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イグニション前の速度より  作者: 紀
【夏の章】
57/82

終夏の節

 海への遠征を除き、セイ達の夏の休暇は普段通り特に何の変哲もなく終わった。つまり、いくらか個人的な修練をして、山などで遊び、乳牛の乳を搾ったりして終わった。

 

 クォーサイドタウンの村人、約180人も同様に休暇を終えて村に帰って来ている。海への遠征用にスイカを分けてくれた村人にも、セイ達は忘れずに礼を言った。


 クォーサイドタウンにはいつでも移住者を受け入れられるように空き家も約30軒程度ある。空き家は放置しておくと傷みが早いので、定期的に掃除や換気を行なう専任の管理人もいる。だが、その内の一軒だけはセイとミフィが代行している。ミフィの術印のモチーフとなった親猫がいた家だ。


 残暑の休日。


 セイとミフィは掃除道具を持ち出して思い出の空き家へと向かった。はたきやほうきが二人の行進を少しパレード・チックにしているが、この掃除に弟や妹は付き合わない。付いて行っても、うんざりするくらいに普通の掃除だからだ。体験学習は一回で十分。遊び相手は他にもいるわけで、二人に付いて行く弟妹はいない。


 空家に到着したセイとミフィは室内を見渡した。猫の親子の姿はないのだが、自然とかつて彼らが根城にしていた棚の最下段を見てしまう。二人がその度に落胆していたのは昔の話で、今は穏やかな諦観が流れる。


 ミフィはパスパスと壁やら棚やらをはたき、セイは床を箒で掃いて行く。凝り固まった作業でもないし、ひどい汚れもないので、最近読んだ推理小説の犯人がどうとか、秋の収穫祭がどうとか、二人は談笑しながらゆっくりと掃除を終わらせた。


 ミフィは最後に開け放った窓を閉じようとしている。空に太陽は見えていたが、雲が多い。


 セイは、この空家で〝ミフィの計画〟について問う事を決めていた。二人のための二人だけの時間。ガランとした空き家で、決意とは裏腹に、セイは緩い感じで尋ねた。 


「なあ、ミフィはキユキさんの提案書の話を知ってるのか? その……手紙に気が付いた村の人達が広めないようにっていう……。村長とかには、俺達の事情を教えたって話なんだけど……」

「うん。知ってるよ。口添えしたもの私だし。どしたの?」


 ――聞いたよ。ペアリングできるんだってね――

村人・コバトが口にしていた事だ。新制度の元でセイとミフィがペアリングできる事は弟や妹には秘密である。だが、村人コバトのこのセリフ。極秘事項が悪戯いたずらに広まっている事態にも見えてもおかしくない。


 村人コバトとの接触後、ミフィはセイに事態の推移を尋ねていなかった……。ミフィは知っていたのだ。ミフィが事情を知らないと言えば、矛盾している事になったのだが……。どうやら、ここに齟齬そごはなさそうだ。


