正義の味方は偏狭で孤高で一途
夕日のせいか、若干竜王の顔に赤みが差しているように見える。
「ねえ……? 聞いてる?」
竜王が不安を投げかける。ここは俺が年長者として頼りがいがある所を見せるチャンスだ。
「よし、これから警察に行こう」
「なんでそうなる」
俺の提案に、竜王は怪訝そうに眉を曲げた。
「いや、みなまで言うな。お前はVAFでストーカーに遭っている。この間の怪我もそうなんだろう?」
婦女子を傷つける暴漢を許すわけにはいかない。公権力を頼る選択は妥当に思えた。それなのに竜王は激しい拒絶を示す。
「だから違うの! あー、もうまどろっこしい」
情報を小出しにするせいで、話が進まない。てっきりストーカーに悩んでいると早合点してしまった。ではこいつは何が言いたい。
「VAFはプレイヤーを選別するって言ったでしょ。覚えてない?」
「そうだったな」
とっさに頷いたが半信半疑だ。
竜王は真顔で身を乗り出し、不吉に思えるほど声を絞った。
「選別するのはね、器を探すためなんだ。冒険者を閉じ込めて肉体を奪うためにVAFは作られたんだよ」
俺はまず竜王の正気を疑った。こいつは現実とゲームの区別がついていないんじゃないのか。俺もエチカもその妄想癖に振り回されているような気がしてきた。
「そ、それは知らなかった。VAFにそんな裏設定があったとは」
「設定とかじゃなくて! もういいよ……」
竜王は癇癪を起こしたように俺を突き飛ばし、身を翻そうとした。こいつを一人にするのはまずい。引き留めないと。
「待て、話はまだ途中だろ」
「信じてないんでしょ。だったらもういい」
俺の対応がまずくて竜王は殻にこもってしまった。引き留めようとやり合ううちに、階段の入り口まで移動した。
竜王は俺とのやりとりに夢中で、背後に口を開けている段差に気づかない。
片足を踏み外し、上体が不安定に揺れる。間一髪手を掴んで引き寄せた。勢いあまって俺は倒れ、竜王が上に覆い被さった。
「いたた……」
竜王が地面に肘をついて呻いている。竜王の体重が俺の腹部にのしかかる。肺が潰され、息が吸えない。
「あ、ごめん」
潰れかけた蛙のような俺に気づいて、竜王は飛びのくように離れた。
「君に助けられるなんてしゃくなんだよなあ。すごい自己嫌悪」
「気にするな。そのくらいで済んで何よりだ」
「だから、そういうのが気に入らないの」
竜王は土の付いた指で俺の鼻をつついた。
「正義の味方は私。君は助けられるか弱い存在。それなのに今の状況逆なんだもの。何か困った私が君に助けを求めてるみたいになってるし」
本性を現した竜王はそれなりの俗物だ。こいつ友達いるんだろうか。正義の味方は偏狭で孤高で一途だった。
「お前は普段困った時どうするんだ」
「お兄ちゃんに助けてもらう」
「なら今回もそうするか?」
竜王は切実そうに首を振る。
「ううん、それは……、したくない」
したくてもできないというような口振りだった。俺は突っ込まずにおいた。
「ならこうしないか。俺を助ければいい」
俺は竜王のプライドを傷つけずに、現状を打破する提案を開始した。
「俺はVAFの秘密に首を突っ込み、神官に命を狙われている。一人では心許ないから竜王に助力を頼みたい」
竜王は瞬きも忘れ、考え込んだ。ややあって口を開いた。
「確認するけど、身の安全は保障できない。それでもいいの」
「覚悟の上だ」
「わかった。ついてきて」
互いの立場がはっきりしたことで、竜王は活気づく。こういう所が子供なのだな。
「警察か。俺にはコネがある。親戚の親戚の先輩の盆栽仲間が警視総監なのだ。大船に乗ったつもりで任せておけ」
「君は時々遠い世界の話をするけれど、どんな教育を受けてきたのやら」
「どんなと言われても、自活しろと十五の時に家を追い出されてな。半導体の研究特許で一財産拵えたから生活は困っていない」
「人と違った人生送るとそうなっちゃうんだ、なんか悲惨……」
竜王は同情したように俺の頭を撫でる。馬鹿にされてる気もしたが、打ち解けきたと捉えるようにしよう。
「でも、警察に用はないかな。潜るのはVAFの中」
「またゲームか。堂々巡りになっているが大丈夫か」
竜王が階段の最上段に片足をのせる。その瞬間、風がやみ、空気が変わった。
「君は私が別の世界から来たって言ったら信じる?」
「どういう意味だ」
竜王が片足で地面を踏み切り、スケートのジャンプめいた高速回転を見せた。そして背中から身を投げ出すみたいに階段へと落ちていった。
「論より証拠。私を信じてついてきて」




