40
俺は病院が嫌いだ。
たくさんの車で埋まった駐車場を見ると、これだけの人が心身に不調を抱えているのだ、と気が滅入る。
院内の絶妙に不快な湿度、温度、薬臭いにおい。いかにもな病院らしさには、何度通っても慣れるという事がない。
母さんの見舞い、という理由がなければ、一生お世話になりたくない場所である。
「良、また変な顔してる」
セーラー服姿の勇姫が、おかしそうに微笑みながら、俺の顔が変であると指摘する。俺は自分の顔が整っているとは思っていないが、せめて普通ぐらいではありたい。変なのは表情だろう。そうに違いない。文法的にもそうとしか思えない。
勇姫の発言の真意はともかくとして、母さんは病気がちで、たびたび入院する。
今年は年始からずっと調子がよさそうに見えたのだが、七月も終わりにさしかかった頃に体調を崩し、そのまま入院する事となった。
地域でそれなりに顔の知れた一家である新庄家では、見舞いだとか、快気祝いだとかいう古き良き慣習を知り合いに強要するのも申し訳ないので、自分たちから知らせる事は無い。いつも通り極々内々に済ませるつもりでいる。
当然、家族ぐるみの付き合いがある倉内家といえども例外ではないのだが、高校に入学してから勇姫だけは例外になっている。
俺と勇姫の志望する高校が、同じ町外の公立校である事を知った勇姫の母親である倉内祥子姉さんから、徒歩なら片道二時間以上を必要とし、電車を利用しなければ通学が現実的でない程に距離がある町外の高校に、末娘を一人で登下校させるのは心配だ。という理由で、勇姫の登下校には、俺が可能な限り同行してほしいと頼まれた。
俺と勇姫は小学校も中学校も同じで、登下校の時間もほとんど一致していたから、その時すでに十年近く一緒に通学していた。高校生になるからと言っても何か変わる訳でもない。俺は何の問題もないと考えて祥子姉さんの頼みを気軽に請け負った。
しかし、問題はあった。
俺は父さんの設定した条件に従って高校を選んだ。進学率が高く、大学進学を前提にした高校選びをするべきという考えが父さんにはあったらしいのだが、高校選択に何のこだわりも無かった俺は、母さんが年に数度は入院する事になるだろう病院と距離が近い高校を選んだ。
入院中の母さんは、俺の前でこそ気丈に振る舞うのだが、父さんの前では、入院中は俺と会える機会が減って寂しい。と零す程度には寂しがりな性分らしかったから、母さんが入院する可能性のある病院と距離が近い高校に通うというのが俺にとって一番都合がよかった。
放課後にさっと病院に立ち寄ってから、父が設定した条件である剣道部の部活動に向かえば、手間もかからないし、母さんを少しは安心させる事ができる。一石二鳥の素晴らしい考えだ、と中学三年の俺は思っていた。
しかし、実際に高校に入学してから、母さんの入院を勇姫に秘密にする、と言う事が現実的に難しい事に気がついた。
高校でも勇姫は、男女の別はあるものの、俺と同じように剣道部に所属して、放課後には俺と同じように町立の武道館に向かう事になる。
俺が武道館とはまるで逆方向の病院に向かってから部活動に行こうとすれば、勇姫は俺についてくるに違いないので、母さんが入院している事を知られてしまう。
せっかく放課後に立ち寄れるほど近い距離なのに、母さんの見舞いに行かない。と言うのは息子としてあまりにも薄情だ。
しかし、母さんを見舞おうとすれば、秘密が勇姫に知られるのは間違いない。
なんとか勇姫を説得して、俺が母さんの見舞いに行っている間は学校で待っていて貰うか、一足先に武道館に向かって貰う。と言う方法も考えたものの、前者の考えは、勇姫が待っていてくれる保証がなく、こっそりついてくる可能性が極めて高いために却下。後者の考えは、祥子姉さんに頼まれている事の意味を考えれば、良くない方法に違いなかった。