「いや、キユキさんにしては気が回るなって」

「あはは。まあ、そうかもね。キユキさんは都会育ちだし」


「なあ、ミフィは本当に来るんだよな?」

「どこに?」

「防衛線だよ。俺とはペアリングするんだよな?」

「するよ。さっきからどしたの? 少し変だよ?」


「いや、一つ聞きたい事があるんだ」

「うん」

「アキットが海ガメの観察に俺を呼んだっていうのは本当か?」

「そうだよ」

「アキットは何て言った?」

「セイお兄ちゃんは海ガメの観察に来るの?って。そんな感じ」

「……。それでミフィは俺を呼ぶべきだって思ったのか?」

「そうね。間違いじゃないでしょ? カリナお姉ちゃんは来るの?、とも、ルネお姉ちゃんは来るの?、とも聞いて来なかったんだし」


「じゃあ、なんで観察のときに〝防衛線から帰ってカメさんを待て〟って言った? そんな事言ったら、アキットは滞在期間を最短で終わらせようとするかもしれないだろ?」

「そっちか……。アキットの事ほっといたから、それで怒られるかと思ったんだけど……」

「いや。あれはいいんだ。むしろ俺が悪かったって思ってる……」

「ふーん……」

「今は俺の問いに答えてくれないか?」

「そうね。帰ってくるかもしれないし、帰って来ないかもしれない。それは分からない事なんじゃない?」

「いや、多分アキットはそうなる」

「どうして?」


「この際はっきり言うよ。アキットが子供を作らずに帰ってくる可能性が高いからだ。〝それ〟をしない事をアキットは相手の男に……。いや、相手がこの孤児院の男子の誰からなら……申し訳なく思うはずだ。だからアキットはこの孤児院の誰ともペアリングしない。ロックかギーかは知らないけど、でも兄弟の中でとなると、その誰かに申し訳なく思ってアキットは一人で防衛線に行く。俺はそう思ってる」

「やっぱり、無しって男の子にはつらいんだ」


「それは、どうでもいい。今は話をそらさないでくれ」

「でも、〝それ〟は防衛線から帰ってからも出来る事でしょ?」

「いや、出来ない。普通は出来ないと思うんだよ。なあ、ミフィ。何で防衛線から帰ってから出来るって思った? ミフィは本当は海洋生物図録を見てたんじゃないのか? 海ガメが夏にしか来ないって、知ってて言ったんじゃないのか?」

「さすがお兄ちゃん。9歳の子育て事情のまで見てるのね」

「当たり前だ。大切な将来の話だ」


 防衛線の〝滞在期間〟。最短で終わらせるには避妊が必須。滞在期間中の受胎は産前産後の休暇により、滞在期間の延長が確定する。アキットが最短での帰還を目指すならば、アキットは子供を作らない。


 セイの予測はこの視点に立っている。


 少しチャラけたミフィであったが、セイは見逃さなかった。


――防衛線から生きて帰って来て、あのときのカメさんを待ちなさい――

 ミフィが夜の海でアキットに告げた言葉だ。


 アキットはミフィのアドバイスを受け入れると、セイは思っているのだ。アキットが最短での帰還に準じる行動をとる事で生じるデメリットは、将来のアキットの男性関係の機会喪失だ。


 セイは機会の喪失へと導くようなミフィのセリフを議論に挙げて、ミフィの反論を引き込んだ……。


――でも、〝それ〟は防衛線から帰ってからも出来る事でしょ?――

ミフィのこの主張で、セイは矛盾を確信した。


 矛盾を作る大きな障壁がクォーサイドタウンの孤児院には一つあるのだ……。


 孤児院の皆は、海ガメの生態に詳しくない。海ガメが夏にしか砂浜に来ないという事を知らないのだ。


 海への遠征が終わる前に、海ガメの生態に詳しいものなど、クォーサイドタウンの孤児院には誰一人いないはずなのだ。アキット只一人を除いて……。


 孤児院には確かに、海ガメの生態情報が入った海洋生物図録がある。海への遠征前、アキットが入手している。しかし、入手後すぐにアキットが抱え込んだために、内容を知っている者はアキット以外にいないはずだ。


――海洋生物図録を肌身離さず持ち歩いて調べている――

海への遠征前にミフィは確かに述べていた。ミフィの言葉が事実ならば、ミフィも海ガメについて何も知らないはずである。


 では、海ガメの生態を知らない者ならば、海ガメについて、どう考えるか。どう考えても、おかしくはない。夏にだけ来ると考えてもよいだろうし、春夏秋冬オール・シーズン、砂浜に来ると考えても不自然はない。


 ゆえに、セイの視点から見れば、ミフィの言いつけを守ったアキットが将来取る行動はおおむね次ぎの二通りなる。


 ・ オール・シーズン砂浜で海ガメを待つ未来。

 ・ 夏だけ砂浜で海ガメを待つような未来。


 以上二通り。この二つ……どちらに絞られるかは分からないはずだ。だが、分かったような口を聞いた者がいる。ミフィだ。


――防衛線から帰ってきてからも出きるでしょ?――


 なぜ、できると思ったのか。出来ない可能性があってもおかしくはない。アキットが春夏秋冬、海で海ガメを待つ未来を生きている可能性もあるはずだ。


 謙虚になれば、ミフィが図録を見ていないという仮定は、仮定としては弱いかもしれない。しかし、海への遠征前、アキットは落ち込んでいた。これもセイはミフィから聞いていた。このときセイに相談を持ちかけて来たミフィが、事実を捻じ曲げていたら、それはアキットに対する裏切りにもなる。



