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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
りゅうおうのおしごと
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勧誘


店の前でカトーと別れた俺は、忠告の意味を深く考えず歩いた。刀はもう返したし、世話になる理由はないと思ったのだ。


記憶を頼りに辻まで来た時に、後頭部に衝撃を受けて倒れた。倒れたのは熱のせいではない。


「おーい、殺すなよ」


「わかってるって。ちょっと引っかけただけなのに大げさだな」


憎らしい双子の声が交差する。またこいつらか。よほど縁があると見える。


俺は二人に両脇を抱えられ、寺まで連行された。俺の体温が高すぎるのか、途中から一人で歩かされた。


寺の玉砂利の上に座らせられると、本当に罪人になった気分だ。こめかみから汗が滴った。日差しが強くて、目を開けていられない。


「閣下がお前に話があるそうだ。しばしそこで待て」


少し年のいった白制服が刀を地面に突き立て、俺に命じた。


閣下とはリヒターのことだろうが、客のもてなし方がなっていないな。会ったら、指導してやらなくては。


「ねえ、盗人。今のうちに弁解でも考えときなよ」


「閣下はきっとお怒りだろうな。これからどうなっちゃうんだろうね」


双子が脅すような態度で俺の周りをうろついている。目障りだが、こいつらがいつ介錯人に変貌しないとも限らないのだ。我慢するしかない。


「そういやさ、さっきの長屋に住んでる子と仲いいの?」


俺の体温がまた少し上昇した。態度は冷静に、心は熱くを貫きたいが、こいつら次第で俺は動く。


「竜王の関係先としてガサ入れしようかなって思うんだよね。どうかな?」


「……、やってみろ」


高温の蒸気が俺の体から溢れ出した。もう激した感情を押さえる必要はなくなった。


「俺個人の咎なら甘んじて受けよう。だが、他の奴を巻き込むというなら容赦はしない」


俺の空威張りでも効果があったのか、それとも蒸気に驚いたのか、双子は蜘蛛の子を散らすように塀を乗り越えて逃げ出した。


「ああ……、御仏が。生きてるうちに拝めるとは」


通りすがった僧が、俺に向かって手を合わせた。後で聞くと光輪が俺の頭の上に見えたという。


俺の半径数メートルの地面まで熱せられたため、誰も近寄れなくなった。石から地獄のような湯気が立ち上る。


ただし例外もいて、それがリヒターだった。靴を履かず、俺の前まで歩いてきた。


「やあ、部下が非礼を働いたようだ。申し訳ない」


帽子を脱ぎ、腰を曲げて俺に謝罪した。俺の憤りも少し和らいだ。


「やけに竜王を目の敵にしてるみたいだな。俺が連れてこられたのもそれがらみか」


「そのことについて話がある。少しいいかな」


リヒターは場所を変えようとしているが、俺が寺に入れば火事になる。


「それなら心配いらない。立ってみて」


言われた通りにすると、嘘のように体が軽い。遮那王の力が消失したとしたらそれはそれで困る。


「釣り合いを取るのが得意でね。君の器に合わせて神格を押さえ込んだよ。応急処置だけど、今はこれで我慢して欲しい」


神格はなくなっていなかった。規格外のことを平然とやってのけるリヒターによって、ひとまず命の危機は去った。


業火で焼かれるような苦痛から解放され、心は平穏を取り戻している。それどころか、以前より俯瞰で物事が捉えられるようになった気がする。


リヒターは俺にずっと背中を見せて歩いていたが、今だからわかることがある。


打ち込む隙が全くない。


仮に俺が背後からしかけたとしても、倒せるイメージが湧かない。難攻不落の城のようだ。考えれば、神格を調整できるような規格外の奴だ。底知れぬ実力があるのは当然と言える。


「それがわかるのは君が強くなった証拠さ。僕も嬉しいよ」


また心を読まれた。達人の域になると、発する気配で相手が何を考えているか察するらしい。俺の未熟をまた思い知らされた。


さて、リヒターの部屋は以前とさほど変わっていないようだった。床の間に例の刀があることと、隣の部屋から殺気が漏れだしていることが気になる。リヒター以外の奴なら撃退できるだろうが、できれば音便に済ませて帰りたいものだ。


