即席の同盟
もしかしたら花菱が宿泊費を置いて、去ってくれていないか。そのくらいの良識は持ち合わせて欲しい。
一縷の期待を込めて襖を開けると、横になったまま欠伸をする花菱と目があった。
「丁度良かった。飯まだ?」
どうしてこうも遠慮がないのだろう。はっちゃんが花菱に厳しく接していたのも理解できる。返済能力のない相手に何故金を貸したのかは疑問だが、大方こうして居座って金をせがんだのだろう。
「飯はないぞ。外で食べてこい」
アテナが嫌がるので、まずは外に追い出すのが先決だ。これだけ強く言えば出ていくだろうとたかをくくったのがまずかった。
「わかった。一緒に食いに行こうぜ」
段々、頭が痛くなってきた。
「まさかとは思うが、俺にたかるつもりじゃないだろうな」
「おっ、よくわかったね。今月金欠でさー」
「ちょっと待て。竜王に人形の代金を貰ってないのか」
「借金の返済で消えたに決まってるだろ。ほら、さっさと出かけるぞ。今日は絶好の狩り日よりだ」
雨後に鬼の出現率が上がるという調査結果を、花菱も当然知っているに違いない。知っていて鬼の被害を抑えようとしているなら、いじましいが。
「知ってるか? 鬼を退治すると報奨金が貰えるんだよ。小遣い稼ぎに丁度いいや」
こいつは金と人形にしか興味がないようだ。
よし、蹴りだそう。暴力に訴えようとした正にその時、寝室から悲鳴が上がった。
急ぎかけつけてみると、アテナがぬいぐるみを抱えて泣きじゃくっている。
「ショータ君、うさちゃんが……、死んじゃったあ!」
無惨にもわたが出たぬいぐるみが、騒ぎの原因であることは一目瞭然だ。ここで突き放せば、昨夜の二の舞になる。ここは花菱に働いてもらおう。
「花菱、ちょっといいか」
襖を閉めてから取引をもちかける。数十分後、アテナの手にぬいぐるみが戻った。歓喜の声が上がる。
「わーい! うさちゃんが元気になったよ」
花菱は手先が器用だから、裁縫も得意とふんだ。予想通り、針を持たせても花菱の技術は一級だった。
「着物の繕いとかするからこのくらい朝飯前だ。約束通り飯食わせろよな」
労働の不足は否めないが、アテナの機嫌が直ったことに免じて朝食をともにすることを許可した。
運ばれてきた漬け物膳を食べながら、今日の予定を協議する。
「今一度、確認したい。昨夜の人形が人に危害を加えるおそれはあるのか」
「ある。あの人形は鬼の波長を電磁力で拾って追跡する。普通の人間とは接触しないように作ってあるんだ。それなのにあんたの前に姿を現したのはそもそもおかしい」
「たまたまじゃないのか。俺は襲われたわけじゃない」
「次にそうなる保証はないだろ。外見が変わってたってのも気になる。どっちにしたってあたしの落ち度だ。不測の事態が起きる前に回収するよ」
当たり前のように人に迷惑をかける癖に、職人としての倫理は大切にしているようだ。こいつは、馬鹿だ。だが、自分の仕事に責任を持つ奴は嫌いじゃない。
「乗りかかった船だ。俺も手伝おう。俺が殴ったせいで不具合が生じてはかなわんしな」
「いいの……? 大した礼はできないけど」
「初めから期待していない。それに白々しいぞ。手伝わせるつもりで家に泊まっていたのだろう?」
目論見を看破しても、笑って誤魔化している。慣れというのは恐ろしいもので、頼られて悪い気がしなくなってきた。
こうして即席の同盟ができあがった。鬼を探知する仕組みも気になるし、殺しあうよりは生産的な活動ができそうだ。
「おばけを退治しに行くんだね。ここで神官アテナが助言を一つ与えてしんぜよう」
重大な情報を提供する前振りだろうか。固唾を呑んで見守る中、アテナは俺の手首にある時計のようなものを指さした。冒険者の証で、確かFGと呼ばれている代物だが、未だに使い方を知らない。
「これは、冒険者の全情報が詰まった端末なのです。スキル、エンチャントの設定、SNSまでできると好評です」
メモを読み終え、一応の仕事を果たして満足したアテナをよそに、花菱は難しい顔をした。
「昨日から気になってたけど、もしかしてこの女、神官なのか」
「もしかしなくても俺と竜王の担当だが」
「うひゃー、ハズレ引いたな。さっきの情報、結構初期の段階で聞かされる話だぞ」
俺としては、アテナが仕事を忘れていなかっただけでましだと思うようになった。昨夜の説教が効いたのだろうか。
「スキルはなんとなくわかるが、エンチャントは初耳だな。教えてくれ、アテナ」
「えっとお、ちょっと待ってね」
説明の手際が杜撰で、俺まで恥ずかしくなってきた。花菱はずっと笑いを堪えている。
「も、もういいから。今日は暗くなる前に帰る。良い子で待ってるんだぞ」
言いつけを残し、花菱を伴って家を飛び出た。アテナには留守番程度しか頼めない。これではどちらが世話になっているかわかったものではない。
二人きりになると、花菱が釈然としない表情をしていた。
「なんか、甘くねえか。ばしっと言ってやんなよ」
「昨日言ったぞ。ああいう奴なんだ。記憶もないようだから仕方ない」
「へえ……、まあ別にいいけど。あんま肩入れすんのはどうかと思うぜ。神官とはいずれ殺しあうんだからな」
花菱によると、冒険者のランクを上げるために神官の課す試験を受ける必要があるらしい。この辺はゲームと同じだが、場合によっては命のやりとりをすると聞いて、合点がいった。竜王は師としのぎを削り、重傷を負っていた。俺とアテナもいずれああなるとは考えられないが、記憶の隅に留めておこう。
「あたしが代わりに色々教えてやんよ。腕貸しな」
同情したのか世話を焼いてくれた。お言葉に甘えることにする。
「なになに……、あれ? プロテクトがかかって読めないぞ」
花菱の顔が曇る。俺まで不安になってくるからやめてくれ。とはいえ悩んでも仕方ないので先を促す。
「まあ簡単に説明するとさ、スキルっていうのは技みてえなもんだ。これは系統ごとに決まってて戦闘系と生産系にわけられてる。リリスとエチカは前者、あたしは後者だけど、それほど厳密じゃないから今は気にしなくていい。エンチャントは技を補佐する護符だ」
一般的に、高位のスキルになると使い勝手が悪くなる。代償が大きかったり、発動に時間がかかったりとあらが目立つ。その隙を補うのが、エンチャントという代物らしい。戦闘系は文字通り戦闘に特化しているが、エンチャントを生み出せない。逆に生産系は戦闘が少し不得手だが、エンチャントを扱うのが得意なようだ。
大体は理解できたが、こんな重要な情報を教えなかったアテナを少し恨んだ。
「お前、頭が悪そうなのに説明はまあまあだな」
「せっかく教えてやったのに、ほんといけ好かないガキだぜ。いつかシメてやる」
花菱の大きな手が俺の髪をもみくちゃにしている間に、生け垣の向こうを怪しい人影が走り去るのを見た。




