湯けむり・スイッチバック Aパート
復路は順調に進んだ。リアカーを引く三人は思いのほか奮闘した。年少組の幼子全員で80キロ程度の重量だ。加えて水が30キロ。テントなどで60キロ程度も加わる。平坦な道ならば車輪を使用している事もあり他愛のない加重であるが継続して押し続けるにはやはり持久力が必要である。上り坂になると重力の負荷が大きいが、それでもゆるい所はセイ抜きで押し上げていった。
そして小一時間ほど歩いて最初の下り坂に差し掛かると、ヒースは冷静に立ち止まった。ブレーキが装備されていないので、制御不能に陥ると障害物に衝突する他ないからだ。その場で年少組をリアカーの荷台から下ろす。安全に坂を下り、そこを契機に年少組の幼子達も歩き出す。距離と時間を稼いでもう1時間追加で皆で歩く。
一度休憩を挟み、更に歩いてから昼休憩に入る。
遠征最後の食事でそれはスイカだけだった。
男子年長組は大樹の陰に集まって地べたに座っている。
ヒースが休憩がてらにセイに尋ねた。
「なあ兄貴。俺達は来年はどうすればいいんだ? また海でいいのか?」
「お前は何かないのか? 行きたい所とか」
「俺はどこでもいいって言えばいいんだけど」
「じゃあ俺が口出しする事じゃない。来年の事は皆で考えてくれ」
「いや、つってもさ、アキットはどうなんだよ?」
「来年も来たそうな感じだったけど、やっぱりそこは皆で相談になるんじゃないのか?」
「そっかぁ。実際、残りの休みでもう一箇所とか行けっかなぁ……」
「それは俺にも分からないな」
「だよなぁ」
ロックが当然の疑問を口にしてヒースが答える。
「日は余ってんじゃん? どっか行けばいいんじゃねーの?」
「帰ってから疲れが出てくるタイプもいるだろ?」
「その時は止めればいいんじゃね? あっ……そうか……」
「そういうことだ。行くと決まってから行かねーってのも、がっかりはするんだよ。多分」
セイが蟻をつついていたギーに尋ねる。
「ギーはどっか行きたいところとかあるのか?」
「ん? えっとねぇ……。隣の隣の町に行ってみたい!」
「ウエスト・ロージィーの事か?」
「うん。お城があるんでしょ」
「らしいな。4階建ての建物も城門もあるし、馬車もあるらしい。1日中走れば着くんじゃないか?」
ヒースがセイを咎める。
「いや、兄貴。それはきついだろ。隣町からは馬車を使うべきだ」
「それは結構〝交換量〟がいるからなぁ。行ってから宿も店も仕えないってなるとつまらないだろ?」
「そうだけど、ギーって所も考えるべきだろ?」
「ギーくらいだから、途中でへばってもどうにかできたりするんだけどな。ヒースを担いで返れってのは、俺でもつらいよ」
セイがギーに提案する。
「だからギー、残りの休みで行くなら俺と二人だ。ただ最低2日くらいは走る事になる」
「えー。みんなでいきたいなー」
「はは。じゃあもうちょっと大人になって自分で考えて見てくれ」
「うん」
うーん、と頭を捻っていたヒースが策を出す。
「やっぱ皆で馬の繁殖しようぜ。これからのクォーサイドタウンには馬がいるだろ?」
セイは懐疑的にヒースに答えて行く。
「そんなに簡単にくれるのか?」
「くれるみたいだぞ。大人になれば」
「防衛線の後の話か……」
「そう。馬を貰って繁殖と調教を始める。数を増やすって名目で俺達はそのおこぼれを貰う作戦だ」
「クォーサイドの職業選択目録には載ってなかったな……。いや、あったのか。新規誘致の職業だな」
「ああ。アランドさんに聞いてみたら多分できるんじゃないかって。ちゃんと貢献できるなら役所も国も文句はいわないだろって。実際アランドさんのキャベツもアランドさんが来てからだし」
