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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
りゅうおうのおしごと
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神官の孤独


人形を先回りさせていても、もはや卑劣とは思うまい。


俺は状況を受け入れ、花菱に歩み寄る。周囲に人気のないここなら邪魔は入らない。互いに死力を尽くした戦いができるだろう。真打ちとやらの存在も気になっていたことだし、丁度いい。


「ちょ、待て。話を聞け。理由があるんだよ」


花菱は、俺の殺気に後ずさった。


さっきは自分から仕掛けた癖に、この期におよんで命ごいのような真似をするとは度し難い。それでも俺はわずかに残っていた理性を働かせ、話を聞いた。


「さっきのは鬼を倒すために市中を巡回させてる自動人形だ。あたしはその電波を拾って後を追ってきたんだよ」


つまり俺は、偶然出会った人形を鬼と勘違いしたということか。


そんな人形がいるとは初耳だが、千本桜の他にも鬼の脅威に備えている冒険者がいてもおかしくない。こいつは竜王の仲間であり、余計に神経質になったりするのだろうか。


「わかった、信じよう」


「早えな! いいのか? 嘘かもしれねえぞ」


「お前は嘘をつけるような器用な人間ではなさそうだ。お勤めご苦労」


「……、なんか褒められてる気がしない」


無論、褒めたつもりはない。そうでもしないと、俺の格好がつかないのだ。冷静になってみれば、腹立ち紛れに警備人形を殴った俺の方が、花菱より格好悪い。


「なー、あたしの自動人形どうだった?」


俺が歩きだしても、しつこく後をついてくる。厄介な奴に目をつけられたものだ。一応話を合わせる。


「硬いな。結構強く殴ったが、壊せなかった」


うっかり率直な感想を述べると、望んでもいない説明を聞かされるはめになった。


「魔道金属性だから、ちょっとやそっとじゃ壊れないし、腐食にも強い。でも加工が難しくてさ」


人形について語る時の花菱の目は輝いている。一つのことに夢中になるのはいいが、専門的な話にはついていけない。


「そういえばあの人形、頭が二つあったな。何か意味があるのか?」


花菱がふいに足を止めた。手に取るように困惑の色が広がるのがわかる。


「そんなの付けた覚えねえぞ……、どうなってんだ。それに巡回ルートを外れてるのも気になるんだよな」


詳しい話を聞こうと、花菱は家まで押し掛けてきた。迷惑この上ない。


さらに悪いことに、俺が家を空けていたのをアテナはことのほか嫌い、立腹した。


「ご飯はないよ。他所で食べてきたら?」


「たらふく食べてきたんでお構いなく。水もらえますかね」


ふてぶてしい花菱に対し、アテナは言葉もない。さすがの俺もお手上げだ。体を拭かせてから囲炉裏を挟んで座る。


アテナは家に上げた花菱と禄に目も合わせず、乱暴な手つきで俺の頭を拭いている。


「なあ、マジで見たのか。頭が二つあるのを」


道中もしつこく訊かれたが、俺の答えは変わらない。雨で視界が悪かったとはいえ、見間違いをしたとは思わない。


「そういった意匠の方がお前らしいと思うが」


「まぜっ返すなよ。実際見ないとわからないけど、放っておいたらまずいことになりそうなんだ」


花菱の焦燥感は増すばかりだ。同時に背後にいるアテナが後頭部に胸を押しつけてくる。無意識の行動らしく、ほとんど前のめりになっていた。


「おばけだ……」


アテナは俺に体重を預け、不安を口にした。花菱はそれを笑い飛ばす。


「おばけなんていねえよ。あの人形が暴走する前に、あたしがなんとかする」


俺はアテナを宥めながらも、花菱の言葉に気を取られた。


「被害者が出るというのか? あれは鬼を倒すための人形だろう。セーフティー機能がついているはずだが」


「考えたくないけど、誰かにいじられた可能性があるんだ。仮説は色々あるけど詳しい話は明日にしてくれ。今夜はここで休ませてもらうよ」


そう言って家主の許可を待たず、横になった。


「こらー! ここはアテナの家なんだゾ! 今すぐ出ていきなさい」


アテナの退去命令も虚しく、花菱は既に深い眠りに落ちていた。ここまで図々しいと、むしろ清々しいとすら思えてくる。押入から布団を出してかけてやった。


「ショータ君はどうしておばけに肩入れするのかな!」


寝室に入ってもアテナの怒りは収まらない。事前に告げなかったのは悪かったと思うが、家に泊めただけでそこまで目くじらを立てる了見もよくわからない。


「花菱はおばけじゃなくて、冒険者だ。お前も神官なんだからわかるだろ」


「おばけの仲間だもん。アテナにはわかるんだもん」


アテナは頑強に主張し、ぬいぐるみを抱える。その恐れの理由にようやく思い至る。以前からアテナは二つ首のおばけを怖がっていた。大方、市中の噂に尾ひれがついたものを耳にしたのだろう。


