不相応の神格
帰宅した俺を迎えてくれたのは、二人分の冷めた夕食だった。
「どうしよう、お父様に怒られちゃう」
襖越しにアテナの嘆きが聞こえる。 俺は何食わぬ顔で、襖を開けた。アテナは蝋燭もつけず、部屋の隅にうずくまっていた。
「おかえりっ! 無事でよかったよ」
声だけは明るいが、アテナはその場から動こうとしない。俺はアテナの匂いの残る布団に倒れ込んだ。
「足が棒のようだ。全くひどい目にあった」
「ショータ君、何か変わったことなかったかな」
俺は探りを入れてきたアテナに肉薄し、顎を掴んだ。俺の怒りに呼応するように紅蓮の光が部屋を満たす。
「お前の方こそ、俺に隠していることがあるんじゃないか?」
アテナは泣きはらした目をそらした。だんまりか。いちいち説明するのは骨が折れるのだが。俺の光は、今朝から明らかに強くなっている。初めは懐中電灯の光程度だったのに、海の主の足を焼ききるまで強力になった。このままでいたら、俺の力は太陽レベルまで上り詰めてしまうのではないか。いや、それは考え過ぎか。
「俺はお前を傷つけたくない」
本心からそう思った。指の中で、アテナの髪がさらさらと揺れる。もし、今、俺が力を込めたら、砂漠のように干からびてしまうのではないかと恐れる。
俺の恐れを共有するように、アテナの手が俺の手を包み込む。こいつに触れていると、自分の体の境界を忘れそうになる。あまりに居心地がいいので、体が溶かされて飲み込まれてしまいそうだ。
「ショータ君、ごめんね」
鼻をすするアテナに同情心が沸く。やれやれ甘いな、俺も。
「お前が謝る必要はない。力を押さえ込む方法を教えてくれさえすれば、後は俺がなんとかする」
「それは多分、無理」
アテナは力なく首を振る。
無理ときたか。だが俺は常に逆境を跳ね返してきた男だ。そんな俺ですら耳を疑う試練がこれから待ち受けていた。
「ショータ君に与えたのは、遮那王の加護。いまだかつて誰も名乗ったことがない神格なんだよ」
遮那王というのは、光を司る仏様らしい。さすがの俺も、位人臣を極める前に神仏になろうとは思いもしない。
だが喜んでばかりもいられない。アテナによれば、遮那王の神格を容れるには、俺の器は小さすぎるらしい。危惧していた通りのことが起ころうとしている。
「正直、アテナにもどうなるかわからないよ。前例がないもの」
「そうだな。不注意で神格を与えてはお父様に顔向けできないよな」
俺の正論を浴びたアテナは、逃げるように壁の方を向いた。
「な、なんのことかな? アテナはショータ君を見込んで神格を与えたのに」
「本当か?」
俺が冷静に問い返すと、アテナは良心の呵責に耐えきれず、声を詰まらせた。
「うう……、こんなことになるなんて。ショータ君の考えている通りだよ。アテナはお化けが怖くて、不相応な神格を与えちゃった。謝って許されることじゃないけど、ごめんなさい」
不相応、か。俺の評価は散々だ。アテナだけではない。はっちゃんも、クマも、リヒターも、ユイも、そして竜王も俺を対等だなんて思っていない。だが、その評価が変わるとしたら、やる価値はある。
「お前が謝る必要はないと言っただろ。これは好機だ。遮那王が俺を壊す前に、遮那王に俺を認めさせれば、この力は俺のものになるんじゃないか」
ピンチはチャンス。俺の逆転の発想に、アテナは開いた口が塞がらない。
「む、無理だよ。多分、S級でも無理。ねえ、お父様に相談しよ? きっとなんとかしてもらえるよ」
「断る。このことは俺とお前だけの秘密だ」
仏を譲渡するなど罰当たりな気がするし、後で返せと言われたら困るからな。この試練を乗り切れば、俺は一皮剥ける。胸を張ってあいつの隣に立てる。
「それから、俺が強くなったら一端の男として扱え。一緒に寝るのはやめてもらおう」
「え? それとこれとは別だよ。ショータ君は抱き枕としてこれ以上ない形をしているんだもん。そのことにもっと誇りを持った方がいいよ。どーん!」
当然とも言うべき俺の要求は、無碍に却下された。アテナは俺を布団に押し倒し、頬ずりしてくる。今日は疲れた。振り払う気力もなく、寝落ちする。




