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イグニション前の速度より  作者: 紀
【夏の章】
51/82

打ち上げ一夕話 Aパート

 孤児院の皆が村の温泉を出る頃には夕暮れ時になっていた。

 先を行く女性陣や幼子達がまず門をくぐり、後からリアカーを押していた男子年長組が続いて、無事帰還を果たした。


 感覚の鋭い者は夏なのに全ての窓が締め切られている孤児院に、えも言われぬ不安を抱いて、疲労が勝っている者は住処へたどり着いた事で安堵し、余力が余っている者は旅の達成感などを感じていた。


 だが、いずれにしてもかしましくなる。


「ただいまだねー」

と下を向いて幼子達に挨拶を促しているのはキユキで

「ふぅ」

と少し気取っているは長男のセイで

「ただいマウマウー」

と意気揚々なのは長女ミフィだ。


「生還」

と端的なのは次女のカリナで

「いや帰還くらいでいいだろ」

と訂正しているのは次男のヒースだ。


 皆、がやがやと孤児院に喧騒を溶け込ませていく。


 なお、マウマウとはゾウとバクを足して2で割ったような見た目の生物だ。いのしし程度の大きさで公国内に広く分布している。ガルフとは異なり凶暴な性質はない。ヒトを見かけたら鹿と同程度の速度で逃げ出す。臭みが強いので肉食には向いてないが、日陰ぼしにする事で匂いが飛び、深みのあるダシを出す事で有名だ。公国内で適度に狩猟されている。


 キユキとミフィは孤児院に帰ると直ぐに厨房に向かい、マウマウとトマトでラタツゥイユのような、トマト鍋にも似た料理を作った。その他の具材は夏野。ナスビの紫やカボチャの黄色、赤ピーマンや緑のズッキーニなどをハーブと共に一緒くたに煮込むことで簡単に出来上がる。


 セイは養鶏場に行き、一羽の年老いた鶏を譲り受け、その場で血抜きと毛抜きをして孤児院へと持ち帰る。


 他の者は装備などを片付けに取り掛かった。


 夕食と装備の後片付け。これをもって海への遠征は終了である。


 用事が済んだ者から食堂へと向かう。食欲の意地が皆を導いたが、ミフィとキユキが、トントントン、と適度に奏でる調理音のせいで幼い者から眠気に誘われていく。最後に温泉で遊び倒して疲れ果てたのだろう。椅子や壁際に置かれたソファーの上で寝息を立て始めた。


 眠り行く皆を前にしてミフィはキユキに尋ねた。

「これ誰が食べるんだろ?」

「どうしよっか」


 睡魔からは逃れたものはここにも二人。ヒースとカリナはオープンキッチンのカウンターに座っている。二人はキユキとミフィにアドバイスをした。

「残った分は明日の朝にでも食べれば大丈夫」

「村の人に配ってこようか?」


 二人が調理を進めているとセイが食堂の扉から顔を覗かせる。扉から左右を確認する。いつも向かってくる幼子達が眠っていたので、セイはそのまま静かに食堂から厨房へと進んだ。手には丸裸の鶏を一羽ぶら下げている。


「これ、トリはいらなかったパターンか」

「そうみたい」


 ミフィは軽くごめんね、と伝えて、キユキも申し訳無さそうに伝える。


「ごめんね。セイ君。せっかく行ってくれたのに」

「いえ大丈夫です。朝まで持ちますし、起きたら食べるかもしれませんから」

「ふふ。ときどき似たような事を言うよね。セイ君達は」


 セイとカリナとヒースは互いの顔を見合わせた。


 しかし、ミフィは片目を閉じてキユキに告げた。

「私達は姉妹で兄弟だからね!」


 カリナとヒースはミフィの様子に少し微笑み、内心で懐疑的だった。

『私にその感覚はあまりないんだけどね』

『俺にその感覚はあんまねーんだけどな』

 口にはせずに二人は静かにカウンターの脇の足の長い丸椅子に座って居る。


 思えば顔に出るのか、向かい手にいるので顔色は良くうかがえるのか。ミフィがカリナとヒースに突っ込む。

「そのしたり顔。自分達は違うとか思ってない?」


 カリナとヒースは従順に長女を慰めた。

「思ってない」

「ああ。ないない」

「……」


 キユキは少し失笑してから、トリの解体を始めたセイに尋ねた。

 

