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サムライフローマ  作者: いぬっころ
第一章 気がつけばローマ
19/122

19t9

 目覚めると目の前にユリアの真顔があった。


「わぁ、まつ毛長い」

「だったらなんなの?目が覚めたなら、頭悪そうな事言ってないで放してくれない?苦しいんですけど」

「あ、ごめんなさぁい」


 眠っている間に抱きすくめていたらしいユリアを解放し、慌てて身体を起す。

 部屋の中はもう明るい。すでに日が昇っている。

 まだ眠い。今日は気分もなんだかさっぱりしているし、もう寝ていても良いんじゃないだろうか。


「寝坊したぁ」

「さっき時間(ホーラ)神殿が鐘二つついてたからまだ平気よ。余裕はないけどね。ほら、ティベリア、あんたが起きなかったせいなんだから、急ぎなさい」

「はぁい」


 ユリアは何を急いでいるのだろうか。今日は二人とも一日中休みのはずで、やらなきゃならない事は何もない。


「寝ぼけた声出してこの子は。髪の毛結うからじっとして、その間に顔を拭って」

「はぁい」


 こっそり用意してある小さな水瓶には、飲用水道から汲んだ綺麗な水が入っている。

 寝坊しそうな時に顔を洗いに行かなくて良いようにするための知恵である。ユリアに教えて貰ってからは私の部屋にもある。

 ユリアから適当な布切れを借りて顔を拭う。

 水気が顔に当たるだけでなんだかすっきりした。


「はい、お終い。ティベリア私のもお願い」

「うん。分かったどんな感じにする?」

「いつのも手軽な奴で良いわ。遅れたら皆に迷惑だもの」


 向きを入れ替えて、少し寝ぐせのついたユリアの髪を手櫛で伸ばしながら結い上げていく。時間のない朝は手慣れたいつもの奴が一番だ。


「ん?誰に迷惑?朝食なら、みんなもう食べ終わってるよ絶対」

「あんた何を言っているの?観客の事よ。私たち招待客だからね。私たちが行かないと始められないわ」

「何が?」

「まだ寝ぼけてるの?今日は剣闘観戦よ」

「あ」

「手が止まってるわよ、ティベリア。あんまり悠長に構えていたら朝食も食べれなくなるわ」

「それは嫌ね」

「そうでしょう?」


 剣闘。と聞いた私は、さっぱりした良い気分がどこかへ行ってしまって、ユリアの髪の毛を変な感じにしてしまった。

 ユリアが、こんな頭じゃ出かけられないと文句を言ったので、相当に変だったのだろう。

 それを直し終えるとホーラ神殿の鐘の音が三つ聞こえてきた。


「着替えるわよ、ティベリア、トゥニカを脱ぎなさい!二人なら一瞬よ!あんたのフィブラはどこ?あれ?キトンは?パルラは!?」

「昨日部屋に置いてきたよ?」

「ん~!なら仕方ないわね!じゃあ私が先。はい私のフィブラ」


 ユリアは何かを言おうとして、それを堪えた。フィブラを私に手渡すと、寝間着のトゥニカを脱ぎ棄てる。もう明るいというのに、全くためらいのない脱ぎっぷりである。

 ささっとキトンの上端を折って二つに折る。それの両端をそれぞれ両手で持ってキトンを筒の様な形にしたら、真ん中に身体を滑り込ませ胸の高さまでキトンを持ちあげた。


「いいわ、ティベリア留めて」

「はーい」

「後は一人で良いわ、あんたは自分の部屋で待ってなさい。すぐ行くわ」


 ユリアの指示に従い、部屋を後にする。後ろから、紐を探すユリアの声が聞こえてきたので、私は少し落ち着いた気分で自分の部屋に戻る事ができた。

 気の急いているユリアに手早くキトンを着つけられ、パルラを羽織る。

 二人だと本当に早く済んで楽だね。なんて言っても、ユリアは適当に相槌をうって先に食堂に向かってしまう。

 次は急いで朝食だ。

 皆はどうやら寝坊した私たちの分のパンをきちんと残してくれていて、なんとか朝食にはあり付けそうだ。

 こういう特に急いでいる時の食事は決まっている。

 パンを薄い果実酒でやわらかく戻して流し込むのだ。日持ちする堅いパンしか無い時もあるので薄い果実酒が必須だった。


「ティベリア、今日は少しの水にしましょう。幸いパンはまだいくらか柔らかいわ」


 ユリアは一足先に食堂についていたので、小さな器に水を汲んで来てくれたようだった。


「なんで?水戻しのパンは美味しくないよ?」

