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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
りゅうおうのおしごと
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二つの顔


明くる日の朝、俺は蜂須賀金融に出向いた。雨乞いのデータについて確認するためだ。時間が早すぎたのか、店はまだ開いてなかった。


店をのぞきこんでいると、表を箒で掃いていた娘が近寄ってきた。着物にエプロンをして、丸顔に愛嬌のある笑みを浮かべている。


「うちに何かご用ですか?」


「ああ、はっちゃん……、女王蜂に話がある。取り次いでもらえないだろうか」


娘は声を落とし、周囲を気にするそぶりを見せた。


「どこで聞いたんですか、その話」


「え? いや、ここにいるだろう。ついこの間も会ったぞ」


頭目ボスはここにいませんよ。私も入ったばかりなので会ったことないですけど、間違いありません」


あのはっちゃんは偽物だったというのか。だが、この娘に正体を明かしていない可能性もある。用心深いはっちゃんのことだからそれもありうる。 


クマを呼んでもらおうとしたら、隣家からはっちゃんが出てきて俺たちと反対方向に歩いていく。


「こらー! どこ行くんですか」


娘は箒を放り投げ、はっちゃんを走って追いかけた。はっちゃんはよれよれのジャージにサンダルというだらしのない格好をしている。弁明もなんだか冴えない。


「いやあ、ちょっと会合に……」


「嘘。また賭場に行くつもりでしょ。このランカの目は誤魔化せませんよ」


猫を捕まえるようにはっちゃんの首根っこを掴んで引きずってきたランカという娘に、俺は言う。


「そいつが、女王蜂だ」


娘はまとも取り合わず、俺の肩を叩いてきた。


「お客さん、冗談上手ですね。この人はお荷物社員ですよ。昼間っから、仕事もせずにお酒を飲んだりサイコロを転がしたりしてる人です。そうですよね?」


「そうです。えへへ」


年下にやりこめられるはっちゃんを見ていると、俺まで情けなくなってくる。娘ははっちゃんに掃除を押しつけると、店の中に入ってしまった。


「や、やあ、ショウちゃん。お姉さんに会いたくて来ちゃったのかな?」


「お前、偽物だったのか」


単刀直入に訊ねると、はっちゃんはぎこちなく箒を振り回した。


「そんなわけないじゃないか。身の危険があるから正体を隠してるんだよ。なんだい、その目は。疑ってるね。お姉さんは君をそんな子に育てた覚えはないよ!」


俺も育てられた覚えはないが、この女の頭が切れるのは先刻承知の通りだ。本物と見て差し支えないだろう。


「話があって来た。竜王のことだ」


あの娘は穀潰しと決めつけていたが、やはりはっちゃんはボスの顔にふさわしい。すぐに用件を飲み込んだ。


「リヒターに会ったそうだから、今日明日ぐらいに来るとは思ってたよ。丁度良い、これからリリスちゃんと会うんだ。一緒にどう?」


竜王の力は強まり、十日と待たずに雨乞いを終えたらしい。戻ってくるのはまだ先だと漠然と考えていた俺は、返答を迷った。


「神格を得たのだから怖がる必要はないと思うけど」


「俺が怖がっているだと? それに神格のことも知ってるのか」


「お姉さんは何でもお見通し。いやあ、君はついてるね。うっかり神格をもらったなんて前代未聞だよ」


俺はうっかり神格をもらったとは誰にも話していない。はっちゃんの情報網は予想以上かもしれない。だからこそ、あのデータの信憑性は高くなる。


「まずは確認だ。はっちゃんは、竜王の味方なのか」


はっちゃんは、竜王に内緒で千本桜にデータを提供していたと思われる。部下にすら正体を明かさない秘密主義者のやりそうなことだ。


「あー、勘違いして欲しくないんだけど、ビジネス上はどちらの味方でもないんだよ。情報部が依頼を受けたから、承認しただけで」


「臆病者らしい言い訳だな。蜂ではなく、人の間を動き回るコウモリのようだ」


「君に何がわかるのさ」


はっちゃんは怜悧な声で不快感を露わにした。昼行灯だった先ほどの印象が一気に吹き飛ぶ。


「あたしは、何万何千の人間の命を預かってる。上はクマのような修羅から、下はさっきのランカみたいに何も知らない子まで、みんなを守らないといけない。情報屋やってるのも、下げたくない頭を下げるのもそのためだ。蝙蝠? 上等だね。あたしは弱いからプライドなんかハナからねえんだよ。わかったか、小僧」