「セイ君の方はどうなの?」

「普通と言えば普通なんですけど、違和感しかないと言えば違和感しかなくてって感じですね」


 ミフィが大げさに刺のある形で囃し立てる。

「もう。みんなして。つれないね」


 キユキは続けて穏やかにミフィに尋ねた。


「ミフィちゃんは馴染んでるの」

「実はね。そうでもないかなって思うときもあるかな。兄弟とか姉妹に馴染んでるのはルネからかな。私達は友達感覚の方が強いから」

「ふーん。それじゃあ、誰がお兄ちゃんとかお姉ちゃんとか言い始めたの?」

「それは、私とカリナとヒースね」


 セイは出刃包丁でトリを解体し、砂嚢さのうとも呼ばれる砂肝となる部分を取り出して、小口に切り分け、きれいに洗い水気を切ってから、油で素揚げを始めた。


 カリナとヒースは依然としてカウンターの椅子に座ったままで、長女を訂正した。

「私は言わされた記憶しかないけど」

「俺は言わされた記憶しかねーけど」

「……」


 暖かく迎えたかと思えば、事実には冷たく反論する。二人の妹弟にミフィは唇を尖らせた。

「いいじゃない。そこはもうみんな同時で」


 相変わらずカリナが答えてヒースが後に続く。  

「二人が始めた事でしょ?」

「ああ。俺達は昔はこんな感じじゃなかった」

「ヒースには自分の意見とか無いの?」


 先ほどから、不穏の空気を感じ取っていたので、ヒースは解答が間に合ったのだろう。僅かに慌てたがきちんと答えを導いていく。


「おちつけよ。ここには続きもある。だからえっと、そう! だから時々思うんだよ。俺は。俺達が兄弟じゃなかったらどうなってたんだって」


 ヒースの話の出所をセイが押さえる。

「ふむ。パラレルワールドみたいなやつか?」

「そう。同じように見えて少し違う。その少しの違いが波及して大きな違いを生む。だけど、誰もその事に気がついてない。兄貴が兄貴になったってのはそういう事なんじゃないのかなって思うんだよ」


 これにはキユキの期限が上昇。話の出所を掴み話題を膨らませる。


「セイ君はどう思ってるの?」

「無くした可能性の世界ですか……。正直目を背けてますね。兄って何だって思う事もりますけど、俺は今の暮らしが好きですから」


 カリナとミフィが言葉を交わす。


「まあ、兄さんが兄さんじゃなかったら、姉さんも姉さんじゃなかったかもね」

「そうかなぁ。私は多分、お兄ちゃんはお兄ちゃんだった思うよぉ……」

「うん。そう言われると不思議とそういう気もしてくる」


 Q.E.D。だが、ここは中間証明だ。そういわんばかりにヒースの理論を続ける。

 

「なっ。だからパラレルワールドが成立しているんだよ。キユキ姉も不思議に思うだろ? 」

「そうねぇ。不思議な感じは残ってるわね」


 皆の視線がヒースに集まる。待ち構えていたかの如く、ヒースはつらつらと言葉を並べて行く。


「ほら、やっぱりここには少しだけ違和感がある。キユキ姉が毎日、丁寧に俺達の世話を焼いてくれていても、俺がキユキさんの事をキユキ姉って呼ぶと違和感がある」


 キユキがしゅんとなるより速くヒースは続きを話す。


「いや、キユキ姉も気分を害さないで欲しいんだ。でもキユキ姉も自分自身で感じたんじゃないか? 自分が姉として居座る事の限界みたいのは。だから、もう違和感があってもそれはそれで、別の所に置いといたほうがいいんだよ。俺はキユキさんの事をキユキ姉って呼ぶし、キユキさんの事を姉として思ってる。そんで、それは俺達の総意と言ってもいいはずだ」

