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19:全部を捨てよう

「椎華ー。

じゃあ、仕事に行ってくるモナね」


「はい。

行ってらっしゃい」


モナーさんを笑顔で見送ると、私は一人では広すぎる部屋を眺めた。

この家で暮らし始めてからも、今だに慣れない。

中に何人か家政婦さんが居るが、それでもつまらないし、広すぎる。

十年前にあった、二ヶ月と二週間の楽しかった期間は今でも忘れていない。


「奥様。

小野さんが、いらっしゃいましたが…?」


「……客室に通しといて」


「了解しました」


ニコリとも笑顔を出さないあのメイドは、冷めた態度をとるがなんだかんだ可愛い子だ。

私はアヒャにあうために、客室に足を運んだ。


「よぉ。だいぶ会わないうちに老けたな」


「それは、私が一番言いたい台詞なんだけど?」


アヒャは、ヒャヒャヒャと相変わらずな笑い声をあげる。


「……恵美さん、最近どうですか?」


「ん?……あぁ、ピンピンしててウザいくらいだよ。

こないだぶっ倒れたのが、嘘みたいだ」


アヒャの言葉に頬が緩んだ。

先月恵美さんが、倒れてからアヒャが家に来ることも無くて、心配だったからだ。

原因は、確か過労だったような。


「……あのさ…まだ…大丈夫?」


「……あぁ。

いつなるか、わかんねぇんだよな。

でも、まだまだ先じゃねぇか?

いろいろとはっきりしてないこともあるからな」


アヒャは、左目の傷をなぞるように触った。

安心して、ため息をつくとアヒャが私に尋ねる。


「お前、もしかして……キスもまだ出来てねぇのか?」


「うん……。

今は、十年前のあれがトラウマって言ってるけど……そんな事ないし、そもそもあの人嫌いだし」


コーヒーを飲みながら、嫌悪感を丸出しで言う。

アヒャは、禁句を言ったかと思ったのか苦笑いになった。

お互い、無言の時間が流れる。

気まずくなったのか、アヒャがキョロキョロと視線を泳がす。


「そうだ。

私、今日の午後出掛けるんだけど、一緒に来る?」


「いや、悪いが俺は俺で新しい仕事があるんでな」


「警察は、忙しいねぇ」


私が笑うとアヒゃもニヤリと笑った。

アヒャは、椅子から腰を浮かすとこちらを見ることなくドアを開けて出て行った。

アヒャとは定期的に連絡をとっているが、こうやって話すのは二年振りだ。





特に行く当ても無くフラフラと歩き慣れた道を歩く。

大きな時計塔の近くに子供たちが何人も集まっていた。

なんだろうと思い見てみると、スーツを着崩して、顔にピエロのお面をつけている男性らしき人物が、子供たちに風船を配っていた。

黄色の風船が一つ欲しくて、ピエロに近づく。


「すいません。

大人でももらえますか?」


ピエロは、一通り子供に配り終わるとこちらを振り向いた。

お面の内側では嫌な顔をしているのだろうか。


「いいですよ。

何色が良いですか?」


「黄色の風船が良いです!」


黄色の風船を指差して、子供のように言ってしまい、恥ずかしくなって俯いた。

ピエロは、ケラケラと笑った。


「はい。どうぞ」


「……あ、りがとうございます…」


風船を受け取った。

もらった風船をじぃっと見つめていると、横からピエロさんの目線を感じた。


「私…子供っぽいですよね。

自覚してるんですけど…」


「いえいえ。

良いんじゃないですか?」


お面ごしに、笑うような声が聞こえる。


「あ、そうだ。

暇なら、ちょっとそこのベンチで話しませんか?

貴方、誰かに話を聞いて欲しいって顔してますよ」


「うぇっ!?

………じゃ…じゃあちょっとだけ…」


確かに、今の気持ちを整理したいとは思っていた。

でも、そこまで顔に出ていたかな。

と思い、自分の頬をさすりながらベンチに向かう。

私がベンチに座り隣を見ると、ピエロは風船をベンチにくくりつけていた。

それが終わると、隣に座った。

横顔は、顔が見えそうで見えないが黄色の毛色から、彼と同じ種族なのかと勝手に想像する。


「もう二度と会わないと思って話して良いですか?」


「えぇ。良いですよ。

今日限りで会わないでしょうね」


私は大きく息を吐くいてから、正面を向いた。


「私は……好きな人が居るんです。

でも、その人は私が会うことの出来ない場所に居るんです」


「でも、貴方…結婚してますよね?」


ピエロは、私の左手の薬指を指す。

そこには確かに指輪がある。

私はそれを隠すように、右手で包んだ。


「結婚……してますよ。

ただ、好きじゃない人なんです。

私…その人嫌いなんです。

悪い人では無いんでしょうけどね…」


「……ふぅん。

好きな人を諦めた方が良いんじゃないんですか?