「図録は見てないけどね。観察の計画はアキットに一任してたから」

「じゃあ、矛盾している。今のままだとアキットはミフィに言われた通り、最短を目指して一人で出兵して、将来は春夏秋冬、海で海ガメを待ち続ける事になる。〝それ〟が出来るチャンスは来ないはずで、ミフィだってそれでいいとは思ってないだろ?」

「お外で出来ない事もないと思けど」


 冷たく澄ましたミフィに、セイは落ち着いて真剣に伝えた。


「イカレた振りは止めてくれ」

「イカレた話をしてるのはお兄ちゃんでしょ?」


 ミフィも冷静に切り返す。


「あのとき、私がアキットの子育て事情まで考えてるわけないじゃない」

「いや、考える。ミフィなら見えている。いつだって、呪いになるような事はミフィは言わない。言っていい事と悪い事くらい分かっているはずだ」

「確かに、アキットが大人になって海に行ってばかりになる。その可能性は考えたよ。それに、お外ですれば、とも思ってない。ただ、海ガメが毎年、夏の砂浜にやってくる可能は十分に高かった。生き物ってそいうものでしょ? カブトムシも夏にしな出てこないし。アキットは夏以外は、村でゆっくり過ごす機会はあるって予想しても、おかしくはないでしょ?」


「賭けに出たのか?」

「うん。でも、私が賭けたのはそこじゃないよ」

「……。何が言いたいんだ?」

「もし海ガメがオール・シーズン海に来ることになっても、アキットは海ガメの事も、子供の事も、旦那さんの事も、両立してやっていく。それが本当の意味で大人になるって事なんじゃない?」

「……」

「お兄ちゃんのやり方も間違いじゃないんだけどね」

「……」

「何か言いたそうだね」


――考えてるわけないじゃない――

とミフィが言えば、セイがその矛盾を指摘する。

すると

――考えたよ――

とミフィは事実を伝え始める。


 事実を濁したミフィの裏側にあったのは、セイの過保護っぷりに対する応答だ。セイはここでミフィとの差を感じずにはいられなかった。大人になるために保護するのか、大人になるために手放すのか。正解はどちらにもある。そして、ミフィが最初からアキットの成長に賭けていたなら、ミフィの言動に矛盾はない。


『未来を見ているのはミフィだ……』


 セイは理論が破綻したと感じた。それと同時にセイは自身とミフィの差を痛感していた。前者のセイと後者のミフィ。C+とA+。剣の凡才と光術の天才。ミフィの選択ならば、自身が口を出すような事ではない。


『流石……』


 セイはこれほど心強い妹は居ないと、心の片隅で思った。ペアリングの問題などなければ、さっさと尋ねて、この安寧を手にする事もできただろう……。ミフィの思考の瞬発力は、あの夜の海で、泣きじゃくるしかなかったアキットを救っていたのだ。


『流石と言うべきだけど、止めるわけにはいかない……』


 セイの説得は終わらない。


――何かいいたそうだね――

それさえもミフィには予見されている。


――これは確かめないといけないことだ――

セイは引き下がるわけにはいかない。セイは禁じ手としていた〝ミフィの計画〟を直接問いただす事にした。


「ミフィは……アキットを俺預けて、俺とペアリングしないつもりなんじゃないか?」

「そっか。お兄ちゃんはそんな事考えてるんだ」

「誤魔化さないでくれ。ミフィにもとっくに分かっていたはずだ」

「……」

「アキットが16歳になるとき俺は22だ。俺は二度出兵してセリアと組むより条件はいいし、セリアもギーと組む方が防衛線で一緒に過ごせる期間が長くなる。アキットをケアしたいなら、俺が滞在期間を延長すればいい。この話はギーにとっては少し悪くけど、でも、アキットとセリアとギーの三人だけを見れば、希望ペアリングで防衛線を戦える時間が総じて長くなる…………ミフィが一人で出兵するとな」


 セイの煤けた瞳がミフィに向いていた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 要点だけを絞って伝えたセイの主張……。繰り返しを怖れずに詳細を述べると以下のようになる。