何か危険があるとは思わないが、万が一にも勇姫の身に何かあったらなら、俺は間違いなく後悔するだろうし、倉内家の人たちにも申し訳が立たない。それに母さんも祥子姉さんの考えに賛成していて、俺は勇姫を一人で出歩かせないように、と母さんからも頼まれてもいた。
放課後に母さんの見舞いには行きたい。しかしそのままでは現実的に不可能である。
であれば、何かを妥協するしかない。と考えて、勇姫にだけは母さんの入院を知らせる。という方法が最も効率的であると判断した。
実際にこの考えは当たっていて、勇姫は俺との約束通り、倉内家の人には入院の事を秘密にしてくれていた。それは母さんに対して若干過保護気味の倉内家のおじさん、つまり勇姫の父である倉内竜生が何の行動も起さなかったことから明らかだった。
一つ難点があったとすれば、俺と勇姫が交際していて、部活動前の僅かな時間で逢瀬を重ねている。という根も葉もない噂が流された事だが、これはそれまでに流された経験のある噂と大した差がないので、勇姫にも否定するように言い含める程度で済んだから、大した問題でもない。
それに、現在は最後の大会が無事終わり、部活動を引退した身分なので、時間をあまり気にせず気楽に見舞いに来れている。
「無視しないで」
「悪い悪い」
病院のにおいに顔をしかめていたらしい俺は、不機嫌そうな勇姫に制服の袖を引かれた事によって、その表情を収める事ができた。
俺の病院嫌いは極めて自分勝手な感情だ。病院は怪我や病気を治療する為に必要なものであり、病院がないと困る人はたくさん居る。
不機嫌そうな変な顔で歩いている男子高校生を見て、良い気分になる人はいないだろうから、自然な表情になるように心がける。
「行こう」
「うん」
勇姫の明るい雰囲気の返事を聞いてから歩き出す。ころころと機嫌が変わる様子は幼い頃から一向に変わらないから慣れたものだ。人目のない所で俺の裾や服の端をつまみながら歩くのも、俺はもう気にならない。倉内勇姫という幼馴染はこういう奴だと、とうの昔に納得している。
俺はエレベーターやエスカレーターは使わない。階段があるならば階段を使用する。
歩くのが好きという訳ではないが、歩かないというのは何となく嫌なのだ。
おそらくそんな事はないと思うのだが、体が鈍る様な気がしてならない。だからできるだけ自分の足で歩くようにしていた。
勇姫は俺の後ろを好んでついてくる節があるし、階段が嫌い、ということも無いのだろうし気にせず階段へ向かう。
俺のように階段を利用したい人は少数派なのか、人気のない階段近くにさしかかると、歩調を緩める。すると自然に勇姫が俺の袖から手を離す。
昇り階段ではスカートをはいている女子を先に進ませ、男子はその後ろを守護するのが当然の気づかいである。という謎の教訓を自称モテ男一直線の同級生から聞かされた事があって、それが真実かどうかを勇姫に尋ねて見た所、では試してみようと言う事になって、以降その教訓の通りにしている。勇姫が自分から手を離したのは、前後の位置を入れ替える為である。
その同級生が本当にモテ男一直線なのかどうかは賛否あるらしいが、俺はそういう機微がいまいちわからないから、実際の所どうなのかは不明だ。
女性というのは、あんなにひらひらした服を着ているのに、下着が見られる可能性は許容できない不思議な価値観を有しているらしい。風で揺れるものなのだから、角度によっては当然他人から見られる事もあるだろう。それが嫌ならばスカートをはかなければ良いのではないかと思わなくもない。少数派ながら、実際に一年中ブレザーにパンツスタイルの女子もいるのだ。
しかし意外にも、こういう気づかいをされる事は、勇姫的には悪い気はしないらしく、俺がうっかりして先に階段を昇ると、はっきりとむっとした表情をするようになったので、これもある種の習慣として身についた。
