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其の一・赤い石を持つ娘

「かねてより捜し求めていた”緋石”の手がかりが見つかった、と報告があった」


 低く、張りのある男の声。それを受け、控えていたもう一人の男は無言で頭を垂れる。

 狭い室内は殺風景で、花のひとつ、絵のひとつもない。声すら漏れぬ造りの、密談のためだけに設けられた部屋だった。


「言わずとも承知しておろうが、こちらの動向は一切悟られるな。現地へと速やかに赴き、真偽を確認せよ」

「は」


 黙って面を伏せていた男は、短く返答すると音も立てずに部屋を立ち去る。

 一人残された人物は椅子に背を預け、吐息を漏らすと天井を仰ぎ見た。あまり悠長に構えてはいられない。普段気丈に振舞ってはいても、一人になると焦燥感が溢れ出す。


「……今度こそ、真であってくれればよいが……」






 山岳の多いその土地に、ハージという名の村はあった。

 豊かではないが、そこに住まう民の気風は穏やかで人懐こい。いつもは静かな村が、今は一年ぶりの花祭りを間近に控え、その準備に活気付いていた。


「アルー!」


 祭りに使う大荷物を抱え、よろよろと歩いていた小柄な娘が、背後から声を掛けられて足をとめる。

 娘の名はアルーシァ。16歳になったばかりで、淡い亜麻色の髪はすんなりと肩に流れ、その瞳は青く澄んでいる。

 声を掛けてきた相手を認め、ほにゃりと相好を崩すその姿は、どこか小動物を思わせた。


「ティギー、どうしたの珍しい。お家の手伝いは?」

「使いの帰り。ね、それって祭りの衣装よね?」

「うん。ご近所の分も預かってるから。繕わなくちゃいけないの、結構あるんだ」


 ティギーと呼ばれた娘はアルーシァに走りよって並ぶと、大荷物を眺めて軽く引っ張った。


「それにしてもすごい量。ねえ、半分持ったげる。あんた小っさいから、今にも衣装に押しつぶされそうだわ」

「あはは……ありがとう」


 さっぱりとした気性のこの友人は、アルーシァが承知するよりも先にひょいと荷物を取りあげてしまった。お互い年齢も近く、気心の知れた相手なので遠慮がない。

二人は賑やかに笑い合い、会話を交わしながら歩いた。若い娘の話は尽きることがない。


「……ねえアル、今度の祭りの花娘、誰が選ばれると思う?」

「んー、ホリーさん所のジャンヌとか似合いそう。すごい美人だし」

「あんた、自分に回ってくる可能性をまったく考えないのねえ……まあそんな所があんたらしいんだけど」

「わたしなんか無理無理、役に振り回されちゃうよ。それだったらいっそティギーの方がいいな」

「いっそって何よぉ!」


 春を祝う花祭りでは、毎年、年頃の娘の中から"花娘"と呼ばれる祭の主役を選ぶ。誰が選ばれるかは祭当日になるまでわからない。

 華やかな扮装をして、村人に祝福を与えるという他愛もない役どころだが、娘たちは毎年、その役目が己に回ってこないかと期待に胸を膨らませるのだ。


「……はあ、やれやれ。あんた結構モテんのに本っ当に自覚ないんだから、いっそムカつくわ~」

「え、何でそんな話!? 花娘の話じゃないの?」

「はいはい、到着っと。じゃ、アタシ仕事に戻るから。またねー」

「ティギー!」


 荷物を運び終えると、ティギーはあきれたように軽く手を振り駆け去ってしまった。

 そしてティギーの去った後をぽかんと眺めていたアルーシァは、手にした衣装の重さで我に返った。


「ああ急がないと! やる事いっぱいあるんだった!」






「あーしまった……そろそろスパイスが切れそうだなあ」


 聞こえてきた声に、アルーシァは繕い物をしていた手を止めた。


「先生、どうしたの?」

「ああ、うん。祭りに出す料理に使おうと思っていたスパイスがね、足りなくなりそうなんだよ」


 アルーシァが台所をのぞくと、飾り棚をかき回していた初老の男が顔だけをこちらに向けた。

 先生と呼ばれたこの人物は、このハージ村に住み着いたエイムという男で、アルーシァの育ての親だった。過去、旅の道中で保護したという赤ん坊のアルーシァを抱えてこの地に住み着き、医学の知識を使って村人の治療を引き受け、村医として受け入れられた。