 まず春にセイとミフィが合意したプランは、単純に言えば、セイはミフィとペアリングして、その後セリアにペアリングの機会を提供するという話しだった。


■(補記。セイのプランにおけるセイの動向の詳細) 

 セイは16歳で一人で出兵し、防衛線で17歳になったときに、16歳のミフィを迎えてペアリングする。そして、24歳となり任期満了となったセイは、23歳のミフィを防衛線に残してペアリングを解消する。そこからセイはクォーサイドタウンの孤児院に帰郷して、セリアと合流する。合流した次の年。25歳のセイは16歳のセリアと共に再び防衛線に出兵する。ただし、16歳のセリアがセイとペアリングするか否かはセリアの一存で決める。 ■


 これが今年度の春の終わりにセイがミフィに提示したプランだ。セイはミフィから合意が得られていると思っていた。


 思っていたが、どうも違う。疑わざる得ない出来事が海への遠征で起った。セイはその根拠となる事柄をミフィに指摘し続けていた。


 そして、その指摘は不発に終わった。


 ゆえに、セイは議論の場をペアリングの年数についてまで広げるしかなかった。海に焦点を絞った指摘では〝ミフィの計画〟を崩す事が出来ないと感じたからだ。だから言わざる終えなかった。


――ミフィが一人で出兵するとな――


 クォーサイドタウンの孤児院の少年少女は13人。女子が一人多いのだ。もしすべての少年少女がペアリングを作ると女子が一人余る。


 セイが順当に考えれば、問題の中心は6歳のセリアだった。


 そして、今……、セリアを救うためか……ミフィが新たな計画を進めていると感じている。


 その新たな〝ミフィの計画〟がミフィが一人で出兵し、セイとアキットがペアリングするというものだ。


■(補記。〝ミフィの計画〟におけるセイの動向の詳細)

 セイは16歳で一人で出兵し、防衛線で22歳になったときに、16歳のアキットを迎えてペアリングする。そして、24歳となり任期満了となったセイは、引き続き防衛線に残ってアキットと共に過ごしても良いし、アキットを防衛線に残して、クォーサイドタウンの孤児院に帰郷しても良い■


 この話。冷静になれば、弟や妹達にとっての利点も見えてくる。それはミフィが〝ミフィの計画〟を進める上での免罪符となっている。情緒面だけの話ではなく、数字の上でもわずかながらに優位を見出す事ができるのだ。


 数字についての詳細は以下のようになる。。


■ 防衛線での個人の滞在期間は8年が義務である。その義務の始まりは16歳だ。公国では16歳の若者達は〝時を同じくしてペアを作り〟この義務を果たす。ここで基礎的な次の事柄が自然と導かれる。


《ある一組のペアが、ペアを崩すことなく義務を満了するならば、個人の義務の期間はペアの義務期間と等しく、8年となる》


 しかし、クォーサイドタウンの孤児院の少年少女達は異年齢がほとんどだ。彼らが作ったペアは、年上の者が先に義務期間を終える。どうするべきか……。先に義務を果たした者が、後の者に付き合って期間を延長するのか否か……。


 ここでのセイは思考をし進めるために、自身が関与しない弟と妹のペアリングは1歳の差の二人ならば7年。2歳差ならば6年。……。……。と仮定している。 (補記:今年度はアキット9歳、ギー8歳、セリア6歳である。)


 セイが関与するペアリングについては

【X=セイが25歳から寿命を迎えて、〝死ぬまでに残された時間〟】

【Y=セイが24歳から寿命を迎えて、〝死ぬまでに残された時間〟】

を考慮して算出する。■



 以上を前提として次ぎの①~④で、セイのプランと〝ミフィの計画〟を比較する事により、セイが述べた数字の補足とする。



■① セイとミフィがペアリングして、セイの思惑通り事態が進んだ場合。


 セイが指摘した三人(アキット、ギー、セリア)のペアリング年数については以下の事柄が成り立つ。


 アキットとギーのペアで    7年間。

 セリアと25歳のセイのペアで X年間。

 (Xはセイの2度目の出兵によってカウントされる)


 従って妹弟のペアリングの年数をカウントすると

  

 アキットは   7年

 ギーは     7年

 セリアは    X年 


 ゆえに合計  14+X年 ■

  

