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サムライフローマ  作者: いぬっころ
第一章 気がつけばローマ
30/122

30

 お祭り騒ぎの剣闘士達にもみくちゃにされながら馬車で集合住宅に帰ってくると、なぜか俺だけそのまま乗っているように老人から指示された。

 陽気な剣闘士たちは一人もいなくなり、御者と老人は御者台で、俺はすかすかになった荷台に揺られる。

 しばらくして馬車は止まる。立派な石壁に囲われた屋敷の前で降りるように指示され、武装した八人の男達の前を通り抜け、老人に導かれるまま門をくぐる。


「―――――!!」


 後方から凄まじい怒声を放ちながら別の老人がやって来た。まさに怒髪天を突く、と言うに不足ない形相だ。

 

「―――――!!」


 もしかして、俺が怒られているのだろうか?そう思うと腰が引けたが、怒声を放つ老人と目線が合わないから、どうも違うらしいとわかる。

 怒声にを放つ老人の声に気がついたらしい、俺の前を歩いていた老人が、負けないぐらいの大声を張り上げる。

 二人の老人は互いの顔をくっつける勢いで激しくにらみ合って、激しい口喧嘩が始まった。

 俺は訳が分からず、二人の様子をただ黙って見ている事しかできない。

 そのまましばらくお互いに立ち止まって怒鳴り合っていたのだが、二人は同時に歩き出し、そのまま屋敷の中へと入っていった。

 このままでは置き去りにされる事に気がついて、慌てて二人の後を追いかける。

 屋敷は中も立派だった。家の道場よりも広い。部屋もたくさんある様子だし、きっとこの屋敷の持ち主は大層な資産家に違いない。そもそも、この周辺では石造りの建物自体が珍しいように思う。

 絵画や良くわからない骨董品でもあるかと期待したが、その手の品は置かれていない。

 まあ、俺はお金持ちとは縁のない生活をしていたから、豪邸には美術品。という考えはただの先入観という奴なのだろう。

 前を歩く老人二人は広い屋敷内でも迷わず進んでいく。途中何人かとすれ違っても、静かに脇によけるだけで、誰も止めようとしない。かなり騒がしいのだが、あのままで良いのだろうか。

 なぜか俺が申し訳なく思ってすれ違う人達に軽く会釈しながら二人について行く。

 二人が部屋に入っていく。すると、喧嘩が止んだ。

 代わりに話声が聞こえてくる。喧嘩に比べれば落ち着いた様子の声だ。

 喧嘩していた二人のいる部屋に、いきなり入っていくのは気が引けるから、まずは廊下から部屋の中の様子を窺う事にする。

 その部屋はとても広い部屋だった。老人二人が跪いている。


「は?」


 意味がわからず、無意識のうちに声が出た。呟き程度のものだったから、誰の耳にも届いていないようだ。

 テーブルを囲うように置かれた五つの椅子に、三人が腰かけている。

 一人は髭を蓄えた男性。あの髭には見覚えがある。闘技場で見た偉い人だ。

 後二人は真っ白な衣装を身にまとった女性。この二人も、闘技場で見かけた人だと思う。

 老人たちはこの女性たちに向かって片膝をついているから、三人とも立場のある人だったのだろう。

 これは、俺が入ってはいけない場所なのではないだろうか。と不安になる。

 処刑を指示した男と、恐らくはそれをやめさせようとした女性二人が同じ場所にいる。

 もしや、生き延びた。と思ったのは俺の勘違いで、始めからここに居た三人で俺の処分を話し合い、これからその結果を知らせるために老人と俺を呼んだのではなかろうか。

 部屋の中を良く見れば、流石に槍は持っていないが、表で見たのと同じように帯剣した人も二人いる。

 あれはもしかすると処刑人か。

 女性二人が立ち上がって何か言う。言葉がわかれば判断できるのに。

 逃げるべきだろうか?いやでも、逃げてどうにかなるのだろうか?表にはあと八人も同じような格好をした者がいた。騒ぎになればすぐに出口は封鎖されてしまうだろう。

 そうなれば戦うしかなくなる。都合よく裏口やらがあるかもわからないし、この屋敷がどんな構造をしているのかも、俺にはわからない。もしかすると、この屋敷自体に詰めている兵士もいるかもしれない。

 では、ここの二人を無力化して、タイミングを見て逃げ出した方が良いのだろうか。

 いや、ここの二人を無力化した時点で誰かが大声をあげれば結果は変わらない。逃げる事に成功したとしても、確実にお尋ね者になるだろう。

 マジか、詰んでるじゃないですか。

 今日はこんな事ばっかりだ。

 いや待て、冷静になれ。決めつけるのは早計だ。もしかしたら、それも俺の勘違い。という可能性もある。

 見てみれば、なんだか和やかな雰囲気で話をしているようにも見えなくもない。

 髭の男性はずっと笑顔だ、何か楽しい雑談中なのかもしれない。

 老人二人が立ち上がって興奮した様子で何か言う。どうにも、雰囲気がよくわからない。どういう話をしているのだろうか。

 どうすべきか悩んでいると、俺をここまで連れてきた老人が何か言って手招きしている。

 この訳のわからない状況で部屋に入れと言うのか。

 だが、まあ、変な行動をして不審がられるよりも、素直に従った方が良いのかもしれなかった。もし本当に危険な状況になれば、無理やり逃げれば良い。そうなったら、諦めもつく。