「それなら確かにいけそうだけど……」
「だろ? 孤児院も日を跨いであけっぱなしになるとか、そういう問題も解決される」
「結構先の話だな」
「兄貴も手伝ってくれよ」
「……。いや、俺はブドウ畑が忙しいからなぁ」
ヒースはロックをチラッと見る。
「俺はリンゴ園があるから」
非難めいた声でヒースは食い下がる。
「何だよ。そこは共同作業だろ? 業務提携してフロンティアを目指そうぜ」
セイがなだめるように答えていく。
「いや、そのスピリットがガルフとの接触を生んだんだろ?」
「それはそれだろ? 俺は何も防衛線を押し上げようとか考えてない。もう少し便利で楽しく暮せるクォーサイドタウンを作りたいだけだ」
「はは。お前も引きこもり体質だな」
「いいだろ。別に。どっか別の町に行くより拡大する方が気が楽なんだよ。それに、良くも悪くも兄貴とミフィ姉がずるいんだよ。二人してこれ幸いって具合で田舎暮らしを満喫するからさぁ」
「何かもういいかなって感じになるだろ? ここにいたら」
「まあ、そうだけど……」
しぶしぶと答えたヒースに渋みは残っていた。残された希望としてギーの行方を尋ねる。
「じゃあギーは将来どーすんだ。防衛線から生き残って帰ってきたら」
「僕は温泉の管理人になるんだよね?」
「だよね?って、何で俺に聞くんだよ?」
「ルネ姉ちゃんが言ってたよ?」
「あいつ洗脳してんじゃねーか……」
ヒースはデコピンを食らったような苦悶の表情を浮かべた。
「せんの?」
「いや、いいよ。それは。いつか自分で気付いてくれ。それもお前のためだ。どちらにせよ温泉の管理人は閑職だ。俺を手伝え。ギーも馬は欲しいだろ?」
「うん」
「じゃあギーは俺を手伝え」
「うん。分かった!」
「おっし」
ヒースとギーは互いの拳をノックするように軽くぶつける。
契りの真相をロックがぼやく。
「二重に洗脳してんじゃねーか……」
セイ達が暮すクォーサイドタウンはモートポレスト公国の西海岸に近い村だ。村の東側にはウッズスラドという町があり、ギーが行きたいと言ったのはウッズスラドの更に東の城塞都市・ウエスト・ロージィーの事である。約1000年前に統一政権が樹立して以来、城には王や王妃に順ずる君主はいない。もはや〝がわ″だけだ。今日では役所施設となっており、一般公国民でも登城できるし勤める事もできる。
セイが言う〝交換量〟とは均一にくばられる貨幣のようなものである。職業、性別において特に過多・過少はない。その利用もあらゆる観点であらゆるヒトが利用可能な範疇にある。しかし、馬を使った移動は防衛線維持のための補給経路での運用が中心であるため、ギーのような観光目的での利用になると非常に高い配布交換量が掛る。
もちろん、ギーが幼少期から貯めておけば何ら問題はないのだが隣町で砂糖菓子や目新しいおもちゃなど我慢しているはずは無かった。ピカピカの石がはめ込まれた小型の装飾ナイフはギーの宝物の一つだ。ギーに限らす隣町に行ったクォーサイドタウンの男子がまずこれに手を出すのはどこか呪詛めいている。兄から引き継ぐ事なく専用を欲するところも同様だ。
ヒースがいう馬については公国における抜本的問題があるので一筋縄ではいかない。
キユキは職業の初就任に付随する特別制度において無料で馬を利用してクォーサイドタウンに来たが、隣町からは牛車しか選べなかった。つまり公国では馬が不足しているのだ。キユキに限らず公国民は気軽に馬を使って観光に行ける訳ではない。馬の頭数は公国のボトルネックの一つであり、飼育技術や人員の限界がみえる。
