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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
花盛りの君たちへ〜ニーベンルデン血戦編〜
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成り損ない

 

 カトーはグラナダの一等ホテルのラウンジで拘束された。拘束時、現地のレストラン支配人と商談中だった。


「お騒がせして申し訳ない。この埋め合わせはいずれ」


 彼は武装した兵士に連行される際も、商談相手を和ませるような笑みを浮かべていたという。


 Drカトー。医師であり、冒険者、実業家。恰幅がよく人当たりの良い紳士で、グラナダで彼を悪く言う人は少ない。


 しかし、裏で彼が教皇の良き相談相手という名目で政治を動かし、自分の目的のために無辜の兵士を死に追いやったという事実はぬぐい去れない。


 拘束の理由は扇動罪、多数の暴行傷害、殺人、脱税、密輸の罪、それらもほんの氷山の一角だった。 


 他にも他国から山ほど逮捕状が出されており、賞金総額は七億フラーとされている。これは現存する手配書の中で最悪のものだ。


 グラナダの拘置所に連行されたカトーは大人しく牢に入り、連盟に派遣されたA級冒険者たちに監視されることになった。


 拘束している側も気が気でない。カトーが全く抵抗しないのが不気味だ。何か企みがあるのではないかと勘ぐる者がほとんどだが、牢は冒険者の異能を封じ込める特殊な仕掛けが何重にも施されている上、牢自体も非常に頑丈にできていた。


 四方を透明な板に囲まれたカトーは目隠しと、黒い拘束マスク、手錠足かせをされ、椅子に座らされていた。


「今、何時ですかな」


 ぴったり五分間隔でカトーが口を開くが、周囲を監視する者は誰一人答えない。返事をすることで何らか暗示のトリガーになる可能性があるためだ。


 カトーがどんな能力を持っているか誰も知らない。情報通の女王蜂ですら知らないのだがら、他の誰かが知っているはずもない。


「どなたか、儂と取引しませんか」


 沈黙。


 時折、配置が入れ替わる靴音が室内に響いた。一時間も経っていないのに、誰も彼もが憔悴した顔をしていた。外からの襲撃にも備えなくてはならず、神経をすり減らしていたのだ。


「西南西のお嬢さん。呼吸が乱れていますな。少し休まれてはいかがですか」


「おい! 勝手に喋るな!」


 すぐさま鋭い怒号が飛び、カトーは肩を落とした。指摘された女性は吐き気を堪えるのに必死だった。相手はVAFの生ける魔王と呼ばれている男だ。彼女も自分の力を過信していたわけではないが、ここまで圧倒されるとは思わなかった。


「失礼。職業柄、苦しむ相手を放ってはおけません」


「そりゃそうだ。人の苦しみを糧に生きてきんだものな。見なくてもわかるわけだ」


「そうです。君たちの怒り、絶望、恐怖、手に取るようにわかりますよ。だからもうやめにしませんか。儂を解放してくれたら命だけは助けてあげます」


 今やどちらが虜囚かわからなくなってきた。退路を絶たれ、幾重にも拘束を受けてなお勝利を疑わない男に、拙い結束が崩されようとしている。監視の冒険者は手だれとはいえ、複数の組織から集められていた。義憤、報酬、興味、それぞれ目的は異なり、足並みが揃っているとは言い難い。


「儂はどちらでも構いませんがね。時間切れです。君たちにはお別れを言わなければなりません」


 突然の最後通牒に、冒険者たちは身構えるがもう遅い。


 カトーの背後に蟠る闇が濃くなり、凍えるような風が吹き荒れた。


「おい、どうなっている! 能力は封じているはずじゃ……」


 カトーを囲む壁がはじけとび、冒険者たちも衝撃で外壁に叩きつけられた。建物の壁の一角が崩れ、穴が開いた。


 粉塵が晴れると、哀れな冒険者たちは直視し難いものを目の当たりにし、震え上がった。


 漆黒の肌をしたトカゲのような生物がカトーを守るように出現していた。石榴色の赤い目が三つずつ左右に並んでいる。S字型にくねらせた尻尾を含め、体長は五メートル以上ある。カエルの声のような振動音を口から発していた。