自称モテ男一直線の金言は、勇姫や母さんにやたらと受けが良い。男子は車道側を歩くべしとか、男子は扉を開けたら女子が通るまで扉を抑えよとか、何となく意味がわかる様な事も、さっぱり理解できないものもあるが、大した手間にもならないので、勇姫や母さんが喜んでいる限りは続けるつもりだ。何事も継続は力なりである。何の力がつくかは不明だが。
階段を昇りきると、元通りの俺が先行する形になる。勇姫は俺の姿を視界に捉える事に、何かこだわりがあるのかもしれない。
ナースステーションで看護師の方々に軽く頭を下げ、母さんのいる病室にノックをする。この間中に勇姫の手が俺の服を捕まえる事はなかった。本人にも、子供っぽい行いだから人に見られるのは恥ずかしい、という自覚はあるのだろう。
「はいはーい」
気の抜ける絶妙な返事と、ぱたぱたと鳴るサンダルの音を聞きながら病室の扉を開ける。
「とうっ」
扉を開くと、掛け声と同時に飛び掛かってくる。という母さんの奇行にも慣れたものだ。
母さんの飛び込み面じみたハグを抜き胴に近い形でかわす。俺が前に居たせいで、母さんの動きがまるで見えていなかった勇姫は、そのまま母さんのハグの餌食になった。
「勇姫ちゃん!」
「はい、よし」
「おかあさん」
「おかあさん。お加減は」
「元気いっぱいよ!」
どれほど娘が欲しかったのかは知らないが、息子の幼馴染、母さんから見れば従兄妹の娘にお母さん呼びを強要するのはどうなのだ、とか、入院している状態でその答えはどうなのだ、とか言いたい事は幾つかあるが、新庄良子という俺の母親は、ふわっとした幼げな雰囲気の外見とは裏腹に、言って聞くような人ではない。
今も、えなじぃどれいん!などと意味不明だが嫌に不吉な響きの言葉を発しながら勇姫に抱きついて、楽しそうに頬ずりをしている。勇姫にも嫌がっているような様子がないので、そのままにしておく。とても愉快な母さんである。
俺は不思議なスキンシップを楽しんでいるらしい女性二人を放って置いて、病室内をざっと見まわす。
洗濯物を山にしてはいないか、日用雑貨は不足していないか、冷蔵庫の中身はどうなっているか、甘いお菓子ばかり食べている様子はないかなど、そういう事を確認した。
入院経験のない俺からすると全くイメージが湧かないが、入院する。という事は俺が思っているよりも遥かに自由な、良いものらしいのだ。
俺の入院に対するイメージとは、不味い食事と、暇なベッド上の生活。と言った感じなのだが、母さんの話から推察するに、美味しい食事、たまの検診、自由にごろごろ、確かに少しは暇。という感じらしい。
怪我や病気の具合によってそれぞれ異なるのだろうが、母さんの場合はそんな感じなのだと言う。
入院慣れ、と言うと何とも言えない微妙な感情が湧き上がるものであるが、入院慣れしている母さんの持ちこんだ物は少ない。ものぐさな性分でもないので、なにか問題が発生しているようにも見えなかった。
「母さん、なにか足りない物あったら教えてね」
「はい!娘分は補給中です!しかし息子分が不足しています!」
母さんは元気よく挙手しながら、いまいち要領を得ない言葉を発する。この人は、本当に体調が悪くて入院しているのか、と一瞬だけ疑ってしまう。
「照れるなよー、今なら勇姫ちゃんも抱きしめてくれるんだぞー、お得だぞー」
母さんの言葉は、相変わらず俺の理解できる範疇を超えている。俺が反応すると喜ぶが、対処に困るのでやんわりと曖昧な表情を作ることでお茶を濁す。
俺からのリアクションは期待できないと諦めたのか、母さんは勇姫と楽しげにお喋りを始めた。その様子を見ながら、一応は来客用の椅子を三人分用意する。
母さんは勇姫の手を握ってベッドに腰掛け、自分のすぐ隣に勇姫を座らせて、非常に満足そうな顔をしている。