「ふふふ。ありがとうヒース君」

「いや、礼がどうこうとじゃないんすよ」


 どストレートに打ち込まれた感謝を受ける事はくすぐったいのか。ヒースはグラスの井戸水をあおった。


 セイとミフィは目を合わせてトボトボと語り合う。

「なんだ、じゃあいい話か?」

「そうみたい」


 カリナがクスリと笑い、切れ長の目を弟のヒースに流した。

「愚直」

「いいだろ。別に」

「悪いとは言ってない」

「ふん」

 ヒースは頬を赤色に染めた不機嫌な面でそっぽを向いた。

 その様子を見てからカリナはもう一度クスリと口元を緩ませて、グラスを少し傾けた。液体は無論、水だ。


 食堂で眠る他の者達を見定めて、改めてミフィがキユキに伝えた。


「でも、ありがとう。キユキさんが居たから、今回はみんなで行けたし、すっごく楽しかった。代表してお礼を言っとくね」

「どういたしまして。でもお礼をいわれるような事はないわ。もう貰っているから」


 キユキの目配せがセイに向かう。セイを除く皆の視線がセイに向かう。

 少し間を置いてセイは気が付き、キユキのほうを見て、さっぱりとした声を返した。

「ばれてたんですね」

「ええ」

キユキは微笑んで答えた。

 

 カリナがヒースに言葉で絡んで行く。

「蛇足ね。ヒース」

「いいんだよ。兄貴のは兎に角分かりにくいんだよ。通じて無かったらどーすんだよ。俺達のフルモードも泡と消える。普通に話せばいい事もあるんだよ」


 んーっとカリナは天井を見上げてからヒースに向けて首を傾げた。

「普通にカナブンの話する?」

「止めろ。奴は森に帰った。今年はもう出てこない」

「夏はまだ残ってるのに。残念」

「来年に期待してくれ」


 カナブンは触れないほうがいいのだろうとキユキは感じた。しかし、ヒースから許可は降りている。キユキは半年近く蓄えた疑問を吐き出した。


「ねえ、さっきのパラレルの話からだと、セイ君はどうやってお兄ちゃんになったのかしら?」


「「「「は?」」」」


 四人の疑問をミフィが引き継いで、キユキに尋ねる。


「キユキさん、誰にも聞いてなかったの?」

「ええ。なにか、皆の知らないところで聞くのもずるいかなって思って」

「なるほどねー。それじゃあ、私のモチーフの事も知らないの?」

「ええ」


 ミフィの非難はセイに向かった。


「もう。お兄ちゃんの話のネタのためにとっておいたのに」

「俺か?」

「お兄ちゃん以外誰がいるのよ」


 バスっとニワトリの手羽を分離して、セイは少し静かに肯定した。

「ふむ。そうか」

 ミフィの方からテンションを上げる。

「そう。だからお兄ちゃんから話して。お兄ちゃん誕生の秘話!」

「秘話も何もないんじゃないか? でも、そうだな。食べながら話すって感じでいいか?」

「うん。今日は〝ここ〟でもいいんじゃない」

「そうだな。座ったら眠りそうだ」


 キユキからは労わりの声。

「今日はもう休んだら? セイ君ももうずっと起きてるでしょ?」

「いえ、ここまで来たら最後まで起きてますよ」

 セイは弟のロックと同じような反発を抱いている自分を少し笑い、キユキの提案を軽く受け流した。


 それからセイはじっくりと油で素揚げした公国産地鶏の砂肝を油から出して、天紙のような綺麗な紙を皿に広げ、キユキ特性の13種類のスパイスがブレンドされたパウダーを振りかけた。コト、コト、と二皿をカウンターとキッチンの上に並べる。ラタトゥイユも出来上がっている。こちらはそれぞれの器に盛り付け振舞われた。


 ミフィが言った〝ここ〟という場所の通り、カリナとヒースの二人はカウンターで、残りの三人はキッチンで立ち食いを始めた。いつもの食事するのは食堂のダイニングテーブルだ。カウンターも使わないし、キッチンで食べる事などまずない。今、食堂のほうでは幼子達や、残りの年長組の者達が獲物を前にして力尽きて眠っているのだ。


