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たまにはと思って弁当を作った。
食べる場所を求めて部室に行くと表情の緩んだ千夏ちゃんがいた。
いつも私を見るなりきつい顔をしていたというのもあるだろうが、それを差し引いても普段より機嫌が良く、嬉しそうなのが伝わってくるほどの表情だった。
「あっ、部長さん。お連れ様です。」
「お疲れ様。何かいいことでもあったの?」
どう声をかけるべきか迷っていると、彼女がこちらに気がついて声をかけてきた。
本人は自覚がないだろうがその目は話を聞いてほしそうにこちらを見ていた。
「良いことと言うか、嬉しいことと言うかありましたけど、そんなにわかりやすいですか?副部長さんとすれ違った時にも聞かれましたよ。」
「幸せな悩みが顔に出ていると言った所かな。純ちゃんも結構鋭いけど、今の千夏ちゃんは私が見てもわかる程度だからね。」
「顔には出さないようにしてたんですけどね。」
「どうしたの?朝居と付き合い始めたとか?」
「いやいや、それはまだですよ。」
彼の名前を出してみると顔がさらに緩み、赤くなった。
これでよくバレないものだ。
もしかすると、すぐに顔に出てしまう事を自覚しており、それを隠すためにこの前までのような態度を取っていたのかもしれない。
「そこまで進展したわけではないのですけど。」
「キスしたとか?」
「なんで副部長と同じこと言うんですか。」
さらに顔を真っ赤にして叫ぶ。
私は軽く謝りながら荷物を置き、自分の椅子へと座る。
ここ二週間ほどで気づいたことなのだが、彼女が純ちゃんのことを副部長と呼ぶときは少し怒っている時だ。あくまで少しだけ。
「どこまでいったの?」
「今度デートするだけです。」
不貞腐れた声と裏腹に表情は嬉しさを隠せていない。
朝居を誘えたということは自分に素直になれた証拠なのだろう。
「よかったじゃん。」
「ありがとうございます。色々と吹っ切れた結果だと思います。」
「それでいつなの?」
「明後日です。」
堪えたが耐え切れずに笑ってしまう。
予想していたよりも早かったからだ。
きっと彼女は何も深いことは考えずにデートに誘ったのだろう。突っ走りがちな千夏ちゃんのことだ。自分を追い込むためとかそう言った理由の期間設定ではない。自分に準備する時間を与えなさすぎてはいないだろうか。
私が笑っている理由を察してか千夏ちゃんが拗ねた顔をする。
「私なりに頑張ったんですから笑わないでくださいよ。自分でも思うところがないわけじゃないですから。」
「この間までのこと考えたら進歩だよね。それで、どこ行くとか決まってるの?」
「えっと、その件なのですが―」
ものすごく言いづらそうにこちらに視線を投げる。
続く言葉は予想できた。
「久嶋先輩を経験豊富とお見受けしてお願いがあります。どうか知恵をお借りできないでしょうか。」
まるで私が遊んでいるかのような言い方に引っ掛からないわけでもないが、可愛い後輩の頼みを無下にするわけにもいかない。
「要するにノープランと言うわけね。」
「いや、まったくプランがないわけでもないんですけど、私だって色々と考えて調べましたけど、参考意見とかあれば嬉しいなと。明日までに朝居には集合場所とか時間とか伝えることになってるので、今日には考えをまとめたいなと。」
先ほどまでも色々と考えながらにやけていたのだろう。
困ったことに私もデート未体験ではないが経験豊富というわけではない。彼女にできるアドバイスは少ない。ただ、それを千夏ちゃんに見抜かれるわけにはいかない。
小さなプライドが許してくれない。
あれほど偉そうに言ってたのに大した恋愛をしていないなどと思われたくないのだ。
「私は朝居でもないし千夏ちゃんでもないから、的を射たアドバイスはしてあげられないけど。」
「些細な事でもいいんです。初めて男のこと二人で出かける私に何かありませんか。」
「まあ、自然体で臨むのが一番なんじゃないの?」
「やっぱりですか。友達にもそう言われました。」
「この前までの千夏ちゃん見てたら誰でもそう言いたくなるだろうね。」
そう言いながら次の一手を探す。
ここで終わってしまえば先輩としての威厳が保たれない気がしたから。
「他に言えることがあるとしたら、共通の趣味とかあればその関連の所に行くのが良いんじゃないか。好きな人と二人きりだと緊張して何を話すか迷う時もあるでしょ。そういう時にお互いの好きなものの話とかが合えば、会話も弾むだろうしさ。」
「なるほど。参考になります。」
インターネットで「デート ポイント」と調べれば頭の方に出てきそうなほどありきたりな意見にも関わらず真剣に聞いてくれる。
朝居の趣味って何だろうか、と一人で唸っているが考えて出てくるものではないと思う。
「服装も気を付けた方が良いよ。」
「それはいつもより気合の入れた服を選ぶつもりです。」
「気合入れすぎるのも良くないよ。特に靴。千夏ちゃんは背が高いからか普段はスニーカーが多いよね。それなのにデートの時だけ慣れないヒール履いて足痛めて歩けないなんてことになると良くないし。慣れてなさすぎるものは避けるべきだと思うね。」
「そこも自然体ってことですか?」
「自然体すぎるってのもあれだけど、適度にお洒落しないと。」
具体的なことはほとんど言っていない。
本当に注意点だけだ。
私の経験の無さもその理由だが、率直な千夏ちゃんが無理をしないように言っておいた方が良いと思ったことだけを告げる。彼女らしさを邪魔しないように。
「ありがとうございます。」
「少しでも役に立てたなら、それでいいよ。私は千夏ちゃんの味方だから。その代わり、来週、話は聞くからね。」
ようやく鞄から弁当を取り出して食べ始めることができた。
スマートフォンとにらめっこする千夏ちゃんを心の中でも応援しながら、自分の作った弁当を食べ進める。
最後まで経験豊富を訂正し忘れていたことに気が付いたのは彼女が部室から出ていった後だった。