「おばけは俺が退治してやる。だから」


心配するなと、元気づけようとした俺の口の動きが止まる。板の間と寝室を隔てる襖に拳大の穴が開いていた。腹立ち紛れにアテナが開けたのだろうか。


アテナのぬいぐるみの腹から、白い綿がこぼれている。襖の穴も、ぬいぐるみも今朝は無事だった。俺も八つ当たりをしたばかりだ。控えめに注意する。


「お、おい……、物に当たるのはよくないぞ」


「ショータ君が何を言ってるかわからないよ。今はおばけの話をしてたのに。話をそらさないで!」


感情的になったアテナの周囲から風が巻き起こる。俺は尻餅をついていた。背後の襖にひっかき傷のようなものが無数に出現した。何が起きた? 天井から、はい回るような不気味な音がしたが、異変の形は把握できない。


「アテナ、お前なのか? これをやったのは」


「わかんないわかんないわかんない、ショータ君なんてもう知らない!」


アテナは癇癪を起こしたように、ぬいぐるみを布団に叩きつけた。ほぼ同時に攻撃が来た。見えないが、感じる。速い動きではない。花菱の蠍の方がよっぽど速い。かわせる。だが、正体を知るために掴もうとした。


跳んできた何かはゴム風船のような感触で、掴む先から指から逃れようとしている。摩擦が存在しないかのように滑る。いや、これは。


「ねじれているのか……!?」


この物体は単に直進しているように思えたが、違う。滅茶苦茶な座標を移動して、エネルギーを急激に増大させている。不可解な事に距離と運動量が相関していない。急激に運動量が増大したのに、速度は遅く感じる。手のひらからようやく抜け出たところだ。走馬燈じゃあるまいし。あるいはワープか。


だがこれは、止められない。避けても家が吹き飛ぶ。ならば。


「燃えろ!」


強く念じることで、見えない何かを焼き尽くした。それは一瞬で炭化してしまい、正体はわからずじまいだった。部屋は静かになり、異変はそれで終わった。


アテナは疲弊して布団に座りこんでいた。目に涙をためて俺を見上げている。


「ショータ君が悪いんだもん。アテナを一人にして、おばけと遊んでるから」


アテナの孤独を、これまで重く受け止めていなかった。アテナは記憶をなくし、わずかな依り所は神官という身分だけだ。普段は能天気に見えるが、慣れない土地で無理をしていたのかもしれない。


「俺もな、おばけが怖いんだよ。だから立ち止まりたくないんだ」


俺も竜王も、無力な自分というおばけから目を背けている。立ち止まったら、きっと今のアテナのように萎縮してしまうだろう。俺たちは決して強いわけじゃない。


「お前は俺の足を引っ張るために来たのか? 違うはずだ。今一度、自分の役割について考えてみてくれ」


外敵の脅威ならいくらでも打ち払えるが、自ら膝を折った者を救うのは、仏であっても難しい。俺ができるのは道を示すことだけだ。正道を歩まねば、アテナが迷ってしまうと思い、毅然としていた。


一緒に布団に入ると、アテナは嘘のように落ち着きを取り戻した。あの異変は何だったのか、蒸し返すのは避けた。


「さっきはごめんね、取り乱して。アテナは、おばけと戦うショータ君が格好いいと思うの」


神官は、この世界の黒幕的存在だと思っていたが、違う気がしてきた。子供のように無垢で、時に危険ではあるが、決して邪悪な存在ではない。


「だからアテナはショータ君に勇気っていうのを貰って、前に進めばいいのかな。そしてアテナは別の誰かにね! わかっちゃったかも」


アテナの頭はそれほど悪くない。むしろ飲み込みが早いくらいだ。興奮した様子で、学んだことをまくしたてている。また不可視の力が発動したらと一瞬身構える。そうなったらそうなったで、また押さえ込むのが俺の役目だ。


「独りぼっちは寂しいから、そういう人がいなくなればいいなあ……」 


アテナの新しい目標に耳を傾けながら、眠りに落ちた。だが俺は自分のことで精一杯で、その孤独に寄り添うのを怠っていた。


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