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TOGO 軍神の息子は、アナポリス帰りから軍縮した貧乏日本海軍の記録で稼ぐようです  作者: キユ
第三章

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棄民と帰民

海軍の国債買い付けの結果。

 時:1931年(昭和六年)、初春

場所:東京・霞が関、大蔵大臣室


「……大臣。農林省から上がってきた『満州農業移民計画(分村計画)』の予算案ですが」

 大蔵省主計課長の賀屋興宣は、分厚い書類を机の端に押しやった。

「全額、カットいたしました。海軍の『時局匡救きょうきゅう』事業と完全に重複しております。二重行政の無駄です」


 大蔵大臣・高橋是清は、キセルをくゆらせながらニヤリと笑った。

「農林官僚の石黒(忠篤)君あたりは、さぞ激怒しておるだろうな。『農村の過剰人口を解決する唯一の道だ』と息巻いていたからな」


「ええ」賀屋は冷ややかに応じた。

「彼らの論理は破綻しています。農村が貧しい根本原因である『小作制度(高額な小作料と地主の支配)』には一切手を付けず、溢れた貧農を『過剰人口』と見なして体よく厄介払い(棄民)するだけの計画です。

 ……あんな不毛な凍土へ送られた小作人たちが、まともな自作農になれるはずがありません。現地人から土地を奪い、新たな地主としてふんぞり返るか、あるいは飢え死にするかの二択です」


 賀屋は、提出された『昭和六年度・時局匡救農村対策特別会計法案』の決裁書類を前に、文字通り指を震わせていた。


 財源は、海軍が引き受ける年間4億2,000万円の「特別農村救済国債」。

 原資は、海軍がアメリカの『合衆国銀行』と『ガーメント地区(服飾街)』に仕掛けた関所……。為替のサヤ抜き、預金の利ざや、そしてNCPC債の新規発行から得た年間収益7,000万ドルに、日銀の在外正貨を活用した信用創造による3倍レバレッジをかけたものだ。


「ニューヨークのユダヤ系アパレル業者たちは、とても優秀なビジネスマンです。彼らは海軍のNCPC債を喜んで買い、そして日本の生糸を使って、アメリカの女性たちを美しく着飾るためのドレスを、今日も徹夜で縫い続けてくれていますよ」


「……そのアメリカの女性たちの虚栄心、いやファッションが、我々の農村を救うのだな」

 

「しかし高橋大臣。本当に、これをやるのですか?」

 賀屋は、絞り出すように言った。

「地租の全額還付……のみならず、同額の給付金の上乗せ。さらに小作料の国庫補填。……これは経済政策ではありません。もはや国家による『合法的な買収』です」


 是清はダルマのような巨体を揺らして、愉快そうにキセルを吹かした。

「賀屋君。君たち大蔵官僚はいつも『どうやって税金を絞り取るか』しか考えんから、農民に石を投げられるのだ。

 いいかね。国家と国民の結びつきは、帳簿の上の数字ではない。『恩義』と『信頼』だ」


 是清は、書類の「還付条件」の項目を扇子でトントンと叩いた。

「もし単に『地租を廃止する』と言えば、農民は一時的に喜ぶだろうが、やがて村役場や税務署の言うことを聞かなくなる。国家との縁が切れるからだ。


 だが、この法案はどうだ?

 『まず、これまで通り税金を納めよ。そうすれば、納めた税金を全額返した上で、もう同額をボーナスとしてくれてやる』。

 ……賀屋君、農民はどうすると思う?」


「……借金をしてでも、這ってでも、何が何でも納税窓口にやって来るでしょう」

 賀屋は青ざめた顔で答えた。


「そうだ!」

 是清は破顔一笑した。

「彼らは喜んで役場に来て、自分の土地の台帳を更新し、国家の帳簿に自らの身分を登録する。

 『納税』という苦痛が、一夜にして『宝くじの換金作業』に変わるのだ。これで我が大蔵省の徴税システムと戸籍・土地台帳は、世界一強固なものになる」


 だが賀屋は、もう一つの致命的な懸念を口にした。

「大臣。しかし地租を払うのは『地主』と『自作農』です。

 不況で最も苦しんでいる、自分の土地を持たない『小作農』には、この恩恵は直接届きません。地主が還付金を懐に入れてしまえば、農村の格差はさらに広がり、暴動が起きます」