 太陽も山際に隠れ、孤児院に夜が訪れようとしている。


 ミフィが厨房の天井の術印を点灯する。黒色点灯は夜に混じり、オープンキッチンからから食堂へと抜けて出てくる光は明度が低い。寝息を立てている幼き者達は、スパイスの香りで少し鼻をヒク付かせたただけで、覚醒に至る者はいなかった。


 セイはラタトゥイユのトマトスープにスプーンをつけてから昔話を始めた。


◆ ◆ ◆


 セイがお兄ちゃんと呼ばれ始めたのは、セイが8歳でミフィが7歳のときである。

 事の発端はミフィが孤児院の図書室から〝グリとモワール〟という兄弟が活躍する物語が記された本を持って、セイが一人で修練をしている孤児院の庭に出てきたときだ。


◆ ◆ ◆


 話し始めたセイをミフィはすぐに遮った。

「ストップ。お兄ちゃん、そっちじゃなくて」

「術印のほうか?」

「うん」

「いや。あれは今となってはなぁ」

「なんで。いいじゃない。こっちのほうが」

「だって色々無理があるだろ。性別も違うし。キユキさんが聞いても理屈が通らないんじゃないか?」

「お兄ちゃん。そこは勢いでイコ」

「まじか勢いか……、いや無理だろ?」


 キユキは微笑むだけで、セイの話しが始まるのを静かに待っていた。


「じゃあ、コホン。えっと、タイトルは〝裏切りの猫〟で」

 セイは格式ばった口調で告げて、再び話し始めた。


◆ ◆ ◆


 公国が新年度を迎えるという事は、公国の子供は一つ年齢が上がるという事と同じ意味を持つ。当時7歳になったばかりのミフィは、公国の指導方針に従い、年少組から年長組みへと再編され、以前とは異なるカリキュラムを受ける事となった。


 その筆頭は光術であり、第一目標は自身のための術印を作る事だ。つまり術印のモチーフを選ぶ事である。術印のモチーフの選定は自主性が重んじられる。当時の保護役は放任主義だ。自主性が謳われれば当然、放っておく。それゆえミフィは一人で術印のモチーフを探す事となった。


 ミフィは、あてがわれた図書室で色々と本を漁っていた。しかし、対象年齢が異なる活字だらけの本を読む事も厳しく、モチーフ探しに便利な画集などの蔵書も少ない。限られた検索網でモチーフが見つかれば良かったのだろうが、ミフィはすぐに行き詰った。日を跨いでも、モチーフはおろか、きっかけも得ることができなかった。そして、何も見つからないまま、何もしないまま、数日の間一人で図書室に篭る事となった。


 田舎の孤児院は設備維持のためだけに人員を配置している。人口増加の名目を捨てきれない国是と、生きる目的を失ったやもめが流されるままに行きついた場所。それがクォーサイドタウンの孤児院であった。建前はあるのだが、意思をもつヒトがいないのだ。


 つまり、当時の保護役は、とても幼子達が気兼ねなく話しかけるような雰囲気は持ち合わせていない。そう思わせるような空気感が、当時のセイとミフィの側にいる保護役との間にあった。ミフィが十数日ほっておかれても、あるいは、その様な課程が長く続こうとも、当時の保護役は建前が崩れる一歩手前までこなければ動かない。崩れるまで放置する間抜けでもないわけだが。


 それゆえ、当時の保護役はミフィに

「さっさと探せ」

「なければ適当でいい」

「修練の開始が遅れるとお前は不利になるぞ」

という言葉は送った。送るには送るのだが、その音色は冷たいものだった。 


 探せといわれて見つかれば苦労はない。好きなものを探すという事は手間がかかる場合が多い。ただ、ここでの労力が無ければミフィはヒースが言うパラレルワールドの話に片足を突っ込んでいたかもしれない。


 保護役からは適当でもいいと言われたが、ミフィの本能は自身にとって正統なモチーフを探す必要性を盛んに訴えかけていた。不安に駆られていただけかもしれないが、なぜ適当で終わらせずに拘ったのかは、今のミフィをもってしても分からない事だった。