俺は何となくわかってはいたが、案の定不要になってしまった椅子をしまい、残した一つに腰かけて二人の会話を聞きながら母さんの様子を観察した。
顔色は、あまり良くないように見える。言動こそ活発だが、本当に調子がいいのか、調子が悪いのを隠しているのか、本当の所は母さんにしか分からない事だ。
いや、そうではない。調子は悪いに決まっていた。医者が伊達や酔狂で患者を入院させる筈がない。
でも、母さんが元気に振舞って見せる。という事は、病人扱いして欲しくない。という意思表示に違いないのだ。
ならば、それに乗ってやるのが息子の務めなのかもしれない、と最近は考えるようになった。部活動を引退し、時間的にも、精神的にも余裕ができたのが原因だろう。
勇姫が母さんと一緒になって腕を伸ばさなければ、母さんに抱きしめられる程度の事は受け入れようと思っていた。息子に会えなくて寂しい、などと自分の夫に漏らす程度には何かしらの不安を抱えているのだ。その不安を俺が少しでも解消できるならば、多少の気恥かしさを感じたとしても協力しない理由はない。
しかし勇姫も一緒になって、となると話は別である。男女七歳にして席を同じゅうせず。という言葉もある。いかに家族同然の幼馴染といえども、異性である事は確かなのだから、互いに分別を持つべきである。俺の母さんと一緒にいる時の勇姫は、そのあたりを忘れてしまっているのではないか、と疑う事もあるほどに抜けている。
「学校はどう?」
「この間部活動を引退しました」
「部活動!そう、そうね。もう八月だものね。ごめんなさいね。最後のインターハイ、応援に行きたかったんだけど、こんな状態で」
「いえ、結局一回戦で負けちゃったので、応援に来てもらっても逆に申し訳ないです。でもありがとうございます」
「全国大会に出場するなんてすごい事よ。勇姫ちゃんが努力してきた証しじゃない」
勇姫は納得できないと言いたげな表情ながらも、母さんの言葉は素直に聞き入れて頷いていた。
後悔を振り払うためか一人で家の道場に通っていた事も、一回戦は勝てる相手だったと独り言のようにこぼしていた事も、俺は知っている。
「俺もそう思う、勇姫は自信を持って良い」
だから、気休めにしかならない、と分かってはいたが、勇姫に声をかけた。
「うん」
「良一郎は惜しかったわね。決勝トーナメントまで進んだのに」
どう見ても納得しきれていない勇姫の様子を察したらしい母さんは、少し話しの方向性を変えたかったのか、俺の高校最後の試合に矛先を向けた。
「私、あの試合は、良が勝ち上がるって思った」
神妙な、難しい表情をした勇姫がぽつりと言う。
俺は内心で、どきりとする。あの試合の話はあんまりしたくない。
「そうか?でも負けちゃったからな」
何の反応も示さないのも不自然かと思って、勤めて何でもない事のように軽く言う。負けた事は別に悔やんでいないのは本当の事だ。
「ねえ、良はなんでわざと負けたの?」
俺は驚いて言葉を口にする事が出来なかった。わざと負けた訳ではないのだが、勇姫には、そういう風に見えた試合だった。という事なのだろう。
勇姫は本当に腕を上げた。今では俺よりも剣道が強いかもしれない。
「わざと負けた。なんて事はないんだが」
「勝てる相手だったよね?」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、買いかぶり過ぎだ。進藤が強かったのはわかるだろ」
「じゃあなんで、あの時に胴を打たなかったの?進藤君の小手面、完全に外してたのに」
「打たなかったんじゃなくて、打てなかったから、負けたんだよ」
「二本目も、ぼーっとしてて、良らしくなかった」
「んー、なんて言えば良いんだ?」