だって……もう、会えないみたいなものじゃー」


「やめてください」


俯いたまま言うと、ピエロは言葉を止めた。

話を聞いてもらってる身だけど、そんな事は言われたくなかった。

諦めてしまう事なんて出来ない。


「失言でしたね。

失礼しました」


「あ……いや…こちらこそ…」


ピエロのお面ごしの視線を避けるように違う方向を見つめる。


「実は……僕も好きな人が居るんですよ?」


「え?」


思わず顔をあげると、ピエロのお面と目が合った。


「僕は、二度と会えないんだなと悲観的に思っていました。

むしろ、会わない方が良いって思ってました。

でも……」


「でも?」


強い風が吹いて、私の視界を遮らせる。

目を開けると、お面が飛んでしまったのか、素顔の人が居た。

どこかで、見たような懐かしくなる顔。


「あっちまうと、どうでも良くなるもんだな」


「モラノ!?」


お面をつけていた時と打って変わって、笑い声すら出さないしかめっ面のモラノが居た。


「な…なんで!?

だって…死刑じゃ!?」


「そうだ。その刑罰だったが、逃げてきた」


そ、んな無茶苦茶な。

そもそも、脱獄してきたなら服とか…なんでスーツきてるのよ。

あうあうと、焦っている私の頭を優しく撫でる。


「ガキ」


「やだ」


「……女?」


「もっと、嫌!」


「椎華」


「……」


始めて名前で呼ばれて、恥ずかしくなって顔を下に向けるが、モラノの手がそれを制止させた。

モラノの左手が顎につけられて、顔を無理矢理あげられた。


「椎華。

好きだ」


「……私も…その…モラノが。

好き…だよ?」


あぁ、もう。

頬が熱い。

きっと、顔全体真っ赤なのだろう。

だってモラノの顔が少しだけにやけてるんだもん。

私は周りに誰も居ない事を確認した。

この時間は、人通りが少なくて助かる。

そして、お互い目線を合わせた。

なんとなく、目を閉じると口元に温かいものが触れた。

思わず目を開けると、そこにはまるで反応を楽しんでいるかよように目が笑っているモラノの顔があった。

モラノは、顔を離すと少しだけ頬を赤らめた。


「……ねぇ、モラノ」


呼びかけに、目線をそらしていたモラノだが、こちらに目線を合わせた。


「また、私を何処かに攫ってよ」


「はぁ?」


ベンチから、立ち上がるとモラノの前に立ち、膝に両手を乗せた。


「私を攫って」


「…………」


ポカンとこちらを見ていたが、決意したように口元を緩ませた。


「左手」


「え?」


モラノから差し出された右手の上に左手を置く。

すると、私の薬指から指輪を外すと、意地悪く笑う。


「これ、いらないだろ?」


「……当然!」


私の返事を聞くと立ち上がり、近くの池に投げた。

チャポンッと音を立てて、指輪が沈んだ。

私の左手には、もう何も着いていない。


「さて。

どうやって連れてくかな」


「今すぐ!

って言いたいけど……今度こそ捕まったらモラノヤバイよね」


「ん?あぁ。まぁな」


「でも…。

今はまだ一緒に居てくれる……でしょ?」


わたしの言葉に言葉では無く、頭を撫でて返事をした。

ベンチに二人とも座り、モラノはお面をつけた。

私は、モラノにしがみつくように抱きつくと目を閉じた。

あの、家の匂いがした。


「あの時の言葉…私のためかも知れないけど…嫌だったよ?」


「う…。

いやなぁ……俺の事嫌ってくれた方が楽だろ?お互い」


「……ばぁか」


顔を上げて、モラノの表情を見たくてもお面をつけているので、全くわからない。


「だいたい、どうやって出てきたのよ」


「それは、秘密」


私の口元に人差し指をつけた。

それだけで、聞く気も失せてしまう。

手を離すとモラノは、私に背を向けて歩き出した。


「ちょ…ちょっと。

どこ行くの?」


「どっか」


「……なーにそれ」


「……」


モラノは、振り返った。


「行くだろ?」


「もちろん!!

私を置いて行ったら怒るからね!」


私が隣に並ぶとゆっくりとした歩調で歩き始める。

空いている左手をチラリと見て、自分の空いている右手を絡ませる。

空はあっという間に暗くなってしまい、きっとそろそろモナーさんが帰って来るだろう。

そしたらまた、大騒動になったりするのだろうか。

隣のモラノの顔を見ると、そんな不安も後回しで良いか、なんて思ってしまう。


「ねーねー」


「なんだよ」


「ピエロの時の性格、もうやんないでね」


「なんでだよ…」


「ふふ。

気持ち悪いから!」




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