竜王との対面
夕日が目に痛い。
目的地に向かう道すがら、浴衣姿の人々をちらほら見かけた。
道に点在する神社の赤い幟を頼りに進んだ。提灯の明かりに照らされた鳥居が見えてくると、下腹当たりが落ち着かなくなった。
神社付近には木々が生い茂り、濃い陰影を作っている。
俺の住むマンション付近はビルが多いと思っていたが、意外なほど自然の景観が残っている。
地元なのに土地勘がない自分に呆れる。コンビニ以外で外出するのは一ヶ月ぶりくらいだし、平生、学校と家の往復にしても電車に乗るだけなので徒歩で移動する距離はたがかしれている。
俺を呼び出した者はリアルで顔を会わせようと言ってきた。ほとんど面識もないのに大した度胸だと思う。
しかも俺の地元にある神社の境内を指定してきた。偶然とは思えない。どうして俺の住所が割れているのかも含めて問いただすことは山ほどある。
今日は年に一度の祭りとあって、人の流れが賑々しい。屋台に足を止めることなく、俺は境内を進む。
階段を上りきるとお社があり、そこに一人の人物がいた。
「お前が、竜王か」
俺の問いに、相手はかすかに頷いた。
二
俺を呼び出した相手は、一般の祭り客と同じく浴衣を着ていた。夕顔の落ち着いた柄が、静かな自負を感じさせる。
他に目を引く点といえば、細い手足に巻かれた包帯と、バギーのような外見の車いす、素顔を隠す戦隊もののヒーローのお面だ。
「驚いた。まさか本当に来るとは思わなかった」
冷ややかで、他人を見下すような声が俺に突き刺さる。近くの木に止まっていた蝉が驚いたような羽音を立てて、飛び立った。
「その言い種はないだろ。そっちから呼び出しておいて」
「そうだったね。でも来ると思わなかったのは本当。女の子を泣かせるような奴がいけしゃあしゃあと表を歩けるのかとね」
意味のわからない挑発に感情を動かされるほど俺は繊細ではない。そして黙ったままでいるほどお人好しでもない。
「すまない。竜王が女性とは知らなかった。君を知らないところで泣かせたとしたら謝る」
「はあ!? 何勘違いしてんだ、私じゃない。エチカを泣かせただろ」
エチカとこいつがどう関係してくるのか未だ読めない。こいつが本物の竜王かどうかも怪しいしな。そもそも竜王が何故でばってきたのかも不明だ。
「泣かせたか……、確かに俺は罪作りな男ではあるな」
「君、結構面倒くさいね。エチカに聞いてたのとなんか違う」
竜王は額に手を置いた。こいつの髪、細くて猫っ毛だ。
「竜王は、エチカとどういう関係だ?」
「親友。君よりずーっとずーっと長い時間を過ごしている」
胸を張って、自分の優位を誇示してきた。俺は別に張り合うつもりはないから、涼しい顔で流すのみだ。
「それはともかくエチカは無事なのか? 差し支えなければ教えて欲しい」
竜王は一度逡巡する気配を見せた。秘匿に値する案件が絡んでいると匂わすかのように。
「知ってどうするの?」
「無事なら別に構わない。俺に愛想が尽きたというならそれも良し。男子は女子の非を責めないものさ」
「何それ、エモい。そうやってエチカを口説いたの」
女子中学生のような反応が初々しい。だが、物怖じしない幼さも時に武器となるようだ。俺はつい引き込まれるように竜王に近寄っていた。
「口説いた覚えはない。エチカは単なるゲーム仲間だ」
「それ、本気で言ってる?」
いきり立った竜王が身を乗り出し、どういうわけか一触即発になった。
「エチカは俺について何と言ってる」
「二股をかけた最低の男」
思わず笑みがこぼれる。俺と竜王は本当に同じ人物について話しているのだろうか。自信が持てなくなってきた。
竜王も同じ気持ちになってきたらしい。声の調子を和らげた。
「二股をかけたのは本当なの?」
「それはない。俺には先月まで付き合っていた相手がいたが、今は距離を置いている。エチカのことはさっき話した通りだ」
俺は全てのカードを開示し、最終的な判断は竜王の手に委ねられた。さて、判決はいかに。