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「どうして私は二十二にもなって何もできないのかな」
「はあ?何が?」
急に声が聞こえて、私はびっくりした。
独り言のつもりで呟いた言葉は、倉庫から挽き臼を持ちだしているらしいユリアに聞かれてしまった。
「ユリア、起きたの?」
私の独り言は、一番の親友だと思っているユリアが相手でも聞かれたくない弱音の類だ。
だから話をはぐらかす為に、当たり障りのない話をする。
「ええ、さっき。明日の朝まで寝続けるなんて流石に無理だからね。モラ・サルサでも作って疲れでもしないと今夜は寝れそうにないわ」
「そう、だから挽き臼を持っているのね」
「ティベリアは散歩の帰り?今日は随分早いのね。いつもは日没寸前位までは帰ってこないのに」
「うん、今日は、ちょっと」
「あんた、本当にどうしちゃったわけ?ひっどい顔」
ユリアはお喋りが好きだから、私が気の抜けた返事をしたとしても、次々と話題を変えて話し続けてくれる。
でも、私の顔があまりにもひどい様子らしいせいで、私の狙った話題の転換は上手くいかなかった。
ひどい言われようだけれど、ユリアの言葉が大げさで、少し面白い。
「うそ、そんなにひどい?」
「髪の毛もちょっと跳ねてるわ。散歩に浮かれて転びでもした?」
私は小さな子供ではない。浮かれて転ぶ、なんて事はある筈がない。流石に否定しようと思ったけれど、気がついてしまった。
ユリアの言う通りだ。
一人で子供みたいに浮かれて、転んで、どこかを擦りむいた気分になっていた。
これでは確かに小さい子供と大差無い。
泣きわめかない分だけ、私は大人だ。と自分に言い聞かせても、全然良い気分にはならない。否定する言葉を口にする気力が失せてしまった。
「そうね、転んだの」
「本当?どこか擦りむいた?痛くなくなるおまじない、かけてあげようか?」
「大丈夫よ、小さい子供じゃないんだから」
他の誰が言っても苦笑物だが、ユリアが言うと不思議な事に微笑ましい。
ユリアは、私が本当は転んでなんかいない事に気がついた上で、ふざけた事を言っているのに少しも嫌味に聞こえない。
私がユリアの性格を良く知っているせいだろうか。
「そう?じゃあ、一緒にモラ・サルサでも作る?私、無心でゴリゴリやるの結構好きなのよね」
「私も結構好き」
頑張れば頑張った分だけ、目に見える結果が出るから。
と言えば、ユリアに余計な心配をさせてしまう。
そう考えるのは大げさに考え過ぎかもしれないが、私は口をつぐんで自分が使う挽き臼を取りに行く。
「ティベリア。これが終わったら、公衆浴場に行きましょう。今日は私の奢りで良いわ」
「いつもは水浴びで済ますのに?」
「だって、終わったらきっと汗まみれの粉まみれよ?明日は剣闘を見るんだから、気分良く行きたいじゃない?」
「そんなにたくさん作るの?」
「そうよ、疲れるのが目的だもの」
そう言いながら待っていたユリアと、モラ・サルサ用の小麦が保管されている部屋に挽き臼、塩、できあがったモラ・サルサを入れる目の細かい麻袋を持ちこみ、それから二人とも無心でモラ・サルサを作り続けた。
五月二十二日、加筆修正