コウスケの暴走
そのエルネの笑顔を見たコウスケは
(ダメだッ!それだけはダメだッ!せめてエルネだけでもッ!・・・ッ!)
何事かを思い付いたコウスケは、エルネからロイドに視線を移す。
「・・・ロイド。もし俺がどうにかして、そっちに行けたらこの膜を消す事は出来るか?」
「・・・魔方陣に精通したコウスケ君なら、この魔方陣を読み解き、止める事は出来るだろう。何か手が有るのか?」
「・・・ロイドが通れたのは肉体の老化を止めて、寿命が無くなったから、で合ってるか?」
ロイドの質問には答えず、コウスケは更に聞く。
「ッ!まさかッ!コウスケ君止めるんだッ!それは、人で無くなると言う事だぞ」
コウスケが何を考えているのかに思い当たったロイドは、コウスケを止める。
ロイドの剣幕に、流石のエルネもマズイと悟ったのか、コウスケを止めに掛かる。
「何っ?何をしようとしてるのっ?コウスケッ!危ない事はしないでっ!!」
そう言ったエルネを見たコウスケは、フッとエルネに笑顔を向け、その後部屋の隅まで飛び退いた。
飛び退いたコウスケが着地した瞬間、コウスケの足元に幾重もの魔方陣が展開した。
普通の魔法を発動する場合には見られない現象だ。
「どうなってるのっ?・・・ロイドッ!」
何が起こっているのか分からないエルネは、ロイドに叫ぶ様に言った。
「マズイ。コウスケ君は私の様に死を捨てるつもりだ」
「それって・・・」
「あぁ。私の様に死なない体になる、と言う事だ。エルネ君、コウスケ君を止めるんだ」
しかし、それはもう遅かった。
展開していた魔方陣は、ゆっくりと回り始め、コウスケの足元から上昇を始める。
足元から頭の上まで等間隔に並び終えた魔方陣は、回転の速度を上げ、眩い光を放った。
それを見たロイドは何とかして止めようと、出口の膜に手を突くが、一度通り抜けると戻る事は出来ないのか、阻まれてしまう。
そうしている内に、目も開けられない程の光が収まって行く。
そこには、何一つ変わった様子の無い、コウスケが目を閉じて立っていた。
「何て事を・・・コウスケ君ッ!自分が何をしたのか分かっているのか?」
ゆっくりと目を開けたコウスケは
「あぁ、自分で決めた事だ」
そう言ってスタスタと歩き始めた。
そのまま、何の躊躇もする事無く、膜を通り抜ける。
「ちょッ!コウスケッ!!」
思わずエルネが声を上げる。
「俺は大丈夫だ。そこで待ってろ」
コウスケはそう言って、壁の魔方陣を見上げた。
(なるほど・・・ロイドの言った通りだな)
軽く見渡して魔方陣を読み解き、ロイドの予想が合っていた事を確認した。
「話は・・・後だな。どうだ?コウスケ君。止められそうか?」
「あぁ、楽勝だっ!それにしても、力ずくはマズイって知ってたのか?普通ならそうしそうなモンだけど」
魔方陣に詳しく無い者、知識が浅い者が、まず思い付く方法は物理的に魔方陣を傷付けて止める。という事だろう。
確かにそれでも魔方陣の発動を止める事は可能だ。
しかし、その場合デメリットが生じる。
「発動している魔法の暴発。だろう?」
「知ってたのか?空間遮断の暴発の仕方もか?」
「あぁ。400年前から知っている者は知っている事だ」
「そっか。ロイドが学者で助かったよ」
デメリットとは暴発する事。
魔方陣が傷付くと、流れていた魔力が行き場を無くし、傷付いた箇所を中心に爆発するのだ。
魔方陣が刻まれた魔道具が使用中に爆発し、魔道具を持っていた手が吹き飛ぶと言う事故がたまに起きるのは、この魔方陣の暴発が原因だ。
雑に扱ったのだろう。
今回の場合に当てはめてみると、爆発するのは壁の向こう側の魔方陣なので、一見問題無い様に思える。
問題なのはコウスケが言った、空間遮断の暴発の仕方、なのだ。
普通の魔法は、魔方陣の暴発により供給されていた魔力が滞ると、その瞬間魔法としての効果が切れてしまう。
しかし、空間遮断はすぐには消えず、遮断した空間を維持したまま縮小する様に消えていく。
その場合、遮断された空間の中に存在する物は、迫り来る魔法の壁に成す術も無く押し潰されるのだ。
ロイドがこの方法を取っていれば、今頃コウスケとエルネはこの世から消