「剣闘観戦中にお花を摘みに行きたくなったらどうする訳!?私は嫌よ!一瞬たりとも見逃していい剣闘なんか無いんだから!」


 ユリアの鬼気迫る表情に負け、私は大人しく水気の足りない、さっきまでパンだった物を必死にのみ込んで、渇いて粘つく喉を潤すために一口だけ水を飲んだ。


「さあ、次はお花を摘みに行くわよ」

「そんなにすぐは出ないんじゃ」

「良いから行くの!後で困るんだから!」


 そうしてもろもろの下準備を終えた頃には、ウェスタ神殿の前で人足引きの二輪車とリクトルが十名、整列して待っていた。

 あまりにも物々しい様子に毎度の事ながら腰が引ける。


「うわ、なんか、申し訳ないね」

「慣れなさいティベリア。これも勤めの内よ」

「そうだけど」

「さあ、ぐずぐずしている余裕は無いわ。乗りましょう」


 二人乗りの二輪車に二人で寄り添って座る。

 人足が力を込めると車輪がわずかに軋みを上げながらゆっくりと動き出す。


「ねえ、ユリア。私今日の剣闘がどんなのか聞いてないんだけど、前に見たのと一緒?」

「違うわ。闘技場も小さいし、前みたいに一日中観戦できる訳ではないの」

「そうなの?」

「そうなのよ!良いティベリア?今回の剣闘は名目の上では近衛騎士長だったセクストゥス・アフラニウス・ブッルス様の追悼の為とされているけれど、本当は違う。今時本当に死者のために追悼剣闘を開催する人なんていないのよ。本当の目的は、第十四区に新しく作られた闘技場のお披露目と、開催者の人気取りね。闘技場を作った人と今回の剣闘の開催者は同じ人、ユダヤ人の移民で、名前は、忘れたけど、東方貿易で冗談みたいに儲けた人なんですって。その内に大金で元老院の議席を買うって狙ってるらしいの。でも野心家の癖に今回の剣闘は身の丈にあった素晴らしい催しになるのは間違いないわね。剣闘は十七組、三十四人、全て一対一の形式で行われる。大体昼過ぎくらいには全部の工程が終わるでしょうね。何が素晴らしいって、その対戦カードよ。歴史ある剣闘士養成所であるクィントゥス剣闘士養成所とガイウス剣闘士養成所が選りすぐりの代表剣闘士を出し合って、どちらの養成所がより優れているかを決める伝統のある一戦よ。毎年何かしらの名目で必ず行われるのだけれど、この対戦は開催者側で取り合いになるくらい人気があるそうよ。そうね、唯一残念な事があるとすれば、少数精鋭なだけあって、大がかりな催しにできない所かしら。私は彼らがもっと大きな闘技場で技を競い合う所を何時か見てみたいわ。そうそう、この一戦の見どころはやっぱり、クィントゥス最高の剣闘士スパルティコと、ガイウスいいえ今やローマ最強と言っても過言ではない不世出の天才女剣闘士、女王ペンテシレイアの大将戦でしょうね。両陣営の実力は伯仲していて、毎年まさに一進一退。凄まじい盛り上がりを見せるわ。だから三勝に匹敵する大将戦の結果が毎年勝敗を決する大一番になる。クィントゥス側のスパルティコはかなり奮戦したけれど、二年連続で自分が負けたせいで負けている。今年は絶対に勝つ気構えでこの剣闘に挑むはずよ。ガイウス側のペンテシレイアはその名の示す通りアマゾーンの女王の名前を背負う位に勝ち気な女、ローマ最強の栄冠を簡単に手放す様なタマじゃない。つまり!どう転んでも観衆は大興奮間違いなしのアツイ剣闘なのよ!」

「そ、そうなんだ」


 ユリアの剣闘への愛情は、ちょっと常軌を逸している。と私は思うのだ。

 女性でも剣闘に熱中する人は多いと聞くけれど、ユリアほど熱心な人を私は知らなかった。


「安心して、ティベリアも楽しめるように、知り合いの事情通に近くの席で解説してもらえるように手紙で頼んであるから」

「私、剣闘自体が苦手なんだけれど」

「慣れなきゃだめよ。これもウェスタの巫女の勤めなんだから」

「なんか、取ってつけたみたいに聞こえる」

「勤めを楽しめるなんて最高ね!今年こそスパルティコに勝って貰わないと困るわ!でもペンテシレイアが負ける所も見たくないわ。困ったわね」


 二輪車に揺られて第十四区へ向かう。

 ユリアの言葉は、真新しい円形闘技場に到着してもなお止まらなかった。

五月二十二日、加筆修正

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