俺が勇姫に説明できる事は、この件に関しては一切ない。言わないと決めていた。
なぜなら、試合相手の進藤を殺せると感じて、その通りに動きそうになった体を押しとどめるのに必死だった。なんて言っても頭の具合を心配されるだけに決まっている。
剣道の試合に勝つとか負けるとか、そういう事ではなく、本当に進藤を殺せる。と思ったのだ。剣道の試合中にそんな事を考える奴は、客観的に見て頭がどうかしている。
あの時の俺は、酷く調子がよかったのは間違いない。体の感覚は隅々まで鋭敏で、頭も冴えていた。今思えば、対戦相手が県内でも一、二を争う腕前だったのも悪かったのだろう。
過去に何度か経験のある、あの感覚が試合開始と同時にやってきた。
雑音の一切が聞こえなくなり、進藤の動きを察知するのに必要な音だけが、やけに良く聞こえた。
目で見えない程巧みに隠された進藤の初動が聞こえたから、進藤の狙いが読めたのではなく見えたから、だから進藤の小手面を完全に外す事ができた。
外し方も妙だった。ああしようこうしようと、考えて対処するのとは訳が違った。体が俺の意思から離れたかのように、勝手に動いた。
剣道をしている間の俺は、実は心の中で剣術の稽古をしている事がほとんどだった。
人によって様々な解釈があると理解しているが、剣道と剣術は別物ではあるが、元々を辿れば同じもので、スポーツとして完成した剣道と言えども本質的には剣術と大差がない。と俺は考えている。
剣道の試合は一本を取った方が勝ち。三本勝負なら二本先取した方が勝ちである。
では、一本。とは何なのか、剣道の正式な言葉を借りれば、『充実した気勢、適当な姿勢をもって、竹刀の打突部で打突部位を刃筋正しく打突し、残心あるものとする』となっている。
これを剣術をたしなむ俺流に意訳すれば『間違いなく相手の戦闘能力を奪う一撃であり、反撃を受けないように留意している打ち込み』と言って良いかもしれない。
すなわち、一本。とは相手を殺す、殺した、とわかる打ち込みの事なのである。
剣道では、鎧を着込んだ状態での立会を想定しているのか、一本を取るには、鎧の上からでも断ち斬るための勢いと破壊力、そして鎧に弾かれず刃を通すための正確さを求められているように思う。
人によって一本の基準が多少異なると言うのは、このあたりの理念や想定している状態をどのように解釈しているのかの違いだと俺は理解している。
しかし新庄夢想流では、鎧を着込んだ状態での立会は基本的に想定していない。だから、勢いも破壊力も重視されない。人体は刃物で容易に傷つける事ができるからだ。
俺は剣道をしている間、相手の打ち込みを察知しては、自分の頭の中で相手の防具をないものとして考え、剣術的にはどのように打ち込むのが良いかを考えている。
剣術なりの一本を探す、思考力の鍛錬に剣道はうってつけだった。
完全に進藤の打ち込みを外した俺は、いつものように一本を探した。それは探すまでも無く、見えた。一瞬後の未来がイメージとして思い浮かぶような感じがした。
俺の体は、進藤の左首元を突き垂の下からすくい上げるように突く為に動きだそうとしていた。
剣道においての突きは、上から下へ突き下ろし、必ず突き垂が竹刀を受けるように打つ。
極端な話をすると、突き垂があるから剣道では突きが有効打突になっている。突き垂がなければ首を守る物がなくなる。何の防具も無く首を突けば、首を折る可能性がある。有効打突部位の設定と、正しい打突の制限は安全のために設定されている一面もある。
勇姫が言うような、相手の小手面を外して胴を狙う、というのは剣道のルールに基づいた先入観による勘違いだが、剣道としては間違っていない。
俺の体は剣道において保障されている安全を潜り抜けて、本当に殺す気で進藤の首を突こうとしていた。