ただ、公国は馬の扱いに慎重になっているだけで移動に制限があるわけではない。光術の身体強化を利用した高速移動は防衛線での滞在期間を終わらせた個人において自由である。また、町から町へと細かく移動し、その土地その土地で職務をこなす遊牧民のような生活も選択できる。土地に縛られる事はなく、仕事量を守れば移動や転居は常識の範囲内で自由である。
旅が好きなヒトは防衛線からの復員後、馬を使った補給経路の仕事に就く事が多い。子供も移動をしようと思えば孤児院の転居を希望すれば可能だ。それを一々口にしないのはセイの業かもしれない。一応、転居が可能である事はクォーサイドタウンの孤児院の皆はたまに告げられている。
男子年長組とは分かれて、少し離れた木陰でキユキと女子年長組が休んでいる。
年少組の幼子は疲れと長めの休憩からキユキの膝でうとうとしている。キユキからあぶれた幼子達はミフィとカリナが預かっていた。
昨日塩水に濡れたのに、幼子達の髪はもう艶めている。持久力は低いが、体の中から沸いてくる回復力という点においては、やはりこの年代が一番強いのだろうか。キユキは髪を撫で撫でミフィに尋ねた。
「もう一泊くらいは出来たかしら」
「うーん。年少組の子達は大分休みながらだったからねー。しんどいんじゃない?」
「やっぱり保育の時間にもっと運動を取り入れた方がいいかしら?」
「難しいのよねー。その辺も。頭の弱い子が増えても困るし、線の細い子が増えても困るし。でも年長組の学問は私でもカリナでも見れるから少し考えてもいいかもね」
カリナは部署の移動を申し出る。
「私は運動希望」
ルネがカリナの身体能力に一言を呈する。
「カリナお姉ちゃんは実はテイカー向きなんじゃなですか。それか光術師の末裔なんじゃないのかって、私は思うです」
今だに勘違いしているアキットがルネに尋ねる。
「光術師? 私達はみんな光術師なんじゃないの?」
「今は男子は〝テイカー〟と女子は〝ドロワー〟に別れてるですけど、昔は一人で両方ともやってたんです」
「でも両方ともやったら両方とも弱くなっちゃうんでしょ?」
「それがそうとも言えないような天才もいたっぽいです。体を動かすのも精神を動かすのも得意な、一人で戦える強強な人が」
キユキが補足を始める。
「1000年くらい前に、ヒトとヒトが争っていた時代があったのは知ってるわね?」
「うん」
「そのとき時代を動かした人達は光術も武器の扱いも上手だったの。それで、その人達は最初に自分達の事を光術師って名乗りあげたのね。国の騎士団や部隊名とかじゃなくて。だからある意味、光術師は単純に光術を使う人っていう意味じゃなくて、光術を上手に使えて、さらに、武器の扱いとかも得意な人って意味にもなってるの」
アキットの次ぎの質問はカリナが答えていく。
「じゃあ、カリナお姉ちゃんはその子孫って事?」
「公国は血筋を否定している。戸籍情報は書類作成から80年をもって焼却処分ね」
「こせきじょーほー?」
「自分のお父さんとお母さんが誰か分かる書類の事ね。村長とかに頼めば見せてもらえる」
ミフィが注意事項をそえる。
「正確にはお婆ちゃんとお爺ちゃんまで分かるんだけど、それ以上は分からないの」
「……。だから本当の事は分からないって事?」
「そーゆー事」
「……」
「まあ、光術師志望もいいかもしれないけど、まずは光術の速度からね。どう考えても光術師は男の子の方が有利だから。覚えてるでしょ? 身体強化の恩恵は身体能力に比例するって」
アキットの問いかけは止まらない。
「キユキお姉ちゃんは光術師だったの?」