「まずはこれを返すよ。君のものだ」


曰くつきの太刀、童子切安綱だったか。いい加減トラブルに巻き込まれるのはうんざりしている。本音では受け取りたくない。


それでもリヒターの澄んだ目を前にすると、断りづらい。結局俺が折れて、太刀を受け取ることになった。


「盗人呼ばわりして済まなかった。みんな気が立っているんだ。代表として正式に謝罪させて欲しい」


リヒターは正座し畳に額をつけたが、俺は目のやり場に困った。


「部下の手綱を握れなかったのはお前の責任だが、もうこの話は済んだ。顔を上げてくれ」


「そうは言っても不当な拘留、名誉毀損、償わなければ僕の気が収まらない」


しつこく粘られても俺がこれ以上求めるものは何もない。俺の荒ぶる遮那王を沈めたのは、リヒターの功績だ。太刀まで受け取っては、お釣りがくるほどで恐縮してしまう。


「では、こうしない? 君のために千本桜ができることはないだろうか。なんなら権限のあるポストを用意してもいいんだよ」


なるほど、勧誘か。狙いが読めてきたぞ。やはりタダより高いものはないな。


「そうやって俺に首輪をつけるつもりか? リヒター」


リヒターは顔を天井に向けて、ためいきをついた。そして、いたずらがバレた子供のように笑っている。


「いやあ、神格持ちの冒険者なんて滅多に現れないからね。君は僕の手元に置いて可愛がりたいし」


「はあ?」


「無理強いはしないよ。でも残るかどうかは話を最後まで聞いてからにして欲しい」


さっと、背後の襖が開いた。とっさに戦うか逃げるか判断がつかない。だが、どちらも必要なかった。隣室には布団が何枚も敷かれ、怪我をした男達が寝かされていた。


「彼らは鬼との戦いで負傷した隊士達だ。中には戦いで命を落とす者も珍しくない」


「この国の治安を守っているんだったな。そこまでして義理立てして何になる。金か」


「君、可愛い顔してクールだな。犠牲を厭わない隊士の美しい心に感銘を受けてくれると思ったのに」


「俺は個人主義者だ。悪いが、同情心の欠片も湧かないな」


かといって、他人の痛みがわからないわけではないのだが、ここは距離を置くべきだろう。付け入る隙を与えるべきではない。


リヒターは笑みを崩すことなく襖を閉め、俺の正面に座った。


「構わないよ。今は主義主張を論じている場合ではないからね。ショータは鬼が何処から来るか知ってるかな」


「確か、雨が降ると出やすいんだった……、か」


雨が上がった日、町中で鬼と出会った。


リヒターと初めて会ったあの夜、俺は竜王の仕事を知らなかった。だが、今はその役割を知ってしまっている。命を産み出す力。これまで考えないようにしてきたが、点と点を線で結んで一つの答えを導き出すのは難しい作業ではなかった。


「そう、あの雨は、人を鬼に変えている……、かもしれない」


「かもしれない……、だと? 根拠もないのにあいつを犯人呼ばわりしたのか。言っていいことと悪いことがあるぞ」


「僕は彼女が犯人だとは一言も言ってないんだけどな。可能性の話をしているんだよ」


くそ、カマをかけられた。俺は一瞬でもあいつを疑ってしまったことを認めざるをえない。


「可能性があるうちは疑って然るべきだ。この無益な争いを終わらせるためにもね」


リヒターは、竜王に疑いの目を向けさせ、俺に同士討ちさせようとしている。その手には乗らない。俺が交渉カードとして役立つ内にもっと情報を引き出してやる。


「今一度訊くが、鬼の出現と雨の相関を証明できる客観的なデータはあるんだろうな」


リヒターが手を叩くと、廊下から悪印象の双子がやってきて、紙の資料を運んできた。瑞角と瑞鳳というらしいが、見分けがつかない。二人は俺の顔を見ずに退室した。


「蜂須賀金融の調査報告書だ。雨が降った日とそうでない日では、鬼の出現率が五割も違う」


日付の上の折れグラフは、雨の日だけ大きく上昇している。今のところ、場所や日時に関連性は見受けられない。これだけ見ると、本当に雨が全ての元凶のような気がしてくる。


「ちなみに、竜王が来る以前の鬼の出現データはあるのか?」


リヒターは手際よく資料をめくり、グラフを提示してきた。見比べてみると、過去のデータはほぼ横ばいで、年に数件の目撃情報が上がっているに過ぎない。


「特にここ数ヶ月の出現率の伸びは異常だ。それなのに、リョクメイ国はこの事実を隠蔽しようとしている。雨を降らすのを止めれば、国内の産業に影響を及ぼすと思っているんだろうね」


リヒターの声は熱を帯び、膝の上で拳を握っている。


雨乞いの竜王の正体は、死の雨を降らす悪鬼なのか。あいつが意図的にそんなことをしたとは考えたくない。あいつは、みんなの幸せを願って雨を降らせたと信じてやりたい。ところが、リヒターは俺の希望を打ち砕くような話を始めた。


「それと、まだ一部の人間しか知らない話なんだが……」


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