■② セイがミフィとペアリングせずに〝ミフィの計画〟の通り事態が進んだ場合。


 セイが指摘した三人(アキット、ギー、セリア)のペアリング年数については以下の事柄が成り立つ。


 アキットとセイのペアで 2+Y年間  

 (Yはセイが防衛線の滞在期間の延長によってカウントされる)

 セリアとギーの二人のペアで 6年間


 従って妹弟のペアリングの年数をカウントすると


 アキットは 2+Y年 (セイ滞在期間と延長)

 ギーは     6年

 セリアは    6年


 ゆえに合計   14+Y年 ■ 


■③

 

 単純な①と②の合計の比較において、X<Yであるから、②のほうが、弟と妹達がペアリングしている期間の合計は多い。 (Xは25歳からの残りの寿命、Yは24歳からの残りの寿命であった) 


 つまり、〝ミフィの計画〟によると、セイとミフィがペアリングしない方が、弟妹のペアリングする合計期間は多いのだ。


 合計とは合わせたものだ。その手前には、合わせる前の、一人一人が抱えている数がある。セイとミフィのペアリングの年数が計上されていない。合計を考える前に弾いている。■


■④

 セイが自身のプラン通り(すなわち①の通り)、8年が過ぎて事態が推移すれば、セイの2回目の出兵が確定する。義務の8年を越える戦いで、それは誰かと共に過ごすというペアリング期間の観点から離れた、まったく別の数字の中を生きる事を意味する。ともすれば死中の数とも言える。


 〝ミフィの計画〟がアプローチしている部分の一つがここにある。ミフィが一人で出兵する事により、セイの二度目の出兵を防いで、クリーンな数字をセイに付与しようとしている。


 ――アキットが16になるとき俺は22歳だ。俺は〝二度出兵してセリアと組むより条件はいい〟、……――


 〝ミフィの計画〟はセイのみならず、連鎖的にセリアにも救済措置が及ぶ。


――セリアも(俺と組むより)ギーと組む方が防衛線で一緒に過ごせる期間が長くなる――


 だが犠牲も生まれている。


――ギーにとっては少し悪い話になるけど――


 この辺りは①と②を比較すれば明らかだろう。そして、①と②を比較すれば、大きく救済されたのはセリアで、ギーが払う犠牲は僅かなものに見える。


 セイのプランで犠牲が生じるならば、〝ミフィの計画〟でもそれは許されるのではないか……。犠牲の転換。いずれにせよ誰かが犠牲になるならば……。


 〝ミフィの計画〟における、圧倒的な犠牲……。数的不利を被っているのは四女の女のアキットと、たった一人で出兵するミフィ自身だ。■



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ミフィが一人で出兵するという選択肢。セイには口にしたくはなかった。


 ミフィの理解は及んでいるのだろう。淀む事無く答えた。


「誤魔化してなんかないよ。その辺の未来の事は任せるしかないから、私はお兄ちゃんとペアリングするって、春に話し合ったんじゃないの?」

「そうだけど……」

「そうでしょ?」

「だけど……」


「ねえ、お兄ちゃん、この話を続ける意味を分かってる?」

「分かってる。俺達が一緒に行くだとか行かないとかで、揉めるだけ揉めて、結局最後に行くってなると、馬鹿げた話だ。一人で出兵する奴から見たら、悲劇をダシに遊んでだけだ。抜けているにも程がある」

「分かっててやってるんだ」

「分かってる」

「じゃあ、ちゃんと伝えておくね。私は兄ちゃんとペアリングするよ。これで、このお話はお終いね?」


 セイの問いかけに、ミフィは一貫している。しかしセイはミフィを信じることができない。〝ミフィの計画〟の存在は感じるが、破棄を感じとる事ができない。


 一見すればセイが一人で空回りしているようにも見える。


 未来の弟妹のペアリングや恋愛事情は分からない事。数字の理論を幾ら回そうとも土台からひっくり変える可能性大いにある。これも春に合意した事で、ミフィの主張に矛盾はない。