「私は光術専門ね。防衛線にいる女性はみんな私くらいにはなるわ。一応は戦える程度ね。身体強化の男の子にはほとんど勝てないかな。それに分業がやっぱり強さの面でも都合がいいのは知ってるわね?」
「うん。気絶による遮断がない事と錬度の差」
「そうね。光術が使える2人より、ドロワー1人とテイカー1人のペアの方が強いの。もちろん、光術が使える2人が、とっても強かったらこの力関係は逆転はするけど、沢山のヒトの中から無作為にサンプルを抽出したらこの力関係は絶対ね」
キユキは一呼吸をおいてアキットの反応を見た。
「ランダム抽出……」
「そう。だから……、そうねぇ、女の子が始めるのは投擲とかが一番お手軽でいいんだけど……、私はそこまで得意じゃないし、村の方で誰かいればお願いできるんだけど……」
「投擲も女の子の中だとカリナお姉ちゃんが一番上手です」
キユキがへぇぇ、と感心していると、カリナがアキットに尋ねた。
「やる?」
「うん」
「絶対に人に投げたらダメ。守れる?」
「うん。守れる」
コクコクと頷くアキットに優しく微笑むカリナ。
「「……」」
ミフィとルネは雄弁な沈黙で見守るだけだった。
カリナが問う。
「何? 姉さんもルネもどうかした?」
「なにも」
「ないです」
昼休憩を終えて立ち上がる皆の足は重い。計画の段階でキユキは昼食の食材をスイカ以外に持ち込もうと提案したが、それはミフィが断っていた。キユキだけの負担増ではないし、ここから3時間程度の移動を終えれば設備のある孤児院で調理ができる事が要因だ。
実際食料というより疲労が祟っていた。明朝ではなく日が昇ってからの移動も消耗を誘った。余裕を残しているのはキユキとカリナだけだ。セイとミフィは睡眠不足で、リアカーを押している三人は意地で平気な面をしているが服には汗が大きな染みを作っている。年少組の幼子達も常時三人程度はリアカーの荷台に乗っていた。ルネとアキットは根本的な体力の問題がつきまとっていたし、見慣れぬ土地は何処か落ち着かなかった。表情は隠していても皆の口数は減っていた。
それでも進めば進む分だけ孤児院に近づき、先導するカリナから現在地は適時伝えられ、縮み行く二点間の距離は皆の心を繋ぎ止めた。まず、ランニングなどで行動範囲の広いセイから見慣れた風景を感じる。ヒースやロックも続いて、女子のほうも年長のものから緊張が解けて行く。やがて皆が見慣れたクォーサイドタウンの農業区画を前にして到着を予感する。海への往来道は左右の木々により閉ざされていたが、今や視界が広く地平を望める大地へと変わる。遠方の山々から農作物とも程よい距離感で感じる事ができる。
アキットもそこはかとなく辺りを見回してルネのランドスケープ論を感じていた。
『木と空のバランスぅ』
3時すぎ。夏の太陽は今だ高い。
カリナが到着予定時刻を20分程後と皆に告げた。そして同じく先頭を行くヒースにそっと微笑む。
「お疲れさま」
「お、おう」
「生きて」
「生きてるよ! ねぎらい方がおかしいだろ!」
カリナは即座に笑みを閉じた。
トコトコと歩いていて、アキットは海を思い出したり、歩いた道のりを思い出したりしていた。海ガメの姿はもちろんだが、溜め込んだ不安が変化した事や、自身の足裏に貯まった疲労なども感じていた。そして視界に収まる兄と姉。ともすれば彼女の命脈とでもいうべきか。巡り歩いた心が、アキットの中に置き忘れていたかのような一つの影を生成していった。
「ミフィお姉ちゃん……」
「ん? どうかた?」
「セイお兄ちゃんも……」
「ん?」
「二人とも本当はどこか別の所に、行きたかったんじゃ……」