 ただ、行き詰ったミフィは本を抱えて、夜の庭で修練しているセイの元へと向かった。


 ……。

―― 術印のモチーフ探して来いって言われた ――

―― もう夜だぞ ――

―― うん ――

―― 指導役はどうしたんだよ ――

―― 探せって ――

 ……。


 コンタクトした理由は真っ当だ。だがミフィは一つだけ嘘を滑りこませた。


 当時の保護役は、夜中〝に〟探してこいと命令はしていなかった。夜での捜索でモチーフが見つかる可能性を示唆しさしただけだ。強制するような事まで言っていない。当時7歳であった事を加味すると、嘘とも言い切れない部分があるかもしれないが、ミフィはそれをわずかに自覚し、痛覚も感じていた。


 ただ、確かに見つからないという、鬱屈した事の顛末を経てセイはミフィの元へと向かっていた。甘く切ない恋心など二人にはなかった。微かな感覚さえも直ぐに失う、黒い霧に覆われた発展性のない自我意識の中で、ただ一人の少年のもとに、ただ一人の少女は嘘と真実の欠片を抱えてにやって来た。


 ミフィはセイに助力を要請してはいない。そのための言葉も知らない。そのための方法も知らない。そのための思考も機能してない。


 それは庭にいたセイも似たようなものだった。


――一人で行くのが嫌なのか?――

 

 霧しかないような思考の中で、セイがミフィを呼び止めた理由は、今のセイでも良く分かっていなかった。


◆ ◆ ◆


「ちょっとまってくれる? いいかしら?」


 今度はキユキがセイの話しを遮った。


 客に気が付いた気前のいい万屋よろずやのような顔でセイは答えた。

「はい、なんですか?」

「セイ君はミフィちゃんが嘘をついていたのは分かったの?」

「いえ。わかりませんでしたよ」


 ミフィが口を挟む。

「嘘じゃないって言ってるのに」

 セイが切り返す。

「それは分かってるよ。だから言ったじゃないか。嘘とも言い切れないって」

「私はちゃんとお兄ちゃんを頼りにして出て行ったの。そこは、ちゃんとダッシュを入れたお話にしといてよね」

「わかったよ。次ぎからはそうするから」

 

 二人のやり取りが終わって、キユキは千客万来の雰囲気を感じて更なる問いを投げかけた。


「セイ君はミフィちゃんが好きだったから、ミフィちゃんを呼び止めたんじゃないの?」

「いえ。違いますよ。それは良く分からない事です」


 キユキは視線を床に落として少し眉をしかめて考え始めた。

 少し慌ててセイが言葉を繋ぐ。


「いえ。話したくないとかそういう事じゃないんです。折角ですから、聞きたい事は何でも聞いてください。ただ、ここまで遡ると、俺の記憶でも曖昧な事が多くて、説明が難しいんです。さっき話そうとしていた〝グリモア〟の所くらいまで来てると、嘘も何もない説明がしやすい事にはなるんですけど」

「あの、私は収穫祭がしたいから、セイ君はこの孤児院に残ったって、ミフィちゃんから聞いた事があるんだけど……」


「ミフィ……」

「えへへぇ」

「まあ、いいんだけど……」

 

 笑って誤魔化しにかかるミフィと誤魔化されているセイ。

 置いてきぼりを食らったような顔でキユキはセイとミフィを見た。

 セイはキユキと目を合わせて事の説明を始めた。


「いえ。でも言いたい事はわかりました。矛盾してますね。俺はミフィの事が好きだからミフィを呼び止めた。その方が理由が通ります。もっと言えば、俺はミフィと収穫祭がしたいから、クォーサイドタウンの孤児院から移籍する事無くここに残った。そういうのも有りだと思います。キユキさんはそう聞いてるんですよね?」

「ええ」

「でも収穫祭が、この孤児院に残った理由とか、ミフィを呼び止めた理由だっていうのは〝後付〟です。で、その後付の理由が最もらしいから俺も少し納得しているんですけど……」


 キユキは少し困惑した表情を浮かべた。

「ええっと」


 それに対してセイもやはり困惑しているが、説明責任を果たす。

「ああ、えっと……。昔、この孤児院に俺より年上のクレールっていう男子がいたって話は、誰かから聞いてますか?」

「ええ。ミフィちゃんから」

「その人は移籍する前に俺に色々と説明はしてくれました。その中の一つに、〝俺とお前が生き残っても、二人が会う事はできないから〟っていうのがあって……。まあ、その人が言ってた事の意味を、俺はもう少し後で知る事になるんですけど。ただ、あの時の俺は6歳で、クレールが13歳。俺が一緒に孤児院を移籍しても2年と半年で、当時の俺はそれがそこまで大切な期間のようには思えなかったのかもしれません」

