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其の三・押しかけ旦那

「で、これ」


 呆然とするアルーシァを気にもせず、ラダは懐から丈夫そうな紐を取り出し、赤い石に器用にくくりつけた。


「ありあわせで悪ィが、当座はこれでしのいどけ。大事なもんなんだろ? 見たことねぇ石だし」

「あ、ありがとうございます」


 アルーシァが受け取ろうと伸ばした腕を無視され、直されたネックレスはラダの手で直接首にかけられる。

 再びじっと射抜かれるような視線。


(ああ、この人、目が鷹っぽいんだ)


 黒い髪と褐色の肌の中で一点、ギラリときつい光を放つラダの瞳。それは金にもみえる明るい琥珀色で、猛禽類を連想させた。






 ポクポクと馬の蹄の音が響き、ガタゴトと荷馬車が揺れる。

 馬を御する商人が、チラチラとこちらを見やる。

 荷台に乗ったアルーシァは石像のように固まり、身動き一つしなかった。いや、できなかった。


「ええええっと……ちょっと動きたいなー、なんて……」

「動けばいいじゃねェか」


 アルーシァの頭上から返事が返ってくる。と同時に、軽い振動が頭頂部に伝わる。


「ですから、この姿勢だと動けないんで」

「動かせるだろう、手とか足とか」


 背中がポカポカと温かい。いや、暖かいを通り越して暑い。色々ともう限界だ。


「だから!離れてくださいってお願いしてるんですー!」

「嫌だ!!」


 力強く拒否された。

 道中、突然アルーシァに体当たりを噛ましてきたこの男は、唐突とも言える”お前を嫁にする”宣言を掲げ、なぜか荷馬車に同乗し、アルーシァの背後に陣取った上、腹に両腕を回してがっちりとホールドしたあげく頭の上にあごを乗せ、恐ろしく他人の介入しずらい空気を形成した。

 つまり、幼児がお気に入りのぬいぐるみを抱えて座り込んでいるような構図が、荷馬車の中に出来上がっていた。


(お、おじさんの視線が痛い……)


 御者台から時折投げかけられる、商人の気の毒そうな視線が痛かった。

 そもそも、ラダが荷馬車に乗り込んできた時に決着はついていた。アルーシァを助けようとしてくれた商人だったのだが、どう見ても体力的に勝てそうにないのは明らかと見たアルーシァが制止したのだ。


(ごめんねおじさん、何かいたたまれない空気で)


 はあ、とため息をつく。

 正直言いがかりにも程があるだろうと思う。ぶつかってきて治療費をよこせというならゴロツキだが、この場合は何なのだろう。嫁取り詐欺?


(違うか、詐欺じゃないよね。お金よこせっていわれてないし)


 うら若い娘が得体の知れない男に抱きしめられている状況でありながら、どこか緊張感の欠けた思考。

 養父のエイムが見たら卒倒するであろう光景だったが、なぜかアルーシァは危機感を感じなかった。


 ふと気づくと、背後でラダが携帯していたらしい袋をゴソゴソと探っていた。


「?」


 突如ぐいと手をひかれる。


「や、その方向には曲がりませんから!」

「騒ぐな」


 問答無用で右手を掴まれ、服の袖を一気に肩口までめくり上げられた。


「きゃー! 何するんですか!!」


 ここにきてようやくアルーシァは危機感を感じた。流石に商人は腰を浮かせ、オロオロとこちらを伺っていたが、ギロリとラダに睨み付けられるとストンと腰を落とした。


(うん、しょうがないよね……でもやっぱりここはなんとかしてほしかったよ、おじさん!)


 あわあわと身をよじり、抜け出そうと抵抗するアルーシァを、ラダは軽く押さえつける。


「暴れんな。塗りづらい」

「……え? あ、あたたた! やー、沁みる!!」


 ぐりぐりと己の腕に塗りつけられたそれを見て、アルーシァは塗り薬の類だと理解し、そして悶絶した。ただでさえ沁みるすり傷に、塩でも塗りこんだかのような刺激。


「こ、これって薬ですか……なんか黒い……」

「民に伝わる秘伝の薬だ。ちょいと沁みるがよく効く。そっちの手も出せ」

「いやあああ、しーみーるー!」


 薬だと分かっていても痛いものは痛いのだ。じたばたと悶えるアルーシァだったが、ラダは無造作に薬を塗りつけていった。右手、左手、顔。


「足を出せ」

「それだけは遠慮しますー!! 自分で塗りますからお薬かしてください!!」

「……チッ」


(舌打ちした!!)


 薬を受け取り、擦りむいた膝に塗りつけながら、アルーシァは背後の気配を伺った。ラダは相変わらず自分をしっかりと抱え込んでいたが、特にそれ以上の動きを見せようとはしなかった。







 その後、数時間ほど何ともいえない状態をすごし、ようやく馬車は街へと到着した。


「おじさん、色々ありがとうございました」

「あ、ああ……じゃあワシは行くが、本当に大丈夫かい?」

「ええまあ……たぶん……」


 馬車から降り、アルーシァは商人に礼を述べた。商人は心配そうにチラリとこちらを見る。

 アルーシァの横には、当然のようにラダが立っていた。街の入り口に立つ山の民のいでたちは、周囲から異様に浮いている。が、それを纏う本人は特に気にする風でもない。


(それにしても、この人どうしよう……連れて歩くわけにはいかないよね)


 これから先のことを考えると頭痛がしてくる。

 商人は何度も大丈夫かと尋ねてきたが、アルーシァは平気だと答えるしかなかった。これ以上、この人のいいおじさんを巻き込むわけにもいかない。

 商人はそんなアルの様子を見て諦めたのか、何かあったら遠慮せずに頼ってくるんだよ、と言いながら、何度も振り返りつつその場を去った。その場にはアルーシァとラダが残される。


(えーとえーと、どうしよう……)


 悩みながらも足を踏み出せば、当然のようにラダはぴったりと後ろをついてくる。すれ違う人々は、ほぼこちらに注目し、その後無理やり視線を外す。アルーシァは、半端なく目立つ幟竿でも掲げて歩いているような気分になっていた。

 仕方がない。人込みでごった返す通りまで来た時、アルーシァは歩みをとめた。


「ラダさん」

「なんだ」

「わたし、まだお嫁入りする気はないんです。ですので、このお話はなかった事にしてください!」


 そう言い捨て、言い返そうとするラダを放置し、アルーシァは雑踏に紛れて逃げた。

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