 若干及び腰になりながらも部屋に入る。

 何かあってもすぐ動けるように、姿勢は真っ直ぐ正しく保つ。逃げやすいように入口からは離れない。

 視線が、まるで身体に刺さるようだ。部屋にいる全員に見られている。

 特に帯剣している二人の視線が、警戒しています。と言わんばかりで嫌な感じがする。間違っても誤解されないように大小には手をかけない。

 いつでも動けるように気を張りながら立つ。どうせ話を聞いていてもわからないので、雰囲気ぐらいはわかる程度に聞き流してじっと待つ。

 そうしていると、帯剣している二人の視線が、俺を監視しているようで鬱陶しく感じる。そんなに見なくても、何もしませんとも。

 今はね!そっちがやるなら受けて立つけど!

 なんて、そんなアホな事を考えるくらいには暇だ。

 帯剣している二人も、俺を見てはいるが、動く気配はまったくない。椅子に座った五人が何を話しているのかも、全く見当がつかない。

 本当に、俺は何の為に、ここに居るのだろうか。

 不意に女性が一人、立ちあがって何か言った。

 その女性がこちらを向いて近付いてくる。

 今さらながら気がつく、ローマの人たちは背が低い。

 剣闘士の男達は、俺と同じかそれ以上の者もいたが、街を行き交う人々は大抵俺よりも頭一つ分近く小さい。

 そう考えると、目の前の女性は、女性にしては背が高い方なのかもしれない。

 顔立ちは、やはり日本人とは違う。すっと筋が通った感じの顔のつくりである。

 そんなどうでも良い事を考える余裕があるのは、目の前の女性がどう見ても脅威にならない事が一目でわかるからだろう。

 女剣闘士と比べるのも変な事かも知れないが、全体的に線が細い。身体を鍛えているようにも見えないし、何か武術の心得があるようにも観えない。うん、もっとしっかり食べた方が良いなこの子は、華奢に過ぎる。

 そもそも女性は体重を気にし過ぎである。母も勇姫もそうだが、細いくせに体重を気にするとか意味がわからん。肥満は健康に良くないが、痩せすぎも同じくらい身体に毒だと俺は思うのだ。

 そんな事を考えていると、女性は俺の目の前まで来た。

 視線が合う。

 女性の体つきの事を考えていたから、真面目な視線が俺を責めている様な気がして、気まずい。

 こういう時、視線をそらしては負けである。

 もし勇姫が相手だったなら、やましい心あり。と断じられて面打ちを頂戴する破目になる。あいつはそういう時、素晴らしい一撃を放つので、これはもう条件反射だった。


「―――――」


 とてもゆっくり何かを言った。今まで、耳にした事がない位にゆっくりとした言葉だった。

 でも、ごめんなさい。わからないんだ。

 だって、言葉の区切りがどこなのか、すら、いまいちわからない。

 きっと俺に聞きとらせるために、わざとゆっくり話してくれたに違いないのに。


「てぃ、べ、り、あ」


 目の前の女性は、俺が理解していないのを察してくれたらしく、自分の胸に手をあてながら、今度は一音ずつ発音してくれた。

 今のは聞きとれた。

 仕草から察するに、この女性の名前、だろうか。

 確認するために、女性を指さしながらオウム返しする。


「てぃべりあ?」

「―――――!」


 女性はなんだか喜んでいる、ような気がする。すごく良い笑顔になった。早口な言葉で何かを言ったが、それはさっぱりわからない。

 だが、どうやら正解だった。

 そうか、この人はティベリアという名前らしい。

 聞き馴染みのない名前ではある。しかし初めて理解した言葉らしい言葉だったせいか、すとんと腑に落ちてきた。

 ここまで耳にした言葉は、控えめに言っても外国語どころか、俺にしてみれば宇宙人語と大差なかったので、名前一つでも理解できたのはとても嬉しい。


「ティベリア」


 そう言ってティベリアは自分の胸を指さし、今度は俺の方を指さした。

 これは、多分名前を尋ねられているのか?


「りょういちろう」


 自分を指さしてゆっくり言う。


「ろーい?」


 ティベリアは言い切る前に妙な顔になった。発音しようとしているが、どうも上手くいかないようだった。

 そう言えば、日本人の名前は外国人には発音しにくかったり、覚えにくいと聞いた覚えがある。

 良一郎という名前は確かに、日本人でもちょっと長い名前だ。


「ロー」


 最初に、ろーい、と言っていたし、これなら言いやすいだろうと思って、自分を指さしながら名乗る。

 もはや日本人の名前とは思えないけど、りょう、も、ろー、も音は似てる。これからは自分の名前はローだと思えば聞き逃す事も無いだろう。


「ロー?」

「ロー」


 よし、今日から俺はローと名乗ろう。ティベリアの少し不安そうな表情を打ち消すべく、俺は自信たっぷりに頷いて答えた。


「ロー!」


 言葉が通じた事がそんなに嬉しいのか、ティベリアはそう言って今までで一番の笑顔を見せてくれた。

 なんだこの小動物感。守りたい、この笑顔。

六月七日、加筆修正

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