語らい
こほん、とハヤトが咳払いをした。ワカ、と諌めるように名を呼び掛けると、ワカは平静を取り繕っていらう。ワカを睨みつけていた勲も、ふん、と鼻を鳴らして視線を外した。
そのまま顔を背けるようにして二人は足早に水辺を目指していく。後を追うように歩くシュンテツたちはため息を漏らした。
「男を立てるのが女人の務めだろうに」
シュンテツが呆れ気味に言う。ハヤトは困ったように首をひねった。
「普段はこんなに意固地でもないのですが……どうにもここ最近、随分気を張っている様子で」
シュンテツは眉間に皺を寄せる。
「ふん。重責だからな。年若い女人にはなにかと堪えられんこともあろう。とはいえ、このままならどうなることやら」
部下の喧嘩ならば放っておいてもよいが、片方は剛の者である。看過はできない。
「私から一度申し付けてみます」
「そうしてくれ」
やれやれといった様子でシュンテツは肩をすくめたのだった。
とはいえ、話しかける間もなく、すぐに水場に着いた一行は、束の間の休息を得た。
シュンテツは己の肌を洗い、ワカは布巾と水筒を洗う。残った二人は辺りを警戒し、敵襲に備えていた。
「しっかし、俺も着いていくとは言ったが、分断された状態で敵に襲われたらどうするつもりだよ」
非難がましく勲が言うと、ワカは首を振った。
「あれは単なる斥候でしょう。次に襲ってくるとすれば、シンゴ寺の手前の可能性が高うございます」
「まるで知ってるみたいだな」
勲が詰問するように言うと、ワカは視線を上げた。
「禍の森に巣くう妖怪を打ち滅ぼして頂いたお二人を、無事ご家族の元へと送り返すまでお二人にお力添えすることがわたくしの使命であり天命です。そのためならばいかなる努力も致しましょう」
感情を押し殺し損ねたその声は、悲痛なほどの激情に満ちていた。
「お二人の御身の無事と、使命を全うされてのご帰還こそがわたくしの本願。決して裏切りませぬ。天地天命に誓って」
それは勲にとっては、初めて見た彼女の本音だった。
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四人の足音が聞こえなくなると、そちらの方を見ていた尚吾は首をひねった。
「勲の奴、珍しいなぁ。普段だったら絶対面倒くさがって行かないのに」
心底不思議そうに言う尚吾に、ヒロナリが苦笑する。
「まぁ、あれは……勲様なりに女官殿を気にかけていらっしゃるんでしょう」
「へ、そうなの? あいつ普段女の子に興味なさそうなのに、ワカみたいなのがタイプなのかなー」
一部理解はできなかったものの、明らかに勘違いをしているであろう尚吾の発言を、特に誰も訂正しなかった。
尚吾は得心顔でうなずく。
「でもちょっと分かるかもなー。ワカってクールビューティーって感じだし、ちょっと香澄姉ちゃんに似てるし」
「その香澄様とおっしゃる方は勲様に近しい方で?」
ヒロナリの問いに尚吾はうなずいた。
「俺の従姉でちょっと年が離れてるんだけど、美人で仕事できる女性なんだ。俺も勲もちっちゃいころはよく面倒見てもらったなぁ。一見、ちょっと冷たい感じがしてとっつきにくそうな印象するんだけど、案外面倒見良くって」
「確かに、女官殿に通じるところがありますね」
ヒロナリは再度苦笑した。
「普通は妖怪に遭えば徒人ならば取り乱したりおびえたりするものです。しかしあの女官殿はいち早く妖怪の接近に気付き、符を投げた。女性にしておくのがもったいないほどの実力だ」
「……ヒロナリ殿は、土蜘蛛の接近に気付けましたか?」
それまで寡黙を貫いていたカヅラギという武官が口を開いた。
「いえ、私は面目ないことに全く……カヅラギ殿は?」
カヅラギは無言で首を振った。
「女性の方が勘が働くっていうけど、そういうのかなぁ」
呑気な発言をする尚吾に、まだ祓いが済んでいないマヨリは複雑そうな視線を向けた。