 アルーシァは、自分が孤児であることを知っている。エイムは何も隠さず、アルーシァを保護した時の事はすべて話してくれていた。

 衰弱し、死に掛けた母が乳飲み子のアルを抱え行き倒れていたこと。エイムがそれを発見し、介抱したが亡くなってしまったこと。そして、母が死ぬ間際に、自分への形見として赤い石でできたネックレスを残してくれたこと。

 その母の形見は、今も肌身離さず常に身につけているが、仕事の邪魔になるので、大抵は服の中に入れている。


「スパイス? わたし街まで買いに行こうか?ほかにも色々買い足さなきゃって思ってたところだし、ついでに行ってくるよ」


 エイムは目尻に皺を刻み微笑んだ。

 アルーシァは実の娘ではなくとも、赤ん坊の頃から育てている。実の父親に負けずとも劣らぬ情愛を抱き、可愛がってきた。

 その生い立ちに負けることなく、素直に育った自慢の娘。大輪の花ではないが、野の花のような可憐な愛らしい娘。幼いころから気立てのよい子だったが、年頃になってますます魅力的な娘になった。

 最近では専ら、隙があれば言い寄ろうとする村の若い衆から、いかにアルーシァを守り通すか頭を悩ませるのがエイムの役目だった。アルーシァ本人は、その苦労にまったく気づいていなかったが。


「頼めるかい? 助かるよ。必要なスパイスは書き出しておくから。ああ、丁度巡回商人が村に来ているはずだから、町まで馬車に相乗りさせてもらえるように頼めば乗せてもらえるだろう」

「うん。ありがと、先生」

「本当にアルは優しい良い子に育ったねえ。どこに出しても恥ずかしくない」

「い、言いすぎだよ……ちょっと買出しに行くだけなのに、何か親馬鹿っぽい!」

「うわあ親かあ。いいなあ、いい響きだなあ」

「えええ、そこ!? ……もういいよ恥ずかしいから……商人さんに馬車のこと頼みにいってくるね」


 にこにこと相好を崩すエイムに若干引きながら、早々にアルーシァは商人の元へと馬車の便乗を頼みに出かける事にした。

 巡回商人は、各地に点在する村々を回り、村では入手しずらい雑貨類を売り歩くのを生業としている。もしかしたら町まで出なくとも用足りるかもしれない。それならそれで丁度いいと、商人が荷車を止めている村はずれの草地へと赴く。

 側へ寄ると、小太りで気のよさそうな商人が、村で新たに仕入れた荷を積み込んでいた。


「あー、糸はあるよ。あとカルダモン、ナツメグも。……ありゃ、クローブは切らしちまってるなあ」

「そうですか……やっぱり街まで行かなくちゃ。あの、もしよろしければ……」


 アルーシァは商人に事情を話し、隣町まで馬車に乗せていってもらえないかと頼み込んだ。話を聞いた商人は、ついでだから構わないよとおおらかに了承してくれた。


「ただし今すぐって訳にはいかんがね。明後日出発の予定なんだが、それで構わないかい?」

「はい、構いません。ありがとうございます」

「じゃあ出発前に声をかけてあげるよ、お嬢さん。どこにお住まいだね?」

「村医のエイムの家です」

「ああ、あの医者先生のところの。分かった、ちゃーんと運んでやるから任しときな!」


 これで買出しの足は確保できた。村と街を行き来する連中は結構多いから、帰りも顔見知りを見つけて便乗できるだろう。さて、買出しに出かけるまでに、残った繕い物を済ませてしまわなくては。

 アルーシァは、残してきた衣装を思い出し、急ぎ足で帰路についた。

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