 だが、数値は計上している。状況証拠は囁いている。〝ミフィの計画〟が存在する事を。


 ゆえに、セイは今年の海への遠征が産み出した最後の疑惑へと踏み込む。


「でも、決定的におかしい事が残ってる。海ガメの観察は明らかに誘導的だ。あの程度の事、ミフィなら全部片付けれていたんじゃないのか?」

「あの程度って……、〝カメさん〟の事?」


 〝カメさん〟とはアキットにとっては固有名詞だ。二年前に初めてであった特定の一個体を表している。セイが寸前の所で気が付いた事実だ。


 …………。であるならば、優秀な妹であるミフィが気が付いてないわけはない。


「やっぱり……最初から知ってたのか?」

「知るわけないじゃない。私にそんな余裕があるように見えた?」

「……」

「……」

「無い。無いけど、……。今年の海は何かがおかしい」

「じゃあ、お兄ちゃんの勘違いじゃない?」

「だけど、おかしいだろ……」


 これは言いがかりなのだ。セイはこれ以上詰める事ができない。


 夜の海のミフィの姿。セイははっきりと覚えている。ミフィは思いつめた表情で砂浜に座っていた。記憶の中のミフィの姿は確かにアキットを事を思いやり、真剣に考えているようにしか見えない。あの時、あの場所で、ミフィが心を誤魔化しているようには、セイには思えなかった。


『そこさえ無かったら、辻褄が合う……』


 セイは再び思い出しても、やはり、真剣にアキットのために思考しているミフィの姿しかない。膝を抱えて砂浜に座り、険しい表情で思考を巡らす、水着姿のミフィだ。そのミフィの姿に嘘偽りは無い。セイにはそのようにしか見えなかった。


 セイは聞き逃しているのだ。今年の夜の海、スイカを運んでいる時にキユキとミフィが話した会話の内容も……。ミフィが術印に抱く貞操観念も……。


 セイは矛盾を指摘できる根拠を持っていない。言いがかり過ぎない事を自覚している。だか、もう予感程度の事でも指摘するしかないのだ。装置を動かしているギアの音が聞こえているのだから。


「そんな事……言われても……」

「ああ……分かってる」

「……」

「ねえ……お兄ちゃん……。私、お兄ちゃんを海ガメの観察に呼んだのが正解だったって思ってるよ。お兄ちゃんがいないと、アキットの事、全部うやむやのまま海から帰ってくる事になってたし、あのときお兄ちゃんが気が付いたから、アキットは海に嫌な思い出だけを残さずに帰って来れたんだから」


「いや、それは、いいんだ。俺が今聞きたいのはそれじゃない」

「本当は私がしなきゃいけない事だったていう話なら、私からはごめんなさいとしか言えないんだけど……」

「そうじゃなくて……。なあミフィ。俺の気のせいか? ミフィはアキットの気が俺の方に向くように仕向けているんじゃないのか?」

「そんな事しなくても、アキットはお兄ちゃんの事が大好きでしょ?」

「……」

「……」


 付録のバインダー。最終ページの一枚絵が、セイの脳裏をかすめた。アキットが描いたデッサンには、砂浜で海を見つめてただずんでいる後ろ姿の大人の男女が描かれている。二人の服装が変わっていないのは忠実な未来とはいい難い……。


「ミフィ。頼むから誤魔化さないでくれ」

「誤魔化してなんかないよ。私はずっと言ってるでしょ? お兄ちゃんとペアリングするって」

「はっきり言ってくれ。何で俺とアキットをくっつけようとしている……?」

「そんな事しなくても、二人は仲良しでしょ?」

「ミフィ、俺がしているのはペアリングの話しだ」

「ペアリングなら、私はお兄ちゃんとペアリングするって言ってるでしょ? 愛情確認ならいくらでも付き合ってあげるけど、ペアリングの話はもう終わったでしょ? お兄ちゃんこの制度つかって遊ぶ気? 被害者気取りのお兄ちゃんがやりたいの?」


