大馬鹿共
「リリスちゃんは本当に新しい神になるつもりかもしれない」
悪鬼島に上陸する直前、FGで女王蜂に連絡を取った。何らかの電波障害が発生しているのか、ノイズが混じって声が聞き取りづらい。穏やかだった海も波が高くなり、船の揺れが激しくなった。
「ショウちゃんが言ってた神官の役割 ザー……もしアテナちゃんに、そういうことが可能ならだけど」
天候を操る時点で規格外の存在だ。それ以上の力を得て何になる。考えたくないが、自分を切り捨てた世界への復讐か。
「怒らないから教えてくれ。竜王が籠もってからもあんたはあいつと接触していたな」
島には竜王以外の人間もいる。誰かが援助していたとしか考えられない。それが可能な人間は限られる。
「友達は裏切れないからね。あの子は精一杯やってたんだ。あたしはリリスちゃんや他の馬鹿を嫌いになれない」
女王蜂は甘い。島から立ち上るこの圧力を前にしたら、同じことは言えないだろう。あいつは確実に俺たちに牙を剥く。
「ショウちゃんはどうするの? リリスちゃんを殺す?」
「そこまで面倒見てられるか。俺はアテナを助けられればそれでいい」
「帰ってくるんだよね?」
心配する声に涙があふれそうになった。あんたは変な所で優しすぎるんだ女王蜂。そのやさしさをクマに少しでも分けてやれればいいのに。
「そろそろ切るよ。何から何まで世話になった。本当にありがとう」
一方的に通信を切り、瑞角たちに向き直る。二人は海に沈んだエチカを引き上げ救命措置を施していた。
「これから島に上陸する。お前らはここで待て。一時間で俺が戻らなかったら帰っていい」
返事を待たず俺は島を目指すことにした。島まで一キロはありそうだが、壊れた船を足場にすれば届きそうだ。
「待てよ」
瑞角が低い声で俺を引き留める。
「僕らは足手まといだっていうのか」
「そうだ。足だって震えてる」
俺の足も震えている。距離があるのにこの様だ。上陸できるかも不安になってきた。
「命じて下さいよ。地雷ぐらい探り当てられる」
「死んでどうなる。俺が喜ぶとでも?」
怒りをぐっと堪え、瑞角は苦しそうに笑って見せた。
「喜べばいいじゃないですか! あんたそういう奴なんだろ。そうじゃなかったら、僕らの立つ瀬がないんですよ!」
俺は二人を交互に視界に入れる。出会いは最悪だったし、今でも腹に据えかねることはあるが、頼りになる奴らだ。
「そういうクソ野郎でも仲間が死ぬのは嫌なんだ。わかってくれよ」
黙っていた瑞鳳が急に立ち上がり、俺の肩に腕を回してきた。
「仕方ない。こんな馬鹿でクソ野郎は放っておけないよ。そうだろ、瑞角」
「ああ、そうだな、瑞鳳。僕らがついていかないと駄目みたいだ」
馬鹿とまでは言っていないが、まあいいだろう。こいつらも大概大馬鹿だ。
沿岸からせり出すように寝殿作りの神社が建てられている。これが八重頭神社か。鳥居には三百年前の日付と椿死十朗寄贈と彫られている。
浜辺に降り立った俺たちを迎えたのは、またも見知った顔だ。
「次はお前か。退くか、死ぬか、選べ」
岩場に腰掛けていたのは、花菱烈華。俺の警告を前にしても、不敵な顔で笑っていた。
「本来そういうのはこっちの台詞なんだがな。先に言われちまったか。いいぜ、通りなよ」
降参が早すぎる。好戦的な花菱の言葉とは思えない。かといって策を弄する手合いでもない。瑞角が哀れむような眼差しを送る。
「貴女も堕ちる所まで落ちましたね。今は番犬ですか。それすら完遂できないとは情けない」
「否定はしねえが、勘違いすんなよ。通れって言ったのは無駄だからだ。あの神社に入った奴は誰だろうと死ぬ」
誰かが唾を飲み込んだ音がやけに大きく響いた。
「どっちにしたってここにいたらあたしも死ぬんだ。戦う意味がないと言ったのはそういうことさ」
「らしくないな。そんなに新しい神が怖いか、花菱」
俺が挑発すると花菱の頬に赤みがさし、腰を上げそうになった。が、思いとどまったのか座り直す。
「もうあたしの言葉はリリスに届かない。ダチが苦しんでるのに何やってんだろ」
逃げることもできず、さりとて戦うこともできず、こいつの戦士としての誇りは地に落ちた。竜王も残酷なことをする。
「感傷に浸りたいなら、ずっとそこに座ってろ。だがな、友情に報いる方法は他にもあるぞ。エチカが俺たちの船にいる。連れ帰ってくれないか」
「あたしに生き恥晒せっていうのかい。それならいっそ殺してよ」
「駄目だ、許さない。お前とエチカはずっと罪を背負って生きるんだ。俺は仏だからな。お前らが無様な逃げ方をしたら地獄に叩き込んでやる」
安易な死は贖罪に値しないと告げると、花菱はゆっくり腰を上げ、頼りない足取りで浜辺を歩いた。
親しかった瑞角が何か言いたそうにしていたので、肘で押してやる。
「あ、花菱烈華……、お元気で」
花菱は肩越しに振り返り、片手を上げた。
「良い男になったじゃん、瑞角。今度会った時、借りた金返すから、絶対帰ってきなよ」
二人の関係性を俺はよく知らない。傍から見れば姉と弟の別れのようだった。
「未練があるなら一緒に戻ってもいいぞ」
「ないですよ、そんなの。ほら、行きましょう」
鼻をすすった瑞角が、率先して社殿に向かう。俺が本物の仏なら、二人を気絶させて花菱に運ばせるべきだった。俺はまだ事態を楽観視し過ぎていたのだ。一番の馬鹿は俺だった。