「そこだよ、賀屋君。私がこの法案で一番気に入っているのは」

 是清は海軍と練り上げた、法案の第二、第三の矢を指し示した。


【第二段:小作料減免連動・国庫特別補填】

『地主が、小作農に対して小作料(現物・現金)を一定割合(例:3割以上)減免した場合、その減免による損失額の“1.5倍”を、国が地主に現金で補填する』


【第三段:耕作者戸別・現物給付(海軍協力)】

『実際に土地を耕作している世帯(小作農含む)に対し、産業組合を通じて、海軍が調達した「硫安(肥料)」「最新農具」「北洋産カニ缶詰等の特配食料」を無償配給する』


「……お分かりかな、賀屋君」

 是清の目が、冷徹な政治家のそれに変わった。


「地主は計算する。小作人から無理やり米を搾り取るより、小作料をまけてやって、国から1.5倍の補填金(現金)をもらった方が圧倒的に儲かる、とな。

 結果として、地主は喜んで小作料を下げ、小作農の負担は劇的に減る。

 そして末端の小作農には、海軍がアメリカから買い叩いてきた極上の肥料と、食料が直接届く。

 ……地主も、自作農も、小作農も、全員が国家の配るコメで腹一杯になるのだ」


 賀屋は、完全に言葉を失った。

 毎年4億2,000万円、3年間。

 その巨大な「アメリカの富(ドル担保)」が、日本の農村の毛細血管の隅々にまで浸透していくインセンティブ設計。


「……大臣。これをやれば……」

 賀屋は、震える声で言った。

「農村は、未来永劫、政府と海軍の前にひれ伏すことになります。もはや奇跡です」


「奇跡でもなんでもない。資本の力だ」

 是清は、キセルの灰を落とした。

「さあ、この『札束の雨』を、乾ききった日本の土に降らせてやろうじゃないか」


 革命を起こさずに、革命と同じ富の再分配をやってのける。

 それが、反則的な資金力だからこそできる「買収」だった。



 時:1931年(昭和六年)

場所:東北・山形県最上郡


 かつて冷害と不況の煽りを受け、娘たちの「身売り」が日常茶飯事となっていた貧困のどん底。

 だが今の最上郡の風景は、史実の絶望的なそれとは全く異なっていた。


 村の広場には、アメリカから輸入されたばかりの最新式フォードソン・トラクターが数台、力強いエンジン音を響かせている。

 その周りを取り囲むのは、軍服のお下がりを作業着にした農村の若者たちだ。


「いいか! このトラクターのエンジンは、戦車のエンジンと同じ構造だ! プラグの清掃とオイルの管理を怠るな!」


 彼らを指導しているのは、かつて宇垣軍縮で予備役となり、今は「海軍制度債業務監査官」の腕章を巻いた元陸軍の軍曹だ。

 彼はトラクターの整備を通じて、農村の若者たちに機械の基礎を叩き込んでいる。


「オラたち、これで満州さ行かなくても、腹一杯食えるんだな!」

 若者の一人が、泥だらけの顔で笑う。

「ああ。海軍さんが『農村で工場用の部品を作る内職』の仕事も回してくれた。親父の借金も、給付金で半分返せたしな!」


 彼らは「満州への棄民」を免れた。

 その代わり、彼らは日本国内にいながらにして、アメリカの機械とヨーロッパの技術を使った「近代化された労働者(兵士の予備軍)」へと、急速に作り替えられていた。


 村の女たちもまた、身売りされる代わりに、村に新設された「海軍指定・縫製工場」で、アメリカから輸入されたミシンを使って軍服やパラシュートを縫っていた。

 給料はNCPC債で支払われ、それは村の「海軍酒保出張所」で、新鮮な肉や砂糖、ブラジル産のコーヒーや海軍のジュース缶などと交換できる。


 村長の家に、小作人の作兵衛が恐る恐るやってきた。

「……村長様。今年の小作料のことで、お話が……」


 だが村長はいつもの厳しい顔ではなく、えびす顔で彼を迎えた。

「おお、作兵衛! よく来たな。小作料の話なら、今年は半分でいいぞ!」


「は、半分!? ま、まことでごぜえますか!?」


「ああ! その代わり、この『減免同意書』に判子を押してくれ。これをお上に持っていけば、俺のところには減らした分以上の現金が転がり込んでくる寸法だ! お前も助かる、俺も助かる! ワッハッハ!」


