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調和と大地の迷宮  作者: 旅燕
リムフォード編

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26/60

大ネズミ

 大ネズミは地面を掻きながら注意深くこちらを観察している。

 と、イリオスとシグが視線を交わし、頷き合う。

 次の瞬間、二人は別々の方向に飛び出す。正面を受け持つのはイリオス。側面を狙うのがシグだ。

 意図を察したコミティスも目を狙ってその動きを援護する。

 首や背には矢が通らなかったが、流石に目には攻撃が通るだろうと思ってのこと。

 そしてその考えは正しく、大ネズミは明らかに目への射撃を嫌がる。

 とその時、大ネズミの注意の壁を突破したシグが脇腹を刺した。


「ヂヂィ!」


 腹を刺されて暴れる大ネズミ。シグは即座に後ろに下がる。

 と、大ネズミが大きく息を吸う。狙いは……イリオスのいる正面。

 ディーンは咄嗟にブレスを吹き散らそうとする。しかし少し遅かった。


「うわっ!」


 イリオスも避けようとはしたが間に合わず、ブレスを吸ったことで足がもつれて転んでしまう。

 もちろんそこを見逃すような相手ではない。


「ヂヂ!」


 大ネズミはイリオスにのしかかると、イリオスの首に噛みつこうとする。


「くそっ!」


 イリオスは剣を突き出すも……ブレスの影響で狂った身体は狙った場所への攻撃ができない。

 イリオスの悲鳴が上がる。

 何とか身体をよじり首に噛みつかれるのは避けたが、左肩に大ネズミの牙が突き刺さっていた。


「イリオス!」

「っ!」


 ディーンとシグが、イリオスを助けようと大ネズミに斬りかかる。大ネズミはイリオスの上から飛び退く。

 と、そこに一本の矢が飛ぶ。それは大ネズミの左前脚を撃ち抜いた。

 大ネズミは悲鳴を上げてさらに後ずさる。


「くっそ……」

「イリオス、オレの肩を使え!」


 ディーンは負傷したイリオスを前線から下げるために肩を貸す。

 シグとコミティスはそれぞれ大ネズミに追撃を仕掛ける。討ち取るためではなく、撤退をサポートするための牽制の一撃だ。

 大ネズミは苛立たしげだが、左前脚の負傷でうまく動けないためイリオスとディーンの撤退を見送らざるをえない。

 撤退に成功したところで、ディーンは一足早く下がっていたリラにイリオスを引き渡す。


「リラ、イリオスを頼む」

「はい!」

「悪い……」


 が、一息ついた瞬間だった。


「リラ!」


 シグが切迫した声でリラの名前を呼ぶ。

 その言葉にディーンとリラが大ネズミの視線の先を見ると、コミティスが倒れ込んでいた。そこに大ネズミが攻撃をしようとしている。


「っ!」


 コミティスは直撃するよりはずっとマシと判断し、筋力強化魔法を使う。地面を蹴った反動でコミティスの身体が吹き飛ぶ。


「コミティスがブレスを食らった!」


 シグの説明でリラは慌てて治癒魔法をコミティスに向かって放つ。

 壁に身体を打ち付けたコミティスだが、動くのに障りは無さそうだ。すぐに戦線に戻る。

 もちろんディーンも、急ぎそれに続く。



 大ネズミは左前脚の負傷で明確に動きが悪くなっている。

 しかし、決定的な一撃は与えられない。

 イリオスが欠けたこともあるが、それ以上に壁を背にされているのが厄介だった。後ろが詰まっているので、人数を活かしにくい。

 大ネズミの右手がシグに伸びる。ちょうど斬り込んだ直後で体勢が悪かったものの、彼は咄嗟にバックラーを突きだして捕まれるのを回避した。バキッと音がして、木板に革を張ったバックラーが割れる。

 一方、ブレス攻撃を何度となく防いできたディーンは、頭の奥に鈍い痛みを感じ始めていた。魔力の限界が近い。


 ――まずいな、これは……


 コミティスの矢は無限にあるわけではない。シグだって、疲労が溜まってきているはずだ。

 膠着状態となった戦場で、ディーンは判断を迫られていた。

 と、その時だった。


「みなさん、イリオスが戻ります!」


 リラの声にディーンは一瞬だけ視線を飛ばす。


「もう大丈夫なのか?」


 隣に並んだ幼馴染にディーンは声をかける。


「おう! ……あんまり力、入んないけどな」


 それはつまり、噛みつかれた左肩から先……左腕に力が入りにくいということだろう。

 イリオスは両手でしっかりと力を込めて剣を振るスタイルだ。利き腕ではないとはいえ、負傷したのは厳しい。見ていると確かに剣の振りが鈍い。

 ディーンは剣を振りながら考える。そして決断する。


「攻勢に出る! 失敗したら撤退だ! リラ! 痺れ煙玉を使え!」


 痺れ煙玉は高価な道具であるが、出し惜しみをしている場合ではない。

 唯一の出口は大ネズミの背中側にある。ここで攻めきれないのなら「被害覚悟」での撤退になるだろう。


「五! 四!」


 ディーンはカウントを始める。イリオスとシグと視線が合う。頷き合う。


「三! 二!」


 一の合図は無い。イリオス、ディーン、シグは同時に後退し、それと入れ違いになるようにリラが投げた煙玉が飛ぶ。

 煙玉から毒煙が吹き出し、大ネズミを覆う。

 数秒後、ディーンは頭痛を押して煙を吹き散らす。

 大ネズミは痙攣し、地面に伏していた。


「前衛、目を狙え!」


 ディーンが指示をして、前衛の三人は一斉に大ネズミの目を狙う。


「ヂギッ……!」


 動きが鈍いながらも大ネズミは暴れる。

 振り回した爪でディーンの胸当てが裂かれ、力任せに振られた腕にシグが吹き飛ばされる。左腕を庇いながら戦うイリオスも、決定打は与えられない。

 ダメかと思った時だった。

 風切り音が戦場を裂く。コミティスの一矢が大ネズミの右肩に突き刺さっていた。大ネズミの気がそれる。


 ――今だ!


 ディーンは剣を突き出す。その一撃は狙い通りに大ネズミの左目を捉え、大ネズミは悲鳴を上げる。


「りゃあああ!」


 イリオスが吠える。渾身の力を込めて剣を振る。その一撃は大ネズミの首を深々と裂いた。


「ヂヂッ、ヂ……」


 決め手の一撃が入ったところで、イリオスとディーンは距離を取る。

 全員が油断無く大ネズミを睨む。

 その動きはみるみる弱々しくなっていき、やがて完全に止まった。


 大ネズミが動きを止めて一分、二分……

 緊張の糸を最初に切らしたのはシグだった。


「…………」


 ガシャンと音を立てて剣が落ちる。続けて本人も地面に座り込んだ。

 そしてそれに続くように他のメンバーも一斉に座り込む。


「お、終わったあ……」


 イリオスに至っては大の字になってその場に寝転ぶほどだった。隙だらけだが誰もそれを注意しない。否、できない。


「…………」


 少しの間沈黙が続いた後、リラが杖を手に立ち上がる。


「みなさん、怪我があれば言ってください。わたし、治しますから」


 リラだけが動き回る中、それぞれが勝利の余韻を噛みしめる。

 だが、感情的になる余裕は誰にも無かった。

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