アキットは不安そうに二人の兄と姉を見上げて思いの丈を伝えていたが、全てはっきりと伝える事はできずに、言い終わる頃には俯いていた。汗が滲んでいる頬に横髪が張り付いている。
隊列の最後部付近でセイとミフィは二人揃ってアキットを見つめた。
二人は目をパチクリさせて互いの顔を見合った。
『俺か?』
『じゃあ私が』
アイコンタクトからミフィがすらすらとアキットに答えていく。
「そんな事ないって。私もお兄ちゃんも気にしてないってずっと言ってたでしょ?」
「でもセイお兄ちゃんは隣町に……」
「そんな事ないって。お兄ちゃんだってみんなと一緒で良かったって思ってる」
「本当に?」
「本当だって。ね? お兄ちゃん」
セイは歩きながらであるが素直に答えた。
「ああ。行けて良かったって思うよ。そう思える事は沢山あった」
「本当に?」
戸惑いの表情を残したままアキットは顎を上げてセイの顔を見た。
アキットの頭上を通り越して、ミフィとセイが話す。
「ほら。お兄ちゃんが湿っぽい顔で歩いてるから」
「いや、乾いてただろ。カラカラだったはずだ」
「そこまでいくと荒んでるじゃない。もうちょっと潤ってよ」
アキットは一切笑っていない。
セイは改めてアキットを見る。
「ふむ。アキットは俺が楽しんでいないと思ってる。そういう事か?」
「うん……」
「それはアキットの気疲れだな。疲れてるから在りもしない事を考えるんだよ。リアカーに乗ったらどうだ?」
「ううん。私は歩く。でもそういうのじゃなくて……」
「もう孤児院も近いし、アキットは全部歩いたって事にしないか?」
ミフィが口を挟む
「ここからな1分ごとに休憩をとっても余裕で着くからね。ここは居住区画じゃないだけで地図上ではもうクォーサイドタウンよ」
セイはそうか……、と呟いてから声を張り上げる。
「じゃあ、ルネ!」
背中から大声が聞こえたルネは反射的に怒鳴り返す。
「何ですか!」
「リアカーに乗れ!」
「もう着くじゃないですか! 私はまだ歩けるですよ!」
「いいんだよ! いいから乗れ! カリナも! 年少組のみんなも!」
リアカーを先導していたヒースはセイの意を汲み、減速して停車した。
ルネはツンとした物言いで地面に言葉をぶつける。
「なーんなんですか。高圧的ですぅ」
意図を理解するのが早いカリナが穏やかに諭す。
「少し兄さんに付き合って。ルネ」
セイの指示は次々に飛んで行く。
「キユキさんもどうぞ!」
「私も!?」
「はい! ささっと乗ってください!」
「うーん……。じゃ、お言葉に甘えようかしら?」
声量を抑えて隣のミフィに手短に。
「乗るだろ?」
「そーね」
最後にさらりとアキットに。
「乗らないのか?」
「……」
ミフィはアキットが何か喋り出す前に動く。アキットの手を取りリアカーの後部までテッテッテッと小走りしで一緒に走った。それからミフィだけは荷台に足を垂らすように座る。
「ほら、おいで。海で楽しめないような子はこの孤児院に一人もいないんだから」
「う、うぅ……」
アキットは躊躇っていたが、それは少し毛色が異なったものになっていた。
リアカーの荷台の前の方には荷物がまとめられてる。
荷台の両サイドには木枠を背もたれにするように年少組が体育座り。
荷台の両サイドを囲っている木枠の上にカリナとルネが座り、バランスを崩さないように、天井部だけ幌を被せている支柱を握っている。
二台の最後尾の両端にキユキとミフィが脚を垂らして座っている。
ヒースは当然、先頭で梶棒を握っており、ミフィの横ではギーが、キユキの横ではロックがそれぞれリアカーを押し出せる位置についている。
