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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
りゅうおうのおしごと
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どっちつかず


リヒターはその後、千本桜の加入を強制することなく、俺を開放した。今日の話はオフレコで頼むよ、と軽く念を押されたくらいだ。


思ったより長く話し込んでしまった。アテナの家に帰る頃には、夕日が沈みかけていた。


庭から煙が伸びている。アテナとエチカが火を起こしているのを外から垣間見た。


「あっ! ショータ君」


俺に気づいたアテナは頭を押さえ、家の中に入ってしまった。おまけに鍵をかける音も聞こえた。


「ショータ、熱大丈夫?」


庭に行くとエチカが背伸びして、俺の額に額をつけた。ひんやりしていて気持ちいい。


「どうにか乗り切ったよ。心配してきてくれたのか」


「よかったあ……、あの神官が脅かすようなこと言うからびっくりした。肝心な時に役に立てなくてごめんね」


「それはいいんだが、あれはなんだ?」


庭に大きな猪が横たわっていた。茶色い毛に牙を持ち、ニメートル近い体長を持っている。


「神官がハンバーグ作るって言い出して。でも、リョクメイ国は肉食の習慣がないんだよ。だから、あたしが山に入って食べられそうなのを捕まえてきた」


火を起こしていた理由はわかったが、猪ではハンバーグは作れない。それでも、二人の気持ちが嬉しく、胸を打たれた。


「おーい、アテナ! 猪、一緒に食べよう」


障子を細く開けて様子を見ていたアテナが、裸足で庭に飛び下りた。受け止めるのは苦ではなかったものの、エチカがむくれる。


どちらにも良い顔をすることはできない。リヒターが教えてくれた。


「ここだけの話、リョクメイ国の降水量が増えた時期と重なるように、ニーベルンデンの干魃が始まっている。これが偶然ではないとしたら、僕は彼女を放置できないよ。君はどうだい? ショータ」


俺はどっちを向いていいかわからない。もし、竜王が今現れたら俺は……、



猪一頭は三人でも持て余す大きさだった。藤ばあに貰った野菜と一緒に猪鍋にして食べた。牛肉より脂身が少なく、ヘルシーな感じがする。余った肉はエチカに託し、花菱に渡してもらう。ドタバタの合間に心配してくれた礼の代わりだ。


食後、アテナは食器の片づけもせず、すぐに寝室に引っ込んだ。詳しい話は明日でもいいか。ヘビーな話が多くて今日は疲れた。一人で静かに体を休めたい気分だ。


囲炉裏の前でうとうとしていると、アテナが足音を忍ばせて近寄ってきた。


「ショータ君、まだ寝ないの?」


「今日はここで寝る。慣れれば問題ない」


アテナはウサギのぬいぐるみを抱いたまま動こうとしない。俺は身を起こし、あぐらをかいた。


「ハンバーグ食べたいって言ったの、覚えてたんだな。ありがとう」


「アテナもどんなのか気になって。結局食べられなかったけど」


「また今度でいいさ」


「今度なんてあるのかな」


珍しく思い詰めたアテナの声に、眠気も吹っ飛ぶ。


「ショータ君、死んじゃうかと思ったし。こんな形でバイバイしちゃうのすごくやだった」


「お前は、俺を嫌ってると思っていたが」


「一応担当だから、嫌いになんてなれないよ。だから一緒に寝るの!」


アテナは、力任せに俺の腕を引っ張る。神官が冒険者と寝るのが常識だと言わんばかりだ。正さねばならない。


「いや、試練を乗り越えたら一人で寝ると約束したろ」


「そんな約束したっけ? いいからいいから早くこっちに来て。アテナ、ショータ君と寝るの癖になっちゃった」


断っておきたいが、俺も一応男だ。男女が一つの布団で寝る意味をアテナに伝えたい。それにはいくつかのハードルがある。


アテナは記憶をなくしており、見た目の割に精神も未熟だ。具体的な行為の意味を理解できるだろうか。万が一、やってみたいと言われたら大変だし、変に壁を作られるのも今となっては惜しい。記憶喪失の隙をついて男女の仲に持ち込むなどもっての他だ。俺はアテナと良好な関係を築きたい。気の置けない同居人を続けるにはどうしたらいいだろう。


同姓にやんわり注意してもらうのはどうか。明日は、はっちゃんに会いに行くのでついでに頼んでみよう。


アテナが俺の枕を整えてくれている。髪を垂らしたアテナの後ろ姿から視線を逸らし、襖を閉めた。


「むかしむかし、タルタロスには大きな木がありました」


灯りを消して布団に入ると、アテナが物語を始めた。同時に、眠れない小さな弟を姉がやさしく寝かしつけるように体を揺すってくる。その度に、アテナの胸が肩に当たって落ち着かない。


「世界の始まりを知る木です。でも、砂漠が広がって木は枯れてしまいました。おしまいっ!」


横向きで寝ているアテナの呼吸が静かになった。


終わり……、はやっ。眠くなったんだな。やはりアテナはまだ子供だ。不注意で神格を与えるし、目を離すと危なっかしい。でも愛おしかった。


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