畜産センターの需要
猪の牙は、物理的なものではなく心理的な意味でへし折る必要がある。
しかし、その牙をへし折るモノは恐怖や暴力といった物ではない。
安寧と怠惰という、闘争心を消し去る水だ。
外敵のいない安定した環境、腐心せずとも手に入る餌、その二つを柱に猪から闘争心を奪うのだ。
もともと、猪はかなり賢い動物として知られている。
例えば状況判断能力。日本では畑の獣避けにガソリンの臭いを使うという事があった。最初の方は猪も嫌な臭いだと畑から離れていったが、畑から香る僅かな作物の匂いを知ると、ガソリンの臭いに惑わされる事無く畑を目指す。
学習能力も高い。罠に嵌った仲間の姿を見て学び、同じ罠を回避し、時に壊すといった事例も報告されていた。
臆病で警戒心が強く、外敵のいない場所を目指す事もある。本来は避けて通る海をわざわざ泳いで新天地を目指すなど、現状抱えているリスクを理解して嫌な事でも不安な挑戦でもやってのける姿は、そこいらの新卒よりも前向きで果断で勇敢である。
ある意味お馬鹿な人間よりも考える力があるんじゃないかという猪でも、長い時間をかけてゆっくりと畜産センターというぬるま湯に浸っていればどうなるだろうか?
怠惰は人を腐らせる。猪だって例外じゃないだろう。
安寧の地でゆっくりと思考を放棄し家畜に成り果てるがいい、猪よ。
この地に囚われた時点で、貴様らに未来など無いのだから。
「うぉぉーーっ! 大将ぅぅーーーー!!??」
「部下Bぃぃーーっ!!」
だから部下Bを撥ねるのは止めんか。
そいつらはお前らの餌を増やすべく頑張っているというのに。
撥ねられる部下を見てそれにしても、と思う。
「竹が欲しいなぁ」
もう少し手間と危険を減らすため、竹林、タケノコが欲しいと思う俺だった。
猪や豚の鳴き声って、「ブー」よりも「フゴッ」の方が近いと思う。
絶対に「オインク」とは聞こえない。英語圏の人は何を思って豚はこんな鳴き声だと言い張るのだろう? 俺には全く理解できない。
そんなどうでもいい事を考えつつ、俺は猪どもの牙と尻尾を切る。
牙を切るのは安全のため。猪同士でも牙を使って喧嘩をしていたから、かなり酷い怪我をする事があったのだ。一瞬、外から敵が侵入したのかと思った。
尻尾を切るのはストレス回避のため。猪同士で尻尾を噛み合う行為が見られたのだが、なんか目に見えて調子が悪くなったので、「じゃあ尻尾を切ってしまえ」という単純な発想に至ったわけだ。
切った後には魔法でケアをするけど、切られる瞬間は「プギィーーッ!」と痛みで叫ぶのだ。けして「プギィッーー!」ではない。
麻酔無しは痛いよな。
そんなどうでもいい事を考えていたが、思考はどんどん別な方向へずれていく。
欲しいと言えば、こうやって牙や尻尾を切る道具だ。俺は魔法でやってしまうけど、他の誰かにやらせるなら専用の道具が必要だ。
「ハサミとニッパー。候補はこの辺りかね」
俺の中に、工具の需要ができた瞬間だった。