ミフィが意地の悪そうな声でニコっとアキットに笑いかける。
「座らないの? もう〝真ん中″しか残ってないけど」
いかにも分別がありそうな顔で、セイは残された〝その場所〟を指定した。
「俺はキユキさんとミフィの間から押すから、そこは空けといてくれ。つまりは〝真ん中〟に座ってくれ」
二人が織り成す悪戯なマニピュレーション。アキットに残された座席は荷台の中央で皆に囲まれた位置だった。
黙っていれば心理操作は空中分解していたが、ロックの優しさが語り継ぐ。
「別にいいだろ、〝真ん中〟でも。早く乗れよ。帰って晩飯の準備とかもあるんだぞ」
気を使われたキユキが微笑みながら尾ひれをつけて悪乗りする。
「それは大丈夫なんだけど、アキットちゃんが〝真ん中〟に座らないと立ち往生になっちゃうわね?」
「ぅ……ぅ」
アキットは顔を赤くして躊躇っていたが、手を掴んだミフィが半ば無理やりリアカーの荷台に引き上げる。
アキットは皆の中心にちょこんと座った。感情が行き場を無くして大粒の涙がこぼれる。
セイは腰をおとして背中を曲げて、荷台の後部に両手で食らいつく。低い体勢でリアカーを押し出す前傾姿勢だ。最後尾で押し手に加わり声を張る。
「よし、ヒースもロックもギーも気合をいれろ!」
ヒースとロックは無頼を気取る。
「分あぁーてっよ!」
「うっせーなー」
四男のギーが素朴に問いかける。
「アキットねーちゃんなんで泣いてるの?」
ルネが皆の気を逸らす。
「元気があるなら男子どもは最初から元気を出すですよ!」
セイはテンションを上げて答える。
「そっちこそ振り落とされるなよ!」
ミフィがリアカーの速度にクレームを出す。
「ちょっと、お兄ちゃん、これ遅すぎない?」
カリナが皆の視線を逸らしてやる。
「一人様、非常に立派なものをお持ちですから」
先頭のヒースが呼応してキユキを振り返る。
ロックとギーが左右からキユキの胸元を見る。
セイは殺気を感じて反射的にミフィの顔を見る。
落ち着いてキユキが辺りの男子年長組を見回し、乾いた声で笑った。
「なんか……ちょっと恥ずかしいわね。あはははは……」
カリナが切れ長の目で辺りを見渡し実況する。
「惑星の民が3名。危機管理能力者が1名」
「俺は付き合っただけだぞ」
ヒースは呆れた様にカリナに向けて釘を刺した。
一人やけに赤くなっているロックを見て、ルネがしてやったりと得意顔で笑う。
「ニシシ。まだまだおっぱいが恋しいお年頃ですね」
勘の鋭さが仇となり、苦汁を飲まされたロックは、ふん!っ、と言ってそっぽを向いた。
ギーは惑星から飛び立つ事無くお構いなしにキユキの胸をニコニコと見ている。
キユキはロックに触れてやらずに、ギーにだけ笑みを返した。
ミフィがニッコリとセイに微笑む。
「流石ねー。おにぃーちゃん♪」
「俺は無罪だろ。犯人はカリナとヒースだ」
「私はなにも言ってないでしょー」
「お、おう。その語尾を止めろ」
「うふふふふー」
一人青くなったセイが雄叫びを上げる。
「おい! ルネ! 号令だ! 次ぎの目的地を決めてくれ!」
「何いってるですか!? これから孤児院に帰るだけですよ?」
「旅の終わりの定番だろ!? 旅の疲れは流すんだよ!」
ルネは、ハッ、としてから腕を真っすぐ天に向けて伸ばして、人差し指をピンと立ち上げた。
「いいですか! 皆さん! 次ぎの目的地はぁぁ……。……。クォーサイドタウンの温・泉・です!」
ルネの腕は分りきった進路をに向けてブンっと振り下ろされた。
ルネの号令は地平の果てまで届く勢いがあった。皆も、おーっ!、と威勢の良い声を上げた。アキットも皆と一緒に笑顔で号令を返していた。




