フォークとパスタ
小麦を使った主食と言われ、日本人が思いつく食べ物はおおよそ二つだと思う。
パンと、麺だ。
細かいことを言えば麺には素麺やうどん、パスタなどとの違いがあるが、それを言いだすとパンにも多くの種類があるのでここは大ざっぱに考えようと思う。
さて、パンの歴史と言うのはずいぶん古いが、麺類の歴史も意外と古い。
日本人は古くから箸を使っていたので平安時代か奈良時代にはうどんを食べていたというが、パスタは紀元前から食べられていたという。
この世界でもパスタのような麺料理は存在する。
ただ、その時はまだフォークが無かったために手掴みで食べていた。
汁物を食べる時のスプーンは昔からあったが、パスタの為のフォークが普及したのは19世紀の話だ。それも18世紀にとある王様が宮廷でも上品にパスタを食べられるようにと開発させたものがベースになっている。
もちろんそれ以前には原型となったフォークも存在するが、一般的に普及しているフォークがパスタ用で、その歴史が浅いというのが重要なのだ。
つまりフォークという概念は新しく、パスタを食べるのにフォークを使うのは古代では想像の埒外と言いたい。
「変な串っすねー」
「ははっ、こりゃあ食いやすいっすよ!」
「うぬっ!? 肉が落ちてしまった!」
いきなり金属製のフォークを作るのは難しい。まずは木製フォークを普及させてみた。
パスタを食べるための道具として説明したが、これまで手掴みで食べていた人間には難易度が高かったようで、上手く使えない者も多い。
だがありがたい事にその有用性を理解している者も少なくない。
今までは手に持てるまで冷めてから摘まんでいた麺を、熱いうちから口にできるようになったのだ。これは一種の革命である。
調理後の時間、熱さなどは料理にとって無視できないファクターだ。「鉄は熱いうちに打て、紅茶は冷める前に飲め」というが、麺だって熱いうちに食べた方が美味しいものが多い。麺と一緒に肉を絡めたものであれば尚更だ。熱いうちに食べる事で、麺料理の本当のおいしさを堪能できるようになった。
村民たちの反応は、新しい物を受け入れる流れになる。
これまでも焼いた肉を食べるために串が使われていたが、その派生としてみれば受け入れやすかった事もある。
心理的、状況的に受け入れが簡単で、普及しやすい新しい物。
それは売れそうな商品という事でもある。
「へー。真っ直ぐだと食べにくいんですねー。
だから、こう、ふにゃっと曲げるんですねー」
売れそうな商品があれば現れるのがヨカワヤである。
当然のように彼女はフォークに喰いついた。
俺はフォークの概念を売り、小銭を手に入れる。「一般販売は木製フォークだが、貴族用に売るなら金属製にしてみては?」と提案もしておいた。
これで王国はフォークを使ってパスタを食べるようになるだろう。
フォークは大きな利益が見込める商品ではない。今回の情報料は金貨1枚にもならなかった。
ただし、俺の目的はお金ではなく、フォークの普及だ。だから何の問題も無い。
フォークが普及することでパスタもそれに適応するだろう。
それはつまり、パスタの為のフォークがこれからのパスタを作っていく流れになる。
歴史的に見れば順序が逆だが、食文化が発展していく可能性を一つ広げたと言っても過言ではない。
すぐに何かが生まれるとも思えないが、何年か先に旅に出た時、地方で独自発展を遂げたパスタに出会えるかもしれない。
そう考えると先が楽しみになる。
願わくば、俺の知らない美味を生み出してほしい物である。




