ガチャに縋る
マンション下にあるコンビニでマネーカードを買った。ネット決済をする選択肢もあったが、俺の覚悟を見せてやりたかったのだ。
「待ってたよ、この時を」
部屋に戻ってVAFを起動すると、アテナが赤い袴の巫女姿で幣を振っていた。背景も神社の境内のようなグラフィックに変化している。
「やる気だな、アテナ」
「当然だよ、ショータ君がやる気になったんだもの、アテナも本気だよ」
俺は愚行を犯そうとしているのかもしれない。だがエチカに近づくにはこれしかないのだ。
「一万円分だ! これで限定ガチャを頼む」
俺は買ったばかりのマネーカードをアテナに読み込ませる。
ご多分に漏れずVAFにもガチャと呼ばれる投機的なシステムが導入されている。
一定の金額か、マテリアという石を引き替えにして、アイテムと交換できる。
交換できるアイテムはランダムで決まり、稀少性が高いものほど出現確率が低い。人間の射幸心を必要以上にあおる仕組みとなっている。俺はこれまでガチャを忌避してきたが、ここで足踏みをしていられない。腹をくくった。
「お布施ありがとう。いつでもいけるよ」
アテナは中央だけを切り取った木箱を手に持っている。画面をタッチしてくださいという表示が出たのでそれに従った。
「あんんっ! だから胸触っちゃ」
アテナがのけぞった画像を残し、ゲームが静止した。ナウローディングの表示が数秒出た後、肩を怒らせたアテナの画面に切り替わる。
「むうううん」
箱を握りしめてアテナがうなっている。俺は結果が知りたくて、画面をタッチしたが反応がない。
「結果は?」
「その前に言うことがあるんじゃないかな?」
アテナは胸の件を根にもっている。俺の不注意でもあるのだが、かといってどこを触ればいいというのだ。
「すまん、今度から唇にするようにする。だから」
「もっと駄目ー! えーん! お父様に言いつけてやる。ショータ君のばかー」
強権力をちらつかせれば俺がひるむと思ったか。浅はかな女よ。
「いいのか。お前の職務怠慢をちくるぞ」
「……、さっきの抽選の結果だけれど」
泣きじゃくっていた顔からうってかわって事務的な顔に戻った。俺としたことがセクハラをもみ消してしまった。後で埋め合わせしなければ。女に振り回されるのも男冥利と言うが誉められたことではないからな。
アテナは四つ折りの紙を開いて俺に見せた。
「ハズレ。六等のティッシュになります」
アテナの光のない目からして期待は薄かったが、何故にティッシュなのか。
「ティッシュって何に使うんだ」
「知らない! そんなのアテナに聞かないで」
どうしたことか感情的に俺の質問を拒む。
普通に考えて一万円のティッシュなどコスパが悪すぎるから訊いたのだが。しかも現実ではなく、ゲーム内のアイテムとなると運を呪うしかなくなる。
「それこそ職務怠慢だぞ、アテナ。お前は俺にティッシュの用途を説明する義務がある」
俺が正論で追い込むと、ひぃ、とか、やだぁもう、とか、逃げる素振りを見せたが結局は教えてくれた。
「お、男の子は一杯使うでしょ? アテナ、暇さえあればエゴサーチしてるから知ってるんだゾ」
「俺は花粉症でもないし、風邪の類とも無縁な人生を送ってきた。恒常的ユーザーとは言えないが、他の奴は違うのか?」
アテナはますます顔を赤くしてうつむく。
「知らない知らない知らない! これ以上アテナをいじめないで。ショータ君のばーか」
アテナが画面から消え、同時に神社のグラフィックも消滅した。
ティッシュ×99を手に入れましたという表示にため息が出る。先は長い。気持ちを切り替えねば。
俺がガチャに手を染める気になったのは、自分の力不足を痛感したためだ。
今のままではあのカタツムリには勝てない。万一、エチカを奪い返すにしても、力がなければ同じ徹を踏むだけだ。その点、新たに実装された武器、童子切り安綱というレアアイテムは分かりやすい目標になってくれた。
「俺は前進しているんだ、そうだろう?」
結局、一ヶ月で課金額は三万円を超えた。レアアイテムさえあればあいつに勝てると、甘い幻想にしがみついていたのかもしれない。現実でもそんな都合の良い話はないのに。
努力していない自分を認めるのが癪だった。VAFで覇を唱えるつもりだったのが、カタツムリに苦戦しているなど数ヶ月前には考えもしなかった。
今の俺ではエチカに顔向けできない。いつから俺はこんなに惰弱になった? 無力さは噛みしめると癖になる
このままアカウントを削除してひっそり消えてしまおうか。非生産的な考えがちらつき、ログインとログアウトを繰り返していた矢先、あるメッセージが届いた。
「エチカのことで話がある」
件名にそれだけ書かれており、添付データには地図が記されていた。
宛名にそっけないハンドルネームが光る。俺は慌てて出かける準備を始めた。




