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イグニション前の速度より  作者: 紀
【序章】
1/82

クロック・ロック Aパート

 〝光術″の本質は光源としての利用と、身体強化としての利用である。

 二面性を孕んでいるのが、光術という技術だ。だが根源要素は互いに一つにしている。

 術印だ。


 《光術は術印と呼ばれる媒体を通して、光源としても、身体強化としても、利用する事ができる。》


 あわただしく生きるヒトの一生において、これが光術に対する最短の明文である。



 ヒトの歴史上で、光術が先立って利用されたのは、光源である。発動時に術印と呼ばれる文様を通して光が灯ることから、室内灯や街灯といった、様々な光源として利用された。遅れて登場したのが、身体強化の技法であるが、歴史上まず先に日の目を浴びたのは、光源としての活用だった。


 事の発端は、只一人の男が担った。


 名はバーミトン。


 電気系統の発見に至らなかった文明圏内の小国で暮らしている売れない画家だ。


 住宅街の街路の奥まった一軒屋。すべては彼のみすぼらしく埋もれていた才能から始ったのかもしれない。


 バーミトンは、直径10センチ程度の円の中に〝モチーフ〟を描く絵――通称:術印――を売りにしていた。彼はセンスがなかったのかもしれない。円の中にモチーフを書けば〝おもしろい〟と思っていたからだ。


 どこにおもしろい所があるのか……。彼の絵を見た誰しもが似たような感想をもった。そして事実、彼の絵は売れなかった。


 しかしながら、バーミトンは光術が光を発露する以下の3点つの条件を達成してしまう。


 1 術印インクの生成

 2 同インクによる〝術印〟の描画

 3 同術印に対する精神的な操作


 個々別々においては単純であるが、すべてを達成するには困難であろう。バーミトンは性格・職業・境遇などを折り重ねて、この3つの条件をすべて達成してしまう。


 第一の条件は術印インクの生成。口にペトシュカ鉱石と呼ばれる特殊な石を含んだ状態で、自身の髪の毛を黒のインクに混ぜることで完成される。


 まず、ペトシュカ鉱石を口に含むのは仕方のないことだったかもしれない。というのも、ペトシュカ鉱石は口に含むと、蛍光塗料程度の微々たる光が全身を覆うからだ。玩具以上にこれと言って役割がない不思議な鉱石は、ユニークアイテムとして大陸内に広く出回っていた。


 自身の絵画が世間に評価されないことに頭を悩まされていバーミトンは、ペトシュ鉱石を口に含んで絵画を描いていた。得体の知れないその行為……。バーミトン自身もその実践から何が得られるか分かっていなかった。だが、そこに現状を打破する可能性がチリとしても感じるなら、のっけから賭けるしかない……。行き詰っていた彼には、兎にも角にも新たな創作方法が必要だったからだ。

 

 しかし、その新たは創作過程は愚行だった。判定は彼自身が下した。仕上がった絵に彼自身も満足できなかったからだ。


 再び行き詰った彼は髪の毛を掻き毟った。


 ヒラリ、ヒラリと一、二本。


 バーミトンの毛根から髪の毛が抜け落ちて、黒いインクの中に舞い落ちた。


 彼が第一条件の、術印インクの生成に成功した瞬間である。


 ――変な水ができた――

 

 黒のインクは濃緑色のへと変色していた。そして彼の感想は短かった。


 変な水と称されたインクは彼が望んでいたものだから、感想はやはり短い。繰り返す。彼は行き詰っていたのだ。変な水こそ大歓迎。彼の好奇心は変色した理由など気にもしない。そわそわとした期待と新たなインクを使って再び絵に注力した。


 描いた絵は相も変わらず術印――直径10センチ程度の円の中に、モチーフを位置取る絵――だった。中に描くモチーフとして選ばれたのは男女一組のヒト。在り来りで使い古されたものだった。


 しかし、彼はそのモチーフを愛していた。そこに彼と、彼を支えた亡き妻の姿を描いていたからだ。世間はその辺りにも彼のセンスのなさを感じていたが、彼の人の良さはみえていたのかもしれない。彼は妻を失ってからも孤独ではなかった。


 バーミトンは誰よりもその絵を愛していたし、今しがた出来上がったその模写もバーミトンは愛おしそうに眺めていた。


 いずれにしても第二条件である術印のインクによる術印の描画も、同時に達成された。


 彼のつうぶった作風が、自然と彼を術印のもとまで導いたのだ。


 そして術印は、彼を光術まですぐに導いた。


 バーミトンは光術のを発露する第三条件も達成する。


 つまり……。

 バーミトンの場合は、常に心に術印が描かれていた。

 そして目の前にはキャンバスに描いた術印。彼はイーゼルが掲げている術印に腕を延ばすが如く傾向していた。

 そしてやはり、彼は現実世界に描き上げた模写を仔細に眺めていたのだ。


 心に描き

 心から現実の術印と繋がり

 光を求めて……。


 彼は第三条件と等しい〝光術〟が光を発露するに至る精神操作を達成していた。


 ところが、彼は、光を放った術印に対して、なぜかまったく驚かなかった。彼は暖かな光が溢れるその術印を見つめて、常世の世界へと旅立つ時だと勘違いしたからだ。


――最後に不思議な物を見たな――


 バーミトンは穏やかにきちんとベットに収まった。そして……現実世界でハイピッチで朝を告げる鳥に起こされた。彼は30代。健康そのものだった。そして光術と共に暮す生活が始った。


 彼は過ぎ行く日々の中で、じょじょに光術と術印への理解を深めていった。時に周辺住民に〝光る術印の作り方〟を教えた。


 ――術印を絵がいて光を灯す――


 彼の描いた絵画とは異なり、彼の講釈は周辺住民の間で大盛況だった。


 程なくして、バーミトンは在住国・モートポレストの王に呼ばれる。依頼は光術の教授。対偶は破格。バーミトンが断わる理由はなかった。


 バーミトンの実質的な本業は底辺職能者である。彼はごくごく限られた時間で芸術活動へと勤しんでいた。しかし光術の光源利用の発見により彼はモートポレスト小国の王宮内へと招集されるに至る。


 彼の才能が目を出したのかもしれない。画家としての名声は死んでいたが、光術の伝道者として彼の名前と彼の術印は国中に広まったのだから。


 数ヶ月の時は流れ、光術の光源利用は波及し、普及した。最も容易く習得していったのは画家や彫刻家といった美術関係のヒトであり、宗教家など精神対話が多い人種が次第に習得して行った。一部、熟練したプロの職人や剣士なども同様に容易く習得していったが、最終的には一般人でも発露する事が可能であると認識され、モートポレストの住人は皆が光術による光を手に入れたといっても過言ではなかった。


 夜を照らす鮮やかな色彩。月や火に替わる闇夜の光は、いにしえの時代のモートポレストで絶賛された。


 モートポレストの民は術印インクを生成し、紙に、布に、木片に、と自身の術印を描き、自らが光を求める場所に術印をくまなく配置した。彼らは喜んだ。それまで利用されていた火という光源は、一般庶民が利用するには手間や資源の枯渇という問題が付きまとい、到底手にする事が出来なかったからだ。モートポレストの夜という時間は長く、愛しく、愉快なものとなった。


 しかし、モートポレストは再び闇に包まれる。モートポレストには永く、憎く、不快なヒトの心の闇が住み着いていたのだ。


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