騒乱②
―――間に合わせてみせる!!
強い意志をその胸に秘め、メディエットは巨体の男を凝視した。彼女自身の体格を遥かに超た、その男を。
大男の両手に握られた鉄槌は半分まで振り下ろされ、見る間に地面に届く距離まで下がっていた。ほんの僅かな時間しか残されていない状況下で、メディエットは双翼剣のグリップを強く握りしめた。その瞬間、精巧に作られたカラクリ時計のような機械音が鳴り響き、水晶壁の透明な刀身は、蒼白へと色を変える。
マジェスフィアの魔力が、刀身に宿ったのだ。
「切り裂けッ!!」
全身に宿る魔力の温もりを感じながら、メディエットは大男に向かって肉薄した。十字に組んだ二本の刀身が風のように振り上げられ、戦鎚の頭部へと飛び込む。しかし、金属に衝突する音はしなかった。予期しなかった力が働き、メディエットは異変に気づいた。
それは、まるで戦鎚から溢れ出る見えざる力が剣を押し返そうとするような力だ。自身が包み込まれる重圧、内臓が締め付けられるような圧迫感。その正体が何なのかはわからない、しかし確かに存在するその力が双翼剣の接触を阻んでいるのだ。
「なんだ……。これ……は」
「そうやすやすと我が盟友を破壊できるとでも思ったか。」
「ぬぁぁぁぁぁっ!」
大男から発せられた声、無情にもメディエットを圧迫する巨大な鉄塊。少し前に呟いた自己の弱音を、彼女は覇気とともに蹴り飛ばした。だが、その圧倒的な力には抵抗する術がなく、メディエットは徐々に地面に押し付けられていった。
最後の力を振り絞りながらも、メディエットの身体はついに限界を超え、背中から地面へと容赦なく叩きつけられた。その瞬間、巨大な鉄槌の頭部が純真な軌道を描いて地面に打ちつける。
そして、メディエットの頭上で、激しい衝撃音が鳴り響いた。
「皆! 伏せろ――――ッ!」
アレックスは、逃げ遅れた人々をどうにか救おうと、声を限界まで振り絞って叫んだ。しかし、彼の緊迫した叫びは無情にも轟音にかき消され、次々と降り注ぐ落雷が生んだ爆発は街路を覆う噴煙と共に、人々を一瞬で取り囲んだ。その爆発は、幾重にも重なり、瓦礫が散弾のように飛び散り、逃げ惑う人々に対し容赦のない瓦礫の雨を浴びせたのだ。
「旦那さま!」
「駄目だ、リリー! 僕の前に出るな!」
――ドサッ
雷が目の前で落ちたかのような、鼓膜を震わせる音が響き渡っていた。その轟音が沈静化するのをメディエットは耳で確認し、まぶたをゆっくりと開け始めた。彼女の視界はまだ朦朧としていたが、徐々にだが確実に黒いコートをまとった巨大な男の姿を瞳の奥に捉えていた。
驚愕に打ちひしがれながら地面に背中をつけているメディエットの真ん前で、その男は戦鎚の長い柄を肩に担ぎ、膝をゆっくり曲げて、突然力強く跳躍した。その重厚な体躯が見事に浮き上がるさまは、まるで靴底に強力なバネでも仕込んでいるかのようだった。メディエットの視界が完全に明るさを取り戻した時、男はすでに木質構造の露店の上に着地していた。
「待てッ!」
感情にその身を任せ、メディエットは起き上がる。しかし、その瞬間、激痛が右肩を襲った。即座に襲い掛かる痛みを他の手で必死に抑え込む。苦痛に顔を歪めながら、メディエットの視線は自身の右肩に移った。そして、右手をゆっくりと握りしめ、指を動かし、腕を軽く振り、骨の状態を確認した。幸運にも、傷自体は深刻なものではなさそうだった。
そんな彼女の姿を、高台から見下ろすように首を傾げ、包帯で覆われた顔を微かに動かし、大男は笑った。
「未熟者が。魔力の干渉も知らぬとはな。貴公程度の力量でこの我を止められるとでも思ったか」
「貴様ぁぁぁぁぁッ!」
大男の挑発に対してメディエットは怒りを爆発させたが、大男は更に彼女を煽るのだった。
