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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
りゅうおうのおしごと
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竜王崩し

 


 その世界では速度が一定だったので、落下速度を計算して、枝から落ちるリンゴを手に取ることができた。


 気温は二十一度、太陽を作ったものの、分厚いオゾン層のせいでオゾン臭い。


 リリスが暮らす世界はそんな場所だった。甘露を湛えた池には蓮の花が浮いている。


「食べないの?」


 リリスに勧められたリンゴを、アテナは拒んだ。


 この世界の植物は色良く熟し、得も言われぬ香りを放つが、耳をすませてみると無念の囁きが聞こえてくる。


 タスケテ…


 コロシテ…


 ココカラダシテ…


 彼らは犠牲者の成れの果て。八大竜王の力を持つリリスの逆鱗に触れれば、もれなく姿を変えられてしまうのだ。死ぬこともできず、永遠に…


 二人は池の側のあずまやに腰を下ろした。アテナはうなだれ、ヴェールのせいで表情は伺えない。


 リリスは長い黒髪を束ねた巫女姿で、リンゴに歯を立てる。


「これで条件は整った。六百六十六の生け贄とこの神域において私は新しい神となって、古き竜を打ち破る。あとは貴女の承認だけだよ、アテナ」


 アテナは背中を震わせている。ヴェールを上げてみると、笑いを噛み殺していた。


「……、なに笑ってんのよ。花に変えてあげましょうか」


「だって、リリスちゃんがおかしなこと言うものだから」


 リリスは、怒りにまかせてアテナの肩を揺さぶった。


「話が違う! ××がこうすればクロヴィスに勝てるって言ったのに。だから私ずっと我慢して」


「うん。××は嘘はついてない。今のリリスちゃんならお父様に勝てるだろうね。でもそれこそがお父様の望みだったんだよ。箱船の神子の器として成長するのをずっと待っていたから」


 焦りで脂汗を流しつつ、リリスは膝を拳で叩いた。


「みんなで私を騙したんだ。クソッ! 殺してやる」


 アテナの庇護者であるクロヴィスは、三年前リリスを殺すと宣言し、そのため自衛のために神社にこもったのが、完全に裏目に出た。もはやリリスの味方をしてくれる者がこの世界にいるだろうか。賞金をかけさせ、孤立させたのもその下準備だったとしか思えない。


「ねえ、見て。いいでしょこれ」


 アテナがよく手入れされた指を見せびらかした。薬指にダイヤの婚約指輪が光る。


「ショータ君に買ってもらったの」


 捨てたはずの羞恥心が、リリスの頬に赤みを差させた。それを隠すように手で覆う。


「は? のろけ? そんなの今関係……」


「アテナはね、ただただ、ショータ君のことが心配だったの。それをずっと伝え続けてたら」


 壊れちゃった。


 どんどん我が身が可愛くなって、アテナを失うことが怖くなって、戦うのが怖くなって、お酒に逃げて、アテナに逃げて、逃げて、弱くなった。


「でもアテナは嘘は言ってない。ショータ君が大事な気持ちは本当だよ。それでもリリスちゃんは、こんははずじゃなかったって言い続けるの?」


 アテナを追いつめていたはずが、今やリリスが糾弾される側だった。


 これまでももし、ショータがいてくれたらと、リリスは思わないではなかった。何の見返りも求めず、この世界まで追ってきてくれた。彼に甘えたくなかったからこそ自分から関係を断ち切ったのに、甘えは依然存在していた。最後の希望を砕かれ、リリスの心は瓦解した。


 最強の冒険者が、たった一本の指に完敗した。その手腕を隠していたアテナにリリスは慄然とし、目を見張った。


「まんまとしてやられたってわけか。そのためにわざわざ足を運んでくれるなんて私がそんなに怖い?」


「違うよ。リリスちゃんに訊きたいことがあって」


 ここまでとうとうと話していたアテナの口が急に重くなり、リリスは怪訝に思った。


「リリスちゃんは、ショータ君のことを愛してるでしょ? アテナは愛がわからないのです。式を上げる前にそれじゃ困るなあと思って。ねえ、愛してるってどういう気持ち?」


 放心状態に近かったリリスを、さらなる衝撃が襲う。限界に近い理性さらに追い込む叫び声があふれ出た。


「ええーっ!」

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