 作兵衛は、狐につままれたような顔で判子を押した。

 そして産業組合の配給所に行くと、さらに信じられない光景が待っていた。


「おう、作兵衛! お前の家の分の配給だ!」

 組合長が、リヤカーに山積みの荷物を指差す。

 真新しい「硫酸アンモニウム(化学肥料)」。海軍の火薬廠の余剰だ。

 アメリカ製の丈夫な農具。

 そして、木箱に詰められた大量の「鮭水煮缶」と「コンビーフ缶」。


「こ、これが全部、タダで……? 夢じゃねえべか……」


「夢じゃねえよ! 海軍さんと、高橋の大蔵大臣様が、アメリカの金持ちから巻き上げてきたカネで買ってくれたんだとよ!

 作兵衛、これで今年は娘さんを女衒に渡さずに済むな!」


 作兵衛は、その場で泣き崩れた。

 泥だらけの地面に額をこすりつけ、東京の方角に向かって何度も、何度も拝んだ。

「ありがてえ……。お国は、俺たち百姓を見捨てていなかったんだ……!」

 史実において、冷害と生糸暴落で娘が身売りされ、大根をかじって飢えを凌いだ東北の農村。

 その悲劇は、東郷一成が構築した「生糸の優先購入スキーム」によって消滅した。



 時:1932年(昭和七年)、冬

場所:東京・永田町、帝国議事堂


「……以上の通り、本年度の『時局匡救きょうきゅう・農村対策特別会計』は、当初の予想を遥かに上回る成果を上げ、全国の農家の負債残高は劇的に減少しております」

 大蔵省主計課長・賀屋興宣は、演壇で力強く答弁した。


 議場を埋め尽くす政友会、民政党の議員たちは、誰も反論できなかった。

 いや、反論する理由がなかった。

 史実において、この時期の議会は救農政策の不備と軍事費の膨張を巡って大紛糾し、政友会から1億8,000万円という非現実的な支出を求める「爆弾動議」が飛び出すなど、政治不信の極みにあった。

 だが今、彼らの地元である農村の有権者たちは、政府と海軍の政策に熱狂し、かつてないほどの好景気を享受している。


「……賀屋君。いや、大蔵省はよくやってくれた」

 政友会の重鎮が、しぶしぶといった様子で賛辞を述べた。

「我が党の地盤たる地方の農村から、感謝の手紙が山のように届いておる。……だが、これほどの巨額の予算(年間4億円超)の国債引き受けを、海軍単独に依存し続けるのは、財政の健全性としていかがなものか?」


 その質問に対し、答弁席に座っていた高橋是清が、ゆっくりと立ち上がった。

「議員。財政の健全性とは、帳簿の上の数字のつじつまを合わせることではありません。

 国民が飢えず、働き、国力が充実すること。これこそが、真の健全財政であります」


 是清の巨体から発せられる声は、議場を圧した。

「海軍が引き受けている国債の原資は、彼らがアメリカや世界市場から正当な任務(生糸の保護や物流の提供)の対価として得た『外貨ドル』であり、それを裏付けとした強固な信用であります。


 ……我々は、国民から重税を絞り取って軍艦を造っているのではない。

 外から稼いできた富で国民の胃袋を満たし、その余力で国の盾を造っているのです。

 これを不健全と呼ぶなら、政治家などただの算盤弾きに成り下がるべきだ」


 議場から、万雷の拍手が沸き起こった。

 棄民とは、国家が自らの帳簿から人を消すことである。

 帰民とは、国家がその名をもう一度、帳簿に書き戻すことである。


いつもお読みいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
今回の話で東郷もそうだけど、是清も祀られそう。 目端の利く人が是清の顔をデザインしたダルマ作って東北とかの農家で一儲けしててもおかしくないんだよなあ。
この物語の海軍、庶民の暮らしを劇的に変えて国家改造を成し遂げましたね。やはり国民あっての国家、海軍と言ったところでしょうか。史実の日本はマッカーサーの占領の時まで気付くことが出来ませんでしたからね。
律令が公布されてから1300年遂に御上が農民の心を支配したぞ 農業の救済をこれだけ大規模に成し遂げたなら孔子もお喜びだろう 農村近代化と強欲な地主の問題は植民地や途上国程身に詰まされる問題だろうし …
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