんなさい。わからない」

「ええと、薪を、戻す。帰る。さようなら?する」

「ん?ああ!わかった」


 そう言って薪を抱え、薪を元あった場所へ戻しに駆け出して行った。

 驚いた。

 発音はたどたどしく幼子のようであり、単語が途切れがちではあるが、それでもそれなりに意思の疎通ができている。

 あの野蛮人がティベリア姉さまからラテン語を習い始めて、たった十日程度しか経過していない。

 驚異的な学習能力の高さである。

 いったいどのような指導をすれば、全く未知の言語であるはずのラテン語をこれほどの短時間で、それなりの意思の疎通ができる。程度まで習得させることができるのだろうか。


「セルウィア」


 先ほどまで野蛮人に向けていた、優し気な雰囲気のかけらも感じさせない厳格な声が、思考に沈んでいた私の頭上から落ちてきて、はっとする。


「なぜ、すぐにやめさせなかったのですか?賢明なあなたのことです。彼の行いが褒められた行いでないことは、理解が及んでいたはずですね?確かにこの場所は、表からは見えにくい位置ではありますが、絶対に視界に入らないという保証はありません。彼はテルティウス殿の後継者になる予定の人物だと、私は説明したはずですね?」

「それは」


 クラウディア様の、見習い巫女を叱る時用の堅い声が、容赦なく私の冷静さを吹き飛ばした。

 頭の中では、どうしてこんなことになってしまったのかという後悔と、どうすれば筋の通った言い訳ができるのかという打算的な考えとでぐちゃぐちゃになって、考えがまとまらず、やはり悪いことなど考えるものではない、なんて言う教訓じみた思いが行き来するばかりで、一向に意味のある言葉を発せそうにない。


「クラウディア。わたし、わるい。それ、よい?あー、わるくない?わたし、わるい。ごめんなさい」


 私の心の内はそんな状況にあったものだから、まるで私とクラウディア様の間に立ちふさがるようにしている存在があることに、私はほんの一瞬気づくことができなかった。

 それは、先ほど薪を戻しに駆けて行って、すぐに戻ってきたらしいあの野蛮人であった。わざわざ薪を元に戻してきたと報告に来たのだろうか、マメか。律儀か。

 へたくそなラテン語もどきが耳に障る。乙女に対して、それ呼ばわりとはどういう了見だという不満も沸いた。

 しかしそれ以上に、なぜという疑問が、私の心の内のほとんどを占めていた。

 耳障りなラテン語は、絶えず聞こえてくる。野蛮人の姿を見れば、腰を折り、頭を下げて、それは悪くない。悪いのは私だ。ごめんなさいと謝り続けている。

 こいつは何をしているのだろうか。

 よもや、私が自分のせいで叱られていると勘違いして、私をかばっているのだろうか。

 私はお前を、自分の都合でここから追い出そうとしていた娘だぞ。

 そんな私の都合など知る訳もないのだから、これは完全な言いがかりだと理解している。

 この野蛮人は、ほとんど見ず知らずの私をかばうためにこんなことをしているのだ。

 いったい、どんな利益があってそんなことをするのだろう。

 利益なんてある訳がない。

 相手に親切にするのは、何か要求があり、それを通すための交渉材料にするためだ。この野蛮人は、交渉ができるほどラテン語を習得してはいないだろう。そんなことは考えてもいないに違いなかった。

 この野蛮人は何なのだ、貴族の常識がまるで通用しない。

 これではまるで、この野蛮人が、ティベリア姉さまのようではないか。

 そんなおかしな話があるものか。

 私がクラウディア様に叱られるのは、叱られるだけの理由があってのことだ。

 自分勝手な都合を優先し、巫女としての自分を完全に見失っていた。そのことをクラウディア様が指摘し、注意を促すことは全く正しい行いだ。

 だから、この男がやっていることは根本的に間違っている。完全な余計なお世話で、それにさっきから、人のことをそれそれそれとやかましい。

 私は、妙な灰色の服を力いっぱい引っ張って、この男の間違った行いを正すために行動する。


「違う。私が悪かったの。あなたは黙っていて」

「ん?わるい。わたし」

「ああしつっこい。違うって言ってるでしょ。クラウディア様、私の考えが足りませんでした。以後はこのようなことが無いよう努めます」


 服を引っ張っても、この男の体自体はほんの僅かも動かない。少しぐらいは動くかと思っていたので、内心ぎょっとする。

 どうにもならない男のことは無視し、前に出る。

 この男にひたすら謝罪され続けるという、謎の責め苦を強要され混乱していたクラウディア様に、言葉と姿勢で反省の意を示すと、クラウディア様は見て分かるほどほっとした様子になった。気持ちはわからなくもない。


「余計なことはしないで。私は小さな子供じゃない。あなたのやったことは完全に余計なお世話です。あなたは親切のつもりでしたのかもしれないけれど、私はそんなことは頼んでいません。それと、私の名前は、セルウィア。それ、じゃない」


 その間に振り向いて、この男に言いたかったことを言ってやる。どうせ半分もわかりはしない。早口で言ってやったから。


「せるわ?」

「せ、る、うぃ、あ。覚えておきなさい」

「セルウィア?わたし、ロー」

「ふん」


 知っている。

 ローのことを観察するのも、追い出そうとするのも、とりあえずはやめにする。

 そんなことに考えを巡らせる時間はないということに気が付いた。

 こんなローとかいう、どこの馬の骨とも知れない男にかばわれることが、こんなにも不快だとは知らなかった。

 今回のような状況にならないようにするには、より慎重に行動し、より深く考えるための経験と能力が必要に違いなかった。

 まずは、そこから改める。

 ティベリア姉さまとの時間が少なくなったのは辛いことだが、そのことを言い訳にして姉妹たちと姉さまたちに迷惑をかけるような巫女にはなりたくない。


「クラウディア様、今日は休みの予定でしたが、少し確認したいことができたので、もしよろしければ少しお時間をいただけませんか?」

「え?ええ。それは構いませんよ」


 ローのことが気に入らないのは依然として変わらない。だから私はクラウディア様を連れて巫女たちの家に戻る。

 ローはここに置き去りにしてやる。

 私の大好きなティベリア姉さまを独り占めしているのだから、それくらいの嫌がらせは許されるだろう。ローなんてもっと困ればいいんだ。

私の住んでいる地域では停電も復旧し、ほぼ以前通りの生活ができるようになりました。仕事の方はてんやわんやなのですが。

より深刻な被害を受けた地域の、一日でも早い復旧を心からお祈りいたします。

更新ペースは、本職がやばいので、申し訳ないのですが、より一層低下するかもしれません。

時間を見つけながら、少しずつ確実に執筆作業を進めたいと考えています。


それと、あっという間に30000PV突破いたしました。多くの方々に読んでもらえていると思うと、とても励みになります。

正直、狙っているところが狭すぎて、読んでもらえないのではないかと思っていたのですが(今でもちょっとは思っていますが)。

ひっそりと、完結目指して頑張ります。

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