「はい、すみませんでした」


俺は素直に謝った。女王蜂は怒ると滅茶苦茶怖い。身を縮めていると、柔らかい声音が戻ってきた。


「いやあ、わかればいいんだよ。ガチ説教とか柄じゃないしね。はぐらかすようなこと言ったこっちも悪いし。リリスちゃんは友人だから良好な関係であることは保証しよう。リヒターとは顔なじみであるけど、戦いたくない相手というだけで、仲は良くない。というか最悪」


「そう、なのか……」


危うい均衡の上に、この国の平和は成り立っている。誰かに少し肩入れしただけで、この平和は簡単に崩れてしまうのかもしれない。


「推定無罪ってあるじゃない。疑わしきは罰せずっていう奴。リヒターにはそういう分別がない。自分の正義が証明できればいいっていう考えなんだ」


「どういう意味だ」


「彼には自分の行動が常に正しいという自負がある。対して、光にさらされ、被告となった相手はいつしかボロを出す。完璧な人間なんていないからね。つまりあいつは独善的でしつこい」


リヒターは気前が良くて、思いやりもある、立派な人物のように最初は思えた。だが、それこそ完璧な人間などいない。行きすぎた正義が偏執的な面を持っていないとは限らないのだ。


「あたしもグレーな商売をしてるから目をつけられて困ってる。あの男はそういう奴なんだ。昔っからね」


リヒターが竜王を狙う理由はそれだけなのだろうか。自分の正しさを証明し、影響力を強めるには竜王はこれ以上ない素材だ。それでも俺にはまだリヒターを信じたい気持ちが残っている。


「嫌な奴の話はこのくらいにして、そろそろ行こうか」


はっちゃんは話題を切り替え、すたすた歩きだした。俺もその後に続く。


はっちゃんのビジネスは多岐に渡り、金融だけでなく、飲食店も営んでいるらしい。これから向かうのは、牛鍋屋。リョクメイ国初の食肉専門店だ。


「許可取るのに苦労したよ。これを足がかりに、牛肉王にあたしはなる!」


商才があるのは結構だが、はっちゃんの目的は謎のままだ。短い付き合いだが、単に金を稼ぐだけで満足する人間には思えない。


牛鍋屋の真っ赤な暖簾の前に、三人の女性がいた。左は黒地に牡丹の着物の花菱、右は鯉の着物のエチカ。そして真ん中は、少しやつれた顔の竜王。


「ちょっとー、なんで花菱たちもいるのさ」


はっちゃんが、花菱とエチカを交互に指さす。花菱は調子の良さそうな笑みを浮かべて片手を上げた。


「今日はごちになります、社長」


「ざけんな。納期も守れないお前に食わせる肉はねえ。帰れ。エチカも知らん顔やめようね。お姉さんとの約束忘れちゃったかなー? そんなことないよねー、社会のルールを守れない子はお山に埋めるって言ったでしょ」


エチカは震えて俺の陰に隠れた。二人ははっちゃんに借金があるようだ。道理を破ったのは二人だが、どうにも穏やかではない。俺も余程困らない限り借りるのはよそう。


「ごめん、はっちゃん。払いは私がするから」


竜王が食欲のなさそうな顔で提言する。無理矢理花菱たちに連れてこられたようで不憫だ。


「いやいや、こんな穀潰し共に気を遣わなくていいから。元々、君の慰安のためにやってるんだから金なんて取れるわけないじゃないか。それをわかって来るから、こいつら性質悪いよねー」


はっちゃんは花菱とエチカの頭を両脇に抱えて、締め上げる。打ち解けたその光景を、俺は少し離れた所から観察している。すると、竜王と目があった。


俺も、この輪に入ってもいいのだろうか。腹に逸物あるのを見抜かれてはいないかずっと心配している。俺はいつからか小心者になった。アテナに気を遣ったり、竜王の秘密を探ろうとしている。


「何してるの? 早く入ろうよ。私お腹空いてるんですけど」


竜王が唇を尖らせて俺の手を握る。エチカが反対の手を持つ。花菱が口笛を吹き、はっちゃんが俺たちをはやし立てた。


周囲の喧騒をよそに、こんな日々が長くは続かない事を俺は確信していた。

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