24t14
「ユリア、ありが」
「バカ、アホ、考えなし、あんたの頭は飾りなの?私言ったよね?やめてって聞こえなかった?」
ユリアは激怒した。
大声を出すと闘技場から退出している人たちから注目されるので、声こそ周囲に聞こえない程度の大きさだが、思わず息をのみそうになるほどに綺麗な笑顔。ユリアが本当に怒っている時の表情だった。怖すぎ。
「ご、ごめんなさい」
「謝って済む事だとお思いかしら?」
「その喋り方怖いからやめて」
「あら、私の言った事は聞こえないのに、自分の言いたい事は聞いて欲しいのね?」
「痛っ!」
ユリアは笑顔のまま隣に立っている私の脇腹をつねった。
あまり痛くは無かったけれど、驚いて思わず口をついた。
「ティベリア。ちょっと、手を貸して」
「何?」
ユリアはすぐに手を放し、真面目な顔に戻ってそう言った。
今度は手の甲でもつねるのかと思った私は、むしろユリアから離れようかと思った。
「膝が笑っちゃって、歩けないわ。座らせて」
ユリアの様子をよく見てみれば、ぷるぷるしながらふらついている。
私は慌ててユリアの手を引いて、さっきまで腰をおろしていた席まで連れていく。
腰を下ろしたユリアは大きく息を吐いて、私を睨みつけた。
ユリアを座らせるために手を貸していたせいで、顔が近い位置にあって、とても怖い。
「で、なんなのよ、あの子供だましみたいな屁理屈は、あんたあんな考えでどうにかできると思った訳?」
「な」
これを口にしたら、きっとユリアはまた怒るか呆れるかする。そう思うと言葉が途切れてしまった。
「な?」
間髪いれずに尋ねられ、もう言ってしまえ。と言う気分になったのだけれど、ユリアの顔が怖いので私の声は弱々しいものになってしまう。
「なんとかなるかな、って」
「なんともなりそうに無いから私が口を出したんですけど」
「いや、でも、ほら、ユリアのお陰で、なんとかは、なったじゃない?」
私だけではどうにもできなかった。というのは自分でもわかっていた。
それが情けなくて、どうしても歯切れの悪い言葉を吐いてしまう。
ユリアは呆れ果てたと言いたそうな表情で、深いため息をついた。
「まあ、なんとかなったし、いいわ」
「うん、ごめん。ありがとう」
「もし次があっても、もう二度とこんな事しないからね。私、緊張で死ぬと思ったの初めてよ」
ユリアが冗談みたいに言うから、思わず笑ってしまう。
「でもユリアすごかった。いつ思いついたの?」
「あんたが叫んだ直後に必死に考えたのよ。そんな簡単に思いつく訳ないでしょう」
「あ、ごめんなさい」
私は、うかつにもユリアの怒りに再び油を注いでしまったらしい。
美の女神じみた完璧な笑顔が恐ろしい。
「私がどれだけ、ひやひやしながらあんたの話を聞いていたのか教えてあげたいわ」
「すごい堂々としていたのに?」
「気弱な顔で演説ができるもんですか、正直泣きそうだったわ。見て?膝がくがくよ、手も今になって震えて来たわ」
私は、助けてもらった。という明確な認識があるから、せめてユリアの怒りを受け止めよう、と心に決めた。
ユリアの怒りを受け止めるのは当然の事。
だが、その怒りを収める努力をする。くらいの事は許して貰えるに違いない。
「えと、そう!法律、ユリアは法律にも詳しいんだね。すごい」
とりあえずは褒めてみる。褒められて嫌な気分になる人は、なかなか居ないと思う。
私だったら、なかなか褒められる機会がないから、きっと大喜びする。
「ええ、それなりに詳しいわよ。法律家の知り合いに頼んでちまちま勉強しているの。なんでかって?私の知ってる子に危なっかしい子がいるのよ、そのせいかしら」
雲行きが怪しい。
「あー、んと、ほらクィントゥスさんを引き合いに出したのは流石だった!」
「プリニウスに伝言を頼んだのよ、絶対に悪い様にはしないから、矢面に立ってくださいって」
「受け答えの内容も伝えてたの?」
「流石にそんな仕込みをする余裕は無かったけど、昨日の晩の話、養成所の現状とクィントゥスさん個人の評判から大体の内容は読めてた。でもプリニウスにも無理を頼んだかしら、クィントゥスさんにも何かお礼をしなくてはならないわね」
ユリアの笑顔は、もうウェヌスすら超越しているのではないだろうか。
でも、ここまで逆効果ならば、いっその事、全て短期間で吐き出して貰った方がお互いの為になる。そう信じて、私は最後の足掻きをする事にした。
「最後の台詞!あれはすごく格好よかった」
「あんなのは演説の基本よ、聞く人の自尊心をくすぐって、わかりやすい内容で危機感をあおって、お前らも当事者だぞって、事を大きくして脅すのよ。それからウェスタの巫女は悪くありませんって言い方を変えて言えば完璧。少し考えれば誰でもできるわ」
おそらく、私には無理です。
「ユリア、本物のカエサル様みたい」
私は本心から言った。
単純にカエサルと言えば、一番有名なガイウス・ユリウス・カエサルその人の事を指す。
非常に有能な人物で、あらゆる方面に多大な実績を残した偉人。
あなたはまるでカエサルのように有能だ。と言われれば、ローマ人であれば、三日はにやにや笑いが止まらないだろう。
百年くらい昔の人だから、実際に見た事は無いけれど。
「あんなハゲと一緒にしないで!?」
「自分のご先祖様をハゲ呼ばわりするのはどうかと思うの」
「貴族出身の名家なんてどこも親戚みたいなものじゃない?例えるなら共通の親戚の大伯父に影で軽口を叩く様なものよ」
確かに名家と呼ばれる家同士には、何かしらの親戚関係がある事は事実だった。
ユリアの言い分も、少しは理解できる。
けれど、やっぱり褒められた事ではないと思うのだ。
「ティベリアをいじめてたら、震えが収まってきたわ」
「そう、それは良かった、です」
ユリアはすっかり元気を取り戻したようでほっとしたけれど、私はなんだか疲れてしまった。
観客たちはもう僅かしか残っていない様子で、盛況だった円形闘技場内はがらんとしていて意味も無く物悲しい気分になる。
「帰りましょうか」
「あ、私ちょっと」
「ダメよ」
「まだ何も言ってない」
「アキレウスの所に行くつもりでしょう」
「うん」
「悪びれもせずに、この子は」
「まあ、そう焦らずに、この後お茶でもご一緒致しませんか?」
「「は?」」
特等席にはもう一人、人がいる。
ニコニコと邪気の感じない笑顔をしたサウロスだった。二人ともすっかり彼の存在を忘れていた。
「東方から仕入れた珍しい茶葉があるのです。これがなかなかの珍味でしてな」
「サウロス様、この度はせっかくお招きいただいたのに」
「いえいえ、いいのです。そのような事はお気になさらずに。結果として、ただ剣闘大会を行うよりも効果的な催しになりました。私としては何かお礼をしなければならないと考えております」
ユリアが油断なく答えようとするのを遮って、サウロスは受け取り方によっては宣戦布告にも聞こえるような言葉を口にした。
五月二十二日、加筆修正