「魔竜アジ・ダハーカの眷属です。本物を呼んだらグラナダごと平らげてしまますからな。君らにはこれで十分でしょう」


 竜の鋭い鉤爪が、冒険者を二名を一瞬で屠る。助命を請う悲鳴を上げながら、丸飲みにされる者もいた。虐殺から逃れられるものは誰一人いなかった。


「西南西にいたお嬢さん。今は北にいますね」


 怖いほどやさしい声が、ぴたりと居所を言い当てた。


 瓦礫の陰に身を潜めていた女性冒険者の顔を、竜の細長い舌がねぶった。強烈な悪臭と死の予感に意識を失いそうになる。


「ま、魔王……」


 か細い声を聞いたカトーは、にんまりと笑った。


「儂はそんなに大それたものじゃない。勇者の成り損ないですよ。君たちと似たようなものだ」


 唯一の生き残りの冒険者にロックを解除させたカトーは、紫の蝶ネクタイを締め、ジャケットに袖を通す。頭に山高帽を乗せれば似非紳士の完成だ。


「ロックは解除したんだからもういいでしょ!? 命だけは助け」


 不用意に口を開いた冒険者は竜に上半身を食いちぎられ、へたるように下半身が床に転がった。カトーは死体に苛立たしい視線を向ける。


「時間切れだと言ったでしょう。最近の若者は時間にルーズで困る」


 役目を終えた竜は、壁と壁の隙間に潜り込むようにして消えた。


 崩れた壁の向こうは小部屋になっており、行き止まりだ。元いた部屋の扉を素手でひっぺがした先には狭い廊下になっていた。天井には監視カメラもある。


 そこに足に踏み入れた途端、勝手に回線が開いて脳裏に声が再生された。FGから骨伝導で音声が届いている。


「どんな手品使ったクソ爺」


 口汚い女の言葉に、カトーは頬を緩めた。


「特に何事もありませんでしたよ。この程度、儂にとってはティータイムの時間となんら変わりませんな」


「そこにいるってことは牢から出たんだね。無駄なのに。あんたはもう終わりだよ」


 カトーの白い眉が少し痙攣した。


「終わりなんぞありませんよ。儂は明日も明後日も社会に貢献するために働きます。君はどうです、女王蜂」


 会話が途切れる。カトーは辛抱強く待った。これは戦争だ。どちらも自分から引き下がることは決してない。


「貢献だと? 城主をばら撒いてる奴の言うことじゃないね。この悪党が」


「よく言いますね。君も儂と同類ではありませんか。幼い女王を騙し、戦火を広げた。そんなにあの鉱山が欲しいですか。そんなだから妹さんも離れてしまうんですよ」


「論点をそらすんじゃない。てめえが犯した罪は償ってもらう」


「全てが終わった暁には咎を受けましょう。でもそれは今ではない」


「いいや。もう手遅れだよ。あんたは全ての国と冒険者を敵に回した。教団の他の奴らも総力を上げて根絶やしにしてやる」


 女王蜂の強気な一言は、カトーの自負心に火をつけた。息を深く吸い込み、鬼のような形相で怒鳴りつける。


「いいかッ! 儂が集めた精鋭は、仲間は……、こんなことではやられんのだ。面と向かって殴り合いもできねえ腰抜けが、儂らに喧嘩を売ったこと後悔させてやる。首を洗って待ってろ!」


 途中で通話は切られていた。カトーは舌戦に勝利したことに満足し、大股で通路を闊歩し始める。


 わざと捕まったことで、敵のセキュリティーレベルはおおよそ把握できた。これ以上のものを用意できるとは思えない。熊蜂に情報を送り、合流を計る。


 彼はこの戦争に勝てると確信していた。

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