「若き機士よ、お主は状況を把握できておるのか? 少しは背後を気にしたらどうなんだ」
その言葉にメディエットは驚き、混濁する意識の中で、おそるおそる振り返った。
* *
「イタタ――ッ」
「リリー……。大丈夫?」
「大丈夫です旦那さま。せっかくもらったお花だったのに……。殆ど飛ばされてしまいました……」
潤みを帯びた声でリリーは言葉を紡ぐ。
「旦那さまこそお怪我はありませんか?」
「怪我はないんだけど、おもっ……。重い……」
「あっ、ごめんなさい。私乗っちゃってましたね。今降りますから」
そう言って、リリーはアレックスの背中から飛び降りた。やがてアレックスも体を起こすと、両手でスーツの誇りを払う。
「あれっ、そういえばベイカーさんは?」
「あそこじゃないですか」
そう言って、リリーは通りの隅を指さした。
降り注ぐ落雷が地面を破壊し、その衝撃が周囲を一瞬で飲み込んだ。大地に打ち付けるエネルギーが台風のような突風を巻き起こし、飛び散った瓦礫が身動きの取れない市民を容赦なく打ち据えた。この悲劇はアレックスたちにも及んだが、彼らの幸運は、二人の前にベイカーが立っていたという事実だった。
アレックスと、リリーはすぐさま、通りの隅で横たわるベイカーの元まで駆け寄った
「えっ、ベイカーさん息してる? 瓦礫が直撃したみたいだけど」
無機質な口調で頭を撫でながら、アレックスが言った。
「脈はあるみたいです」
ベイカーの首筋に手を当て、リリーが答える。
「うぅ……っ」
直後、瓦礫を抱えるように倒れるベイカーの眉が動いた。
「ベイカーさん大丈夫ですか」
「あぁ、何とか生きているみたいだ。だが、肋骨を数本やられた……。クソッ、あんな威力があったなんてな……」
「リリー、少し、ベイカーさんをお願いできないかな」
「旦那様。どうなさるおつもりですか?」
アレックスは何も答えななかった。その瞳に確実な怒りを宿し、落雷の震源地をにらみつけていた。
* *
大通りが慟哭で支配されている。メディエットが地面を見つめると、背筋が凍りつくほどの光景が広がっていた。鉄槌が振り下ろされた地点から放射状に地面が深くえぐられていたのだ。その情景は絶望という名に相応しかった。市民たちは、破れた布のように、家屋の隅で地に伏せていた。動かなくなった友人、或いは家族の亡骸に啜り泣く声が止むことは無い。
ほんの数歩、自身の足が後方にあったならば、メディエットの頭部は跡形も無く吹き飛んでいただろう。
メディエットは、自身の無力さに焦燥感を覚え、保護することができなかった市民たちへの悲しみに胸を焦がされた。しかし、それ以上に許せなかったのは、屋根の上で嘲笑うその男だった。
「降りてこい貴様! 私と勝負しろぉぉぉぉッ!」
槍のように突き刺さる感情を相手にせず、大男は哀れみを投げかけると、何も言わずに露店の屋根を走り出す。
「なっ! 貴様! 逃げるのかぁッ」
メディエットは直ぐさま地面に転がる二本の直剣を拾い上げ、感情の寄せるまま大男の背中を追いかけた。
その直後、メディエットを呼び止める声が背後から鳴り響く。
「メディエ――ット!!」
一瞬だけ視線を後ろに落とすと、メディエットはアレックスの存在を確認した。アレックスの姿は猫が敵を見つけて毛を逆立てるような、目に見えるほどの怒りを体全体で示していた。
「アレックス! お前はこの事態を収拾しろ。私は、あの大男を追うッ」
「えぇっ! 待ってよ!!」
アレックスの呼び止める声は虚しく、メディエットの地を駆ける音は遠のいていく。
「事態の収拾だって……、これをどうしろっていうのさ! やってくれたなトールッ!!」
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