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サムライフローマ  作者: いぬっころ
第一章 気がつけばローマ
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32t20

「ティベリア、ちらちら後ろを覗くのはやめなさい。危ないし、みっともないわよ」

「だって」


 心配なのだ。

 ローがきちんとついて来てくれているか。


「私は歩くって言ったのに」

「そんなのダメに決まってるでしょ、リクトルの人たちにも迷惑をかけるわ。我慢しなさい。ちゃんとついて来てるんでしょう?」

「うん」

「なら良いじゃない」


 ユリアはそう言うけれど、私は不満を吐きだす先を見つけられずにいた。

 並んで歩けば、あれは何、これは何、と言う風に言葉を教えやすい。想像するだけでとても楽しそうだ。しかし私が二輪車に乗って、ローが歩いていてはそんな事も一切できないのだ。

 また後ろを覗こうとするとユリアに身体を押さえられたので、諦めて少し気になっていた事を尋ねてみる。


「なんで、ローを連れて行っても良いって言ってくれたの?」

「あのままにしたら、あんた日が落ちても考えてそうだったもの」


 流石に、そんな事はしない。と思う。


「で、何か思いついた?」

「ん?んん」


 明言できる様な事は何も思いつかない。それが問題だった。


「でしょうね」

「まだ、何も言ってない」

「言えないのが、問題よね」


 ユリアはすっかり呆れた様子で言う。


「ま、仕方がないか。カエサル家で彼が住める所を用意するわ。それならあんたも安心でしょ」

「でも、ユリアに頼ってばっかりだし」

「野宿させる訳にもいかないでしょう?うちなら自由にできる建物もいくらかあるし、気にしないで良いから。その代わり」


 したり顔のユリアから当てるだけのデコピンを頂戴した。

 申し訳なさと不甲斐なさでうつむき気味だった私の顔が少しだけ上向く。


「クラウディア様には、あんたからきちんと説明する事。いい?」

「黙ってちゃダメ?」

「無理ね、剣闘大会を台無しにしたのは事実だし、報告しない。とかありえないから」

「ですよね。また叱られる、昨日も叱られたばかりなのに」

「あら、覚えてたの?忘れてるのかと思った」

「流石に覚えてるよ?」

「そう、行動に反映されないなら意味無いわね」

「ご、ごめんなさい」

「クラウディア様にこってり絞って貰いなさいな」


 ユリアは意地の悪い笑顔で言うので気分が沈みそうになる。

 もう少しで、ウェスタ神殿に到着してしまう。

 確かに、叱られるような事をする私が悪い。だが、叱られるとわかっていると、途端に帰りたくないような気分になる。

 ウェスタ神殿の特徴的な円柱が見えてきた。本当にあと僅かでウェスタ神殿についてしまう。


「あれ?お爺さんがいる」

「は?」

「テルティウスお爺さんが、まだ薪を運んでる、ほら、あそこ」

「何かあったのかしら、もう日没前なのに、珍しいわね」


 テルティウスお爺さんは午前中に一日分の薪を割り、昼過ぎくらいまでには割った薪を運び終わる。

 こんな遅い時間まで薪を運んでいるのは、ユリアが言った通りかなり珍しい事だ。

 テルティウスお爺さんは、しきりに腰を労わっている素振りを見せている。


「身体痛いのかな?」

「元気そうに見えたけど、やっぱり薪割りは大変よね、引退しててもおかしくない歳なんだし」

「それだよ!」


 思わず大きめの声が出た。


「なにが?」


 ユリアの声に応える余裕はすっかりなくなった。

 どうして今まで気がつかなかったのだろう。

 身体を労わる様子が増えてきたテルティウスお爺さんは、きっと薪割りの仕事が肉体的に辛いのだ。彼には家族も無いし、後継者もいなかったはずだ。

 テルティウスお爺さんはまだまだ壮健である、と考えていた事もあって、ウェスタ神殿では後任者も探していない。

 例えばテルティウスお爺さんがもう引退したい、と思っていたとしても、それは不可能だったのだ。

 だが、今はローがいる。

 もしテルティウスお爺さんが身体を休めたいと思っていたなら、もしローが薪割りができるのであれば、ローがテルティウスお爺さんの元で薪割り見習いとしてウェスタ神殿に勤める事になれば、彼がウェスタ神殿に出入りする事は、まったく自然な事と言う事になる。

 しかも、薪割りは、誰かとたくさん話をする必要はないし、私が空いた時間に彼に言葉を教えても誰にも迷惑がかからない。その上、住む所はユリアの好意に甘えるとしても、ローは毎日ウェスタ神殿に通ってくるから私の目の届く所に常にいる事になる。

 もう、これ以上の方法はないのではないだろうか。

 私は、二輪車が止まるとすぐに降りて、ローがついて来ている事を確認して彼の名前を呼んで手招きをする。

 ちょうど薪を取りに行こうとしているテルティウスお爺さんに、はやる気持ちを抑えつつ声をかけた。


「お爺さん!」


 テルティウスお爺さんは少し驚いた表情をして、私を見た。

 顔には深いしわが刻まれている。もう六十歳にもなるのだから、当然だ。


「ティベリア様、何か?」

「見習いを一人雇いませんか?」

「見習い?」

「はい、薪割りの」

「そこにいる男ですかな?」

「え、あ、はい、そうです」


 お爺さんが指を指した方向には、もうローが立っていた。


「その男は何者なのです?見た事のない格好をしておりますが」

「彼はローと言う名前で、言葉がわからないのですが、言葉はこれから私が教えるつもりなのです。それで、彼はテヴェレ川に流れ着いていた所を助けて」

「異民族、ですかな」

「それは、はい。きっとそうだと思います。ダメでしょうか」


 ローマ人には、異民族を忌み嫌う人も少なからずいる。

 未だに北方では国境を守るために戦争をしているのだから、言葉のわからない異民族に対して良くない感情を抱くのは珍しい事ではない。


「いいえ、私は構いませんとも。流石にこの年になると薪割りは堪えるものがある。手伝って貰えるならばありがたい。ただ」


 やった!こんなに上手くいく事なんて、私にしてみればそうそうない!


「ユリア!聞いて!お爺さんが」

「ティベリア、何事ですか、少し騒がしいですよ」


 セルウィアを連れたクラウディア様が、すぐそばに来ていた。


「私の一存で決められる事ではありません。ウェスタ神殿の竃にくべる薪を作る薪割りは神聖な仕事。誰にでも務まる仕事ではありませんので」


 テルティウスお爺さんが静かな言葉で言ったけれど、私はその事を知らなかった。

六月七日、加筆修正

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