第一話 誕生
冬の冷たい風が王都を吹き抜けていた。
夜空には雲が垂れこめ、月明かりすら届かない。
だが王宮の奥深く、ひとつの部屋だけが静かに灯りを放っている。
その灯りは、まるで闇の中に差す一筋の光のようだった。
王妃の寝所の前には、緊張した面持ちの侍女たちが並び、
廊下の奥には、覇王ルイ9世が腕を組んで立っていた。
大陸に覇を唱えた男でありながら、
この瞬間ばかりはただの父親の顔をしていた。
「……産声はまだか」
低く響く声に、侍従が深く頭を下げる。
「まもなくでございます、陛下」
王宮の廊下は静まり返っていた。
外の世界では帝国の不穏、海の向こうの宿敵、
大陸全体が揺れ動いているというのに、
この場所だけは時間が止まったかのようだった。
その時――
部屋の奥から、かすかな泣き声が聞こえた。
最初は弱々しく、
だが次第に力強く、はっきりとした産声へと変わっていく。
侍女が駆け寄り、深く頭を垂れた。
「おめでとうございます、陛下。
元気な男児にございます」
ルイ9世はゆっくりと息を吐き、
その厳しい表情にわずかな微笑みが浮かんだ。
「……そうか。名は決めてある」
王は産まれたばかりの赤子を見つめながら言った。
「シャルル。
この子は、我が王国の光となるだろう」
その背後で、ひとりの少年が静かに立っていた。
金髪を短く刈り込み、鋭い眼光を持つ少年――
王太子、突進公レオポルドである。
「父上。弟が生まれたのですね」
「そうだ、レオポルド。お前の弟だ」
レオポルドは赤子を見つめ、
その小さな手が空を掴むのをじっと見ていた。
「……強く育つでしょうか」
「育つとも。お前の弟だ」
ルイ9世の言葉に、レオポルドはわずかに微笑んだ。
だがその瞳の奥には、
王太子としての誇りと、
どこか言葉にできない影が揺れていた。
その影は、
“王太子としての責務”と
“弟への愛情”の狭間で揺れる複雑な感情だった。
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王妃の寝所から産声が響いた瞬間、
王宮の別室では政治家たちが密かに集まっていた。
大臣、宰相、財務官、軍務卿――
フワンシア王国を支える重臣たちである。
「……ついに第二王子の誕生か」
「王家の血統が安定するのは喜ばしいことだ」
「いや、そう単純ではあるまい」
重臣たちの視線が交錯する。
「王太子レオポルド殿下は武勇に優れるが、
政治はまだ若い。
そこへ第二王子の誕生……
派閥が動くぞ」
「帝国の諸侯も、海の向こうのプランタジネット王国も、
この誕生をどう見るか……」
「いずれにせよ、王国の未来を左右する出来事だ」
彼らの声は低く、慎重で、
祝福よりも“計算”が勝っていた。
だがその中で、宰相だけは静かに呟いた。
「……光が生まれたのだ。
ならば我らは、その光を守る盾となろう」
その言葉に、他の重臣たちは黙り込んだ。
誰も反論はしなかった。
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侍女が赤子を抱き、王妃の枕元へと運ぶ。
王妃は疲れ切った表情の中にも、
母としての優しい微笑みを浮かべていた。
「ルイ……この子は……」
「シャルルだ。お前と私の子だ」
王妃は赤子の頬にそっと触れた。
その指先は震えていたが、
そこには確かな愛情と希望が宿っていた。
「……この子は、きっと……」
「そうだ。
この子は、フワンシアの未来を照らす光となる」
王妃は静かに目を閉じ、
シャルルを胸に抱き寄せた。
王宮の外では、
帝国の諸侯たちが互いに争い、
海の向こうではプランタジネット王国が牙を研いでいる。
だがこの夜だけは、
フワンシア王国に確かな“希望”が生まれた。
こうして――
不穏な時代のただ中に、
フワンシア王国の“光”が誕生した。




