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私、ユリア、テルティウスお爺さんとローの四人は巫女たちの家の中にある神官長室に呼ばれていた。
クラウディア様に事の顛末を報告するように言われたからだ。
私は、一人で今日あった事とさっきお爺さんと話した内容を包み隠さず全て報告した。ユリアは一切手伝ってくれなかった。
「ティベリア、あなたはもっと思慮深い行動を心がけなくてはなりませんね」
クラウディア様は苦笑いしながら言った。その苦笑には、どういう意味を含んでいるのですかと聞きたい。
「はい、申し訳ありません」
実際には聞ける訳がないので、素直に謝罪する。私は叱られる度に真摯に受け止め、きちんと反省している。
ただ、いざその瞬間になると、叱られた事を忘れてしまうだけで。
「剣闘大会の事は、もうよろしい。ユリアが上手く助けてくれたようですから、それが問題になる事は無いでしょう。ユリア、流石でしたね」
「はい、ありがとうございます」
ユリアの助力がなければ、私が剣闘大会を台無しにし、ウェスタ神殿にとって消す事ができない弱み作ってしまうと言う事態になりかねなかった。ユリアには本当に助けられてばかりで、私は自分が情けない。
「ですが、あなたの剣闘に対する熱中癖が酷いものでなければ、そもそも今回の様な事は防げたかもしれませんね?」
「はい、申し訳ありません」
「よろしい」
クラウディア様の叱り方は淡々と悪い所を指摘する。というものだ。これは、ユリアでもかなり堪えるらしく、一転してしゅんとしてしまった。せめてもの救いは、セルウィアが同席していないという事ぐらいである。
「さて、彼の事ですが」
「クラウディア様、どうかお願いいたします。私は彼を見捨てたくないのです」
クラウディア様が口調を改めて喋りだすと、私は黙って聞いている事が出来なくなった。
彼を放り出せと言われるに決まっている。
「落ち着きなさいティベリア。ルプスちゃんとは違うのです、捨ててきなさい。とは言いませんから、とりあえずは安心なさい」
「ルプスちゃん?」
普段厳格な雰囲気のクラウディア様の口から、似つかわしくない言葉が飛び出したので、私は思わず聞き返してしまった。
私がこっそり育てたつもりの子猫は、思いのほか可愛がられているらしい。
「ん、んん!とにかく、ティベリアは、彼を薪割り見習いにしたいと考えているのですか?」
クラウディア様は、ぱっと赤面して咳払いをしたかと思えば、すぐに普段通りの厳格な雰囲気を取り戻した。
「はい。それが一番良い考えだと思っています」
私は滅多に見れないであろう可愛らしいクラウディア様の様子を見なかった事にして、勤めて真面目に言う。
「それは難しい事です」
「なぜですか?」
「ウェスタ神殿にとって薪割りは神聖な仕事です。どこの誰とも知れない者に見習いをさせる訳にはいきません。彼がローマ市民だったなら話し合いの余地もあったのですが、彼はローマ市民ではない」
「そんな話しは聞いた事がありません」
今度はユリアが口を挟んだ。ユリアが言うのであれば、私がうっかり忘れている。と言う可能性は無くなった。
「当然です、まだ教えていませんから。神殿の運営に関わる事柄は全て、新人巫女の育成がある程度形になってから、一人立ちした巫女全員に伝えられるのです。まだ、その時期ではありません。薪割りの仕事は巫女に行わせるには酷な肉体労働ですから、信頼できる人物にウェスタ神殿からお願いする形で勤めていただいています。テルティウス殿は彼の曾祖父の代から四代続けて薪割りを請け負ってくださった一族なのです。代わりができる者を探すのも簡単な事ではありません」
テルティウスお爺さんは、私が巫女になった時にはもう毎日薪を割っていた。私が知っているだけでも丸十五年、今年で十六年目だ。それだけでもすごいと思うのに、一族で四代も続いていると言うのだから、もしかすると百年近くウェスタ神殿の為に薪を割り続けているのかもしれない。
「全ては、後継者を育てる事が出来なかった私の失態です。そのせいで神官長様にはご心労をおかけしてしまい誠に申し訳なく思っております」
テルティウスお爺さんは、うつむいてクラウディア様に向かって頭を下げている。
「いいえ、どうかお気になさらずに。テルティウス殿が壮健な事を言い訳にして、後任者を探しておかなかった私の不備なのです」
「では彼がローマ市民権を持っていたら、問題ないのですか?」
ユリアが鋭く尋ねた。まるで、それだけが問題なのであれば、解決できるとでも言いたげな表情だった。
「ウェスタ神殿の薪割りを勤める者はローマ市民権を有する者である事、と定められています」
クラウディア様はそこで一度言葉を切った。