つまり、この時の突きは剣道の試合であると言う事を度外視した、剣道の防具を身につけた相手を竹刀で殺すため、の極めて実戦的な突きだった。
このままでは進藤が死ぬ。俺が殺してしまう。
そう理解した俺は、自分の体が勝手に人を突き殺そうとしているなんて、そんなバカな話があるかと、勝手に動こうとする体を抑えつけた。
結果として、俺が進藤を突く事はなかった。
小手面を外され、即座に狙いを切り替えた進藤が、俺が勝手に動こうとする体を抑え込んでいる間に姿勢を正し小手を打ってくれたからだ。
勇姫の言うぼーっとしていた二本目は、何もできなかっただけの事だった。またこんな事になるかもしれないと思うと、恐ろしくて竹刀を振りあげる気力も湧かなかった。
勇姫が疑っているように、勝つ気がなかった訳でもないし、負ける気だった訳でもない。ただただ俺が未熟な剣士だったと言うだけの事で、人に説明しても理解されるような事でもない。
皆が真剣に剣道の試合に臨んでいる中、遊び感覚で剣術の稽古をするなんて舐めきった考えを持っていたから剣道の試合に負けた。
ただ、それだけの事だった。
だから俺はあやふやに言葉を濁して、やけにしつこい勇姫の追及をかわした。
「勇姫ちゃん、あんまり負けた試合の事を尋ねたらかわいそうよ」
「あ、ごめんなさい。私、良と一緒にインターハイ行きたかったから、あの、あっ!」
母さんが俺に気を使ってくれたお陰で、勇姫がそれ以上試合について聞いてくる事はなかった。
一転して勇姫は、インターハイにも俺と一緒に行きたい、と言う子供っぽい願望を暴露してしまった事を恥じらっているらしく、顔を真っ赤にして俺の方にちらちら視線を向けてくる。言葉はおかしいかもしれないが、勇姫もそろそろ俺離れをしないと、これから困るのではないだろうか。
「んー!勇姫ちゃん可愛いわ!」
そう言いながら母さんは、勇姫を抱きしめて猫かわいがりする事に決めたようだった。
「こんなに可愛い子が良一郎のお嫁さんになってくれたら文句ないわねー」
「お、おかあさん!」
「早く良一郎のお嫁さんが見たいわ―」
また、それか。
母さんの言葉は、勇姫に向けた言葉を装っているが、実は俺に向かって言っている。
どれほど勇姫を娘にしたいと言うのだろう。そういうのは勇姫自身の意思が一番大切だろうに。
長らくお待たせしてしまいました。お待ちいただいていた読者様には申し訳ないです。
予定の四倍以上かかるとかどんだけだよ。丸一か月じゃ済まないぞ。本当にごめんなさい。
第一章の修正作業はひとまず終了済みですが、これからも何度も読み返し、気に入らない部分は随時修正してゆきます。
番号だけでは見にくいと判断し、章分けなる機能を使ってみる事にしました。
今は通し番号ですが、のちのち、一話ずつタイトルをつける形になるかもしれません。
この40話から第二章、という事になります。
それと、仕事の方が忙しい時期に突入しております。マジで小説家になりたい二十九歳の夏。
最低でも一週間に一話は更新したい。
欲を言えば毎日更新したいけど、私の能力的にほぼ不可能であると1~39話で痛感しました。
逃げ道の為の、最低でも一週間に一話。こういうのがよくないのでしょう。その内一か月に一話とかになるのか、したくないです。
打ち込んで、読み返して、気に入らなくて修正、結果真っ白の鉄板パターン。
修正で書きなおした分とか数えたら多分十倍以上は書いてる。余裕で心が折れます。
完結まで書き切るつもりはあります。プロットも修正し、どうにかできそうな気がします。
更新ペースはかなり低下すると思われますが、これからもサムライフローマにお付き合いいただけたらとても嬉しく思います。
今回はちょっと長いですが、以降は今までと同じぐらいの文字量になるかと思います。
六月二十五日、早速誤字修正。まだあるんだろうな