 ミフィはため息をついた。


「じゃあ、今から制度を申請してくれよ。あの制度は後発からの一度きりで一方的な申請だ」

「新制度はまだ調整中よ? それに制度は年度更新。施行は来年度からね」

「……」


――あと、実はセイ君の出兵に制度を間に合わせるのが難しいかもしれないから――

セイは春にキユキが述べていた事を思い出した。巧遅拙速。その判断に間違いはないと思っていたが、取りこぼした事実は悔やまれる。


「そこまで気になるんだったら、キユキさんにしっかり伝えておけば? キユキさんはお喋りしたそうだったよ。私が信用できないならキユキさんにお願いしたら?」

「それをしたら、キユキさんがまた気に病む。それがキユキさんにも年少組の奴らにも、迷惑だって事くらい分かっているはずだ」

「分かってるよ」

「じゃあなんで……」

「お兄ちゃん!!!全然信じてくれないじゃない!!!」


 しびれを切らして激高したのはミフィだった。


 突如として巻き起こった風が空家をいだ。窓辺のミフィの横髪が頬へと乱れる。セイは両目をわずかに歪ませた。


 風は一瞬の内に通りすぎ、ミフィは伏目がちに窓のほうに視線を移した。窓の奥の雲は、いつの間にかどんよりとした色に変わっている。


「ねえ、お兄ちゃん。みんなが揃っているのは今年で最期なんだよ……。少しはふざけた話をして……」


 13人の兄弟姉妹。彼らが揃っているのは、いわずもがな今年が最期であった。これからの未来では、ほぼ毎年のように誰かが防衛線に出兵し、誰かが欠けて行く。あるいは新しい幼子が孤児院に籍を置いたとしても、今の顔ぶれが揃う事はない。


 皆の今年は今年しかない。それが単純にしてどれほど大切な時間であるかを、セイも自覚している。今いる者達と、笑える時間はを過ごすには今しかない。


 ミフィに言われるまでも無く、セイはそのために生きている。ペアリングについて春の終わりに一気に決着をつけた理由の一端がそこにある。


『まだだ……』


 それでも引き下がれない。セイの語気は弱くなっていたが、言葉をつないで行く。 


「ミフィ、これだけは覚えておいてくれ。俺は8年後、必ずもう一度防衛線に行く。これは誰が来ても変わらない。ミフィが来てもアキットが来ても変わらない。俺は二度目の防衛線に必ず行く。孤児院を終業したあとの俺の生き方は、これだけだ」


 〝ミフィの計画〟を封じ込めるワイルド・カード。セイはその手に持っていた。それはセイが最初に設定したプランした事を忠実に守るだけの事。これをもって〝ミフィの計画〟の数字上のメリットは潰れる。


 ミフィは冷たく答えた。


「うん。だから、それでいいんじゃない」

「ミフィ……頼むから」


 行き場を失った熱が、ミフィの声として甲高く響く。


「ねえ?」

「……」


 ミフィの金色の瞳から光が失われ、瞼の縁には薄く涙が溜まっている。弟や妹がいる前では決して見せない表情だ。場をわきまえている。ミフィは弟や妹の前で、セイの出兵についての不安をさらすことは一切ない。


『俺は……多分間違えてない……。でも……これ以上は……』


 セイは二の足を踏んだ。声が小さくなる。

 

「悪かったよ」


 セイは俯き加減で謝った。ミフィは暗い表情のまま、セイに歩み寄って行き、彼の胸に額を当てた。


 セイは胸に納まりに来たミフィを抱きしめた。窓の奥の空には暗雲が立ち込めている。セイはそれに気付いていたが、だからと言ってそれ以上動く事ができなかった。


――みんなが揃っているのは今年で最後なんだから――


 疑いの心で踏み込んでも、真偽が不明で、その口からは自分と同じ願いしか出てこない。セイは〝ミフィの計画〟は疑心暗鬼から生まれた架空の産物とは思っていない。だが、彼女が最後に指摘した言葉は悲しみに埋もれている。自身とまったく同じ悲しみだ。セイが心を痛めないはずもなかった。


 ……。……。


 残暑の晴天が続いていたため、大地は熱を保持していた。それゆえ大気には真夏の熱気と湿気が混じっている。時期に空を覆った雲が、熱を奪う雨を降らせ、季節を終わらせる。一度、雨水が貯まればそれまで。陰りが速くなった太陽では、失った地表の熱を挽回する事は来夏まで適わない。それが公国の夏の終わりに降る雨である。

 

 すぐに秋が来る。セイが出兵するまでに残された季節は、あと二つだ。


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