「でも、移籍すると新しく友達とかも増えたかもしれないんじゃない?」

「その辺もイメージできてなかったですね。単純に想像力の欠如です。小さかったですから。だから総じて理由とか説明は難しいんです」


「お兄ちゃんも遠まわしね」

「いいだろ。そこは本文とは関係の無い所だ」

「クレールとお兄ちゃんは7歳差なの。お兄ちゃんがもし防衛線で子供を作って休暇にはいると、もう絶対、再会はできないんじゃないのかって所ね。でもこの事実からは、なんと、お兄ちゃんは6歳のときから子作りについて考えていた! というとんでもない事案が浮びあがるのです!」

「です! じゃないだろ。それは邪推だ」

「てへ♪」

「ちゃんともう少し後になって知ったって言っただろ」

「でも、この仮説は好きなんだけどね。面白いから」

「まあなぁー、いや、でも、んー、いや、なしだよ」


 セイは少し首を捻って昔の自分を思い起こした。昔の自分がそのような事を直観していたのかを考え直してみた。が、仕舞にはやはり少し呆れた様に笑った。

 

 キユキのほうも、ふふふ。と穏やかに微笑む。


「じゃあ収穫祭との関係は?」

「まあ……、それは……その日が近づいたときに何となく察してくださいって事じゃダメですか?」

「?」


 ヒースはへへっと薄く笑い、カリナはクスリと静かに笑った。


 ミフィがご機嫌でキユキを諭す。

「そうね。ここは秘密の方が楽しいかもかもね」

「ったく」

とセイは少し苦そうだった。


 結局おいてけぼりを食らったようなキユキに対して、セイは説明を再開した。


「えっとですね。要するに、ミフィを呼び止めた事ついては色々と仮説が成り立つんです。一つだと、なんか信憑性が出てくるじゃないですか。ああ、もうこれ信じていいかなって。でも仮説が幾つか成立していると、何かなって感じになって、そうなると、やっぱり俺にその理由は分からないって感じになるんですよ」

「なるほどねー」

 フンフンと頷くキユキ。


 ミフィが補足した。

「なんかねー、お兄ちゃんには分りやすいやつがないの。バーンとしたやつが」


 セイが口を挟む。

「それはミフィも同じだろ?」


 ミフィは瞳を閉じて、独りで昔を思い出すように静かに構えてから、補足を与え始めた。 

「そう。まだちっちゃかった私達はどこかでずっと冷めていて、何も持っていなかった。それが私達。でも何もないから、後付する余裕はいくらでもあった。ここは何も無い所だけど、思ったより何でもあった。私達が居たのはクォーサイドタウンの孤児院で、私達にはそれで十分だったのかもしれないってのが、ここまでのお話ね」


 ふーん、と虚空を見つめてからキユキは晴れた顔で頷いた。

「うん。なんとなく分かって来た」


 慌てずゆったりと。そう思えるような首肯をもって、ミフィは続きを促した。


「ん。それじゃ後編、えっと。タイトルは何だけ? 〝ただ震える怒りが僕を通りこして恋歌マドリガルに興じた〟で合ってる?」

「やたらと詞的になったな」


「コホン」

 キユキが一瞬背を向けて咳払いをした。セイとカリナとヒースはいぶかしむ。


 事情を知っているのか。ミフィは動じずにセイを促した。

「うん。じゃあ続きね」

「あ、ああ。いや、やっぱり思い出しながら話すのが、所々難しいんだけど?」

「そう? 手伝おっか?」

「頼むよ」

「最初のほうは分からないよ?」

「途中からでもいいから」

「うん。分かった」


 とりあえずセイが口を開いた。


 話題はセイが兄になった由縁についてだ。二人はそのために、幼き頃のミフィの術印のモチーフ探しについて振り返る。


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