「あまり大きな声では言いにくい事なのですが、彼を奴隷にしてはどうでしょうか」
ユリアは、にやり、と言う擬音が似合いそうな表情で言う。
奴隷、権利者の所有物として扱われる人たち。
ローマにはたくさんの奴隷がいる。奴隷たちの働きによってローマが支えられていると言っても過言ではない。私の実家の亜麻農園でも、たくさんの奴隷を使っている、けれど。
「ユリア!」
私はその意見には、感情的に反対だった。彼は罪を犯した訳でもないし、戦争で負けた訳でもないはずだ。なにより私は彼を奴隷にするために助けた訳じゃない。
「ティベリア、話は最後まで聞いて、あなたの悪い癖よ」
「どういう事ですか、説明してください」
クラウディア様に促され、ユリアは何でもない事のように言った。
「奴隷にする、と言っても、すぐに解放奴隷にしてしまうのです。正式に解放された奴隷にはローマ市民権を与える。という法律があります。その法律を利用すれば、彼はローマ市民権を得る事ができる」
「その行いはウェスタ神殿の権威を貶める行いに繋がるでしょう。絶対に許可できません」
「あ、ダメか」
「どうしてですか?」
ユリアが言うのだから、そういう法律は実際にあるのだろう。上手い方法な様な気がするのだけれど。
どうしてユリアは、自分で言った意見をダメだと思ったのだろう。
「ティベリア。なぜウェスタ神殿で奴隷を使わないか分かりますか?」
「奴隷に任せられる仕事がないからです」
「その通りです。教えられた事はきちんと身についているようで安心しました。ではなぜ奴隷に任せられる仕事がないのか考えてごらんなさい」
「巫女の勤めだから?」
「ティベリア、同じ事言ってるわよ。まあ、合ってるけど、違うの。人の目よ」
ユリアに言われても、私はいまいちピンとこない。
合っているけど、違っている。意味がわからない。
「例えば私が、竃に薪をくべる勤めを奴隷にやらせてたらどう思う?」
「ユリアはそんな事しない」
だって、絶対にユリアがやった方が早いし、上手にできる。それにそういう横着をするユリアと言うのが想像できない。
「そうだけど、例えばの話よ」
「手を怪我して痛いのかな、とか」
「もう説明するわ、私が間違ってた。普通の人は、あいつ楽してるって思うのよ、怠けてるって言い換えても良いわ」
「でもきっと理由があってそうするんでしょ?」
「ティベリアは私の事を良く知ってるから、そういう風に思うのよ。何も知らない人は、そういう風には思わない。だからダメなの、巫女が怠けてると思われたら?」
「あ、カンプス・セレイタス」
「正解」
うん、分かった。これはダメだ。私一人で負える責任では済まない。
「二人とも理解したようですね、同じ理由でティベリアが彼の住処に通う、と言うのも許可できません。特定の男性の所に巫女が通う、などあってはならない」
「じゃあ、どうしたら」
やはり、難しい問題なのだと痛感する。
私には自分で負える責任以上の事は思いつかない、でも、ここには私よりも頭がよくて頼りになる巫女が二人もいるのだ。
きっとしっかり話し合えば、良い考えが浮かぶに違いないし、私は諦めるつもりが全く無い。
とりあえず、ローの住処はユリアにお願いすれば問題ない筈で、ローに言葉を教えると言う私の目的も、まだ絶対に不可能と決まった訳ではない。少しの間私が我慢すれば良いだけで、当面の問題はとりあえず解決済みと言って良い筈だ。
「では私がそれを独自に行い、彼を養子にしてはどうでしょうか?」
そんな事を考えていたせいで、テルティウスお爺さんの言葉に私はとても驚いた。
「元々は私が家庭も持たず、後継者を作ろうともしなかった事が原因です。私が彼を解放奴隷にすれば、私と彼は保護者と被保護者の関係になり、彼は私の庇護の元で一定の社会的信頼を得る事ができる。その上で養子縁組も行えば、彼が私の責任の元で生活している事の証明になる」
普段の無口な様子とは違って、テルティウスお爺さんはとても饒舌だった。
なにかに急かされているような感じがする。
「身体の調子が悪い事も本当の事ですから、私が慌てて後継者を見繕った、とすればそこまで不審ではないはずです。私にはローマに親族はおりませんので、むしろ都合が良いでしょう」
「しかしそれでは何かあった場合、全てテルティウス殿が泥をかぶる事になってしまいます。ウェスタの巫女が言いだした事にそこまでしていただく訳には」
「良いのです。むしろこれは天命でしょう。我が一族がカエサル様に受けた御恩をお返しする時がついに来たと言う事でしょう」
テルティウスお爺さんは、強い意思が込められた言葉でクラウディア様の言葉を遮った。
とても身体が衰えてきた老人とは思えない力強さを感じて、私はとても不思議な気分になった。
六月七日、加筆修正




