お節介
そこまで話した所で、俺の意識は途切れた。気づいた時には、エチカの隣の布団で寝かされている。
花菱が背中を向けて座り、何かをしていた。周り込んで手元をのぞき込むと、こけしのようなものをいじっている。長屋に来た時に拾ったこけしに似ていた。
「あ、起きたか。あんた、めっちゃ熱あるぞ。病気か」
こいつに心配される筋合いはないが、体を起こすだけでやっとだ。弱みを見せないように気を配る。
「まあ、そんな所だ。そのこけしは何に使うんだ」
「こけしじゃない。これは空に飛ばして、気象を観測するための装置なんだ」
玩具にしか見えないこけしが、意外な使命を帯びていた。エチカの首人形といい、花菱は不埒な見かけによらず、卓越した技術を持っているようだ。
「今、失礼なこと考えただろ。言っとくけどこれ、リリスの頼みだからな。ちゃんとした奴だぞ」
考えてみれば、この長屋に出入りしている時点で、花菱が竜王の縁者である可能性は高かった。竜王と気象は切っても切れない関係にある。データの収集を依頼しても不自然ではない。
「花菱と竜王はどういう知り合いなんだ」
「行き倒れた時に助けてもらった。あたしが技術を提供して、見返りにリリスが飯をくれる。でも今、あいつはいないからエチカに奢ってもらおうと思ってさ」
年下の躊躇なくたかりにくる辺り、人間性に問題があるが、害はなさそうだ。俺は少し警戒を解き助力を求めた。
「花菱……、見ての通り今の俺はまともな状態ではない。よければ、手を貸してくれないか。蜂須賀金融まで運んで欲しい。礼はちゃんとする」
「女王蜂の店か? あいつは医者とは真逆のタイプだぞ。あたしは医学の専門家じゃないけど、あんたがヤバいのはわかる。悪いこと言わないから医者の世話になりなよ」
まだ花菱を完全に信用したわけではない。遮那王の話はまだ打ち明けられない。医者に診察してもらっても状態が良くなるとも思えなかった。
「そうだ、カトーの爺を呼べばいいんじゃね。ここに呼んでやるからちょっと待って」
カトーという男とは一度会っている。竜王の所に診察に来ていた男だ。彼が冒険者なら秘密を看破される可能性も高くなる。気持ちはありがたいが、避けたい流れだ。
話を打ち切って立ち上がろうとした時、土間に立っている人影に気づいた。フロックコートに山高帽の紳士が笑顔を振りまいている。
「うわっ! どこから入ってきやがった爺」
花菱が、カトーの出現に仰け反る。俺もどう反応していいかわからず、エチカの布団の端を握った。
「何やら呼ばれた気がしましてな」
「地獄耳かよ。まあいいや、このガキが具合悪いみたいだから看てやってよ」
不要な干渉を嫌う俺はカトーの前を横切り、長屋の外へ走り出た。花菱の好意はありがたいが、巻き込む人間は少ない方がいい。このまま狭い路地を抜けて、蜂須賀金融へ直行する。
そう思ったのも束の間、俺の計画は早速頓挫した。
行く手を遮るように、カトーが立っている。先回りする時間はなかったはずだ。地獄耳に加え、瞬間移動までできるのだろうか。不倶戴天の敵のように、カトーをにらむ。
「落ち着いてください。こちらに敵対する意志はありません。少し、お話しませんか?」
見たところ丸腰で、強そうには見えない男だが、巨体に似合わぬ敏捷性は警戒に値する。ただ者ではない。
状況を勘案したが、鬼ごっこをする体力もカトーを撃退する力も、今の俺には残っていない。彼がどういう話をするかも気になって、俺は頷いた。
カトーに連れられ、近くの茶屋に向かった。茶屋には良い思い出がない。座敷に向かい合って座る。窓からは裏手の川が見下ろせた。若い娘が給仕に来たが、俺は顔を上げられないでいる。
「甘いものは大丈夫ですかな? 儂はここのぜんざいが好物でね」
カトーは常連らしくてきぱきと注文する。給仕が去った後、俺は正面に目を据えた。
「何が目的だ。言っておくが、今の俺は爆弾のようなものだ。たやすく思い通りにできると思うな」
カトーは滅相もないと、首を振った。
「お節介かとも思ったのですが、君が似ていたので放っておけませんでした」
「誰に」
「初めて会った時のリリス君も、そんな感じでしたよ。何も信じず、自分一人で全てを抱え込んでいた」
今の俺が、あいつと同じとは思わない。あいつは見ず知らずの他人のために、その身を犠牲にした。俺にはそんな聖人のような真似はできない。俺はあいつに嫉妬に似た怒りを感じている。それは俺が矮小であることの証明でもある。
「俺とあいつは違う。あいつの方がずっと大変なんだ。このくらいで泣いてたら笑われる」
カトーは小さな目を瞬かせ、鶏のように体を揺すった。
「ほっほっほ。頼もしい。許してください、年寄りは心配性でしてな」
ぜんざいを喉に流し込んでも、熱冷ましにもならない。ここまで蜂須賀金融を目指して邁進してきたが、はっちゃんが解法を知っているとは限らない。不安になってきた。もし命を落とすとしても、最後に食べたのがぜんざいというのも心残りだ。ハンバーグが食いたい。
「ところで、支払いはどうします」
「は?」
遮那王の問題で頭が一杯で、支払いを考えずに店に入ったのは手落ちだった。カトーが払ってくれると思いこんでいた。
「冗談ですよ。誘ったのは儂ですから、ここは奢ります」
得体の知れない相手に借りを作るのは嫌だが、持ち合わせはない。お言葉に甘える。
「ほら、人を頼るのも悪くないでしょう。お節介ついでにもう一つ。千本桜が君を探しているようです。道中気をつけた方がよろしい」




