エチカのダチ
熱い。どうしたわけか。体調が優れない。熱っぽいを通り越して、体が灼け爛れそうだ。
着物のはだけた部分を、アテナがタオルで拭いてくれている。脇腹を拭かれるとむずがゆい。
「もしかして一晩中看病を?」
「汗、すごいから」
どうにか朝は迎えられたらしいが、このままでは俺もアテナも持たないぞ。持ってきてもらった水を三杯飲んだが、喉の乾きが収まらない。俺に潜む別の存在が、内部で暴れているようだ。考えていた以上に事態は悪化している。
「ご飯食べられる?」
「いや……、時間が惜しい。すぐに出かけ……」
俺は話の途中で土間に落ちた。どこへ向かおうとしていたのかわからないまま。
「行くってどこへ」
「いや、それは」
淀んだ意識をかき回してようやく思い出した。はっちゃんなら手を貸してくれるかもしれない。蜂須賀金融へ急がなくては。
気持ちは逸るが、まっすぐ歩けない。門の所までアテナに支えてもらったが、ここからは一人で行くと断った。
「無理だよぉ。ね、やっぱりやめない? ショータ君、死んじゃうよ」
「どっちにしたって死ぬだろうが! 誰のせいだと」
やはり今の俺は駄目だ。八つ当たりするにもユーモアが必要だ。家に駆け戻るアテナの背中に何の言葉もかけられない。
どこをどう歩いたのか覚えていないが、俺はエチカの住む長屋の戸を叩いていた。
返事がないので黙って入る。竜王が戻ってきているという希望的観測がなかったわけではない。それとは別に蜂須賀金融までの道中に自信がなかったので、休ませてもらおうと立ち寄ったというのが主な理由だ。
「……ん?」
土間に見覚えのない物体が転がっていた。竹でできたこけしに似た立体物だ。上部からアンテナが伸び、その下に目鼻のようなものが彫ってあるが用途は不明だ。エチカの持ち物だろうか。
ぼんやり眺めていると、節の部分が分かれ、蛇腹のようにこけしの体が伸びた。
驚いて手放すと、こけしは落下の反動を利用して外に飛び出した。追いかけるのもおっくうだ。後でエチカに謝って拾ってもらおう。
居間に上がった俺は、また土間にずり落ちそうになった。土間に頭を向けて、二つの布団が並んでいる。盛り上がった布団からはみ出た顔の部分に、白い布がかけられていた。
何の冗談だ。それとも、俺の頭が熱でやられたのか。寝かされているのは誰なんだ。震える手を、右側の布団に伸ばす。畳みに広がる金髪のツインテールには、ドクロのヘアゴムが巻かれている。これは確か昨日エチカがつけていたものと同じだ。嘘だ、誰か嘘だと言ってくれ。
白い布をめくった先にあったのは、長いまつげを伏せた少女の顔だった。
白粉でも塗ったような生気のないエチカの顔に、俺は釘付けになった。目をそらしたいのに、儚い死に顔に見入られる。薄く半開きになった唇、今にも開きそうな瞼、額にかかる髪の一本一本を、目に焼き付けつことしかできない。
「エ、エチカ、なんて哀れな姿に……」
絶句し、拳で畳を叩く。
一夜のうちに何があったというのだ。答える者はいない。そして、隣で寝ているもう一人の顔を確認しなくてはならない。もう一人との離別に、俺は耐えられるだろうか。
俺は熱に浮かさたように(実際熱はあったが)、隣の布団に飛びついた。
もう一人の髪は黒い。ユイと竜王も同じ髪色だ。婦女子の髪色だけで人物を特定できないので、布をめくった。その時、不謹慎ながら胸をなで下ろしたのを告白しなければならない。
寝ていたのは薄い眉に、少し角張った輪郭の若い女だった。髪には赤いメッシュが入っている。
つまり見知らぬ女である。それでも謎は残る。何故見知らぬ女がエチカと並んで寝かされているのだろう。
俺が必死で考えているうちに、女の目が開いた。目が中央に寄っていて意外と可愛い。
「誰だ、テメー」
生きているのは良かったが、言葉づかいの悪さを隠そうとしない。どうやら材木屋の番頭と同じ人種のようだ。
「そちらこそ誰だ。俺はエチカに会いに来たのだ。返答次第ではただではすまさん」
威嚇しつつ柱に寄りかかり、距離を取る。この女がエチカを殺害したとしたら、俺はこいつを許さない。差し違えても敵を討つ。
女は目を丸くして起きあがった。
「なんだ、エチカの知り合いか。早く言いなよ」
「質問に答えろ! ここで何をしていた」
「別に。寝てただけだど」
女は人を食った態度で伸びをしてから、エチカの頭をひょいと抱えあげた。
「なっ……」
「へへ、よくできてるだろ。これでエチカを驚かせようと思ったんだよ」
エチカの頭部には首がなく、金属の軸のようなものが飛び出ている。つまり、作りものだったのだ。未だに自分の目が信じられない。非常に真に迫っている。
「あたし、人形師やっててさ。これ全体作ったら売れると思う?」
「……、ふざけるな」
俺は自称人形師を突き飛ばした。それほど力は込めなかったが、女は障子をぶち抜いて裏の地面に倒れた。
「いってー! 何しやがる。ちょっとしたイタズラだろうが」
女は肘だけで起き上がり、頭をさすっている。
「限度というものがある。断言してやる、お前に芸術家のセンスはない」
「あ? もっぺん言ってみろや、クソガキ。ただじゃおかねえ」
誇りを傷つけられた女の怒気が、伝わってくる。どんな能力者だろうが、今の俺の敵ではない。もう破れかぶれで暴れてやる。柱から体を離そうとした所にエチカが戻ってきた。
「うひー、蜂のババアにめっちゃ怒られた。三日以内に利子払わないと殺すって。どうしよう」
泣き言を連ねたエチカと目が合う。俺は飛ぶような早さで、エチカに抱きついた。
「よかったー、無事だったんだな、エチカ」
「え? ショータ、なんで? ぷしゅー……」
抱擁されたエチカは、茹で蛸のような赤い顔になり崩れ落ちた。俺の体の熱に当てられたのだ。布団に寝かす。
「エチカ、これが誰かわかるか」
エチカの首人形を、うなされるエチカの目の前に持ってきた。エチカの瞳孔が驚きに広がる。
「あたし? あたしがもう一人……?」
「これは人形だ」
「そっかあ……、あたしは人形だったんだ。末永く愛してね。ぷしゅー……」
エチカは白目を剥いて気を失った。いかん、再起動がうまくいかないぞ。人形が精巧過ぎて俺もどれがエチカかわからなくなってきた。
「ややこしくしてどうすんだ! 馬鹿か? 馬鹿なのか」
元凶の人形師が俺の後頭部を小突いて、馬鹿呼ばわりしてきた。エチカが生きていたからといって、こいつを許すつもりは毛頭ない。しかし、いがみ合いをしている間にも、俺の体温は際限なく上昇してきた。
「お前に言われたくない。エチカとどういう関係だ?」
「ダチだよ。花菱烈華。名乗ったんだから、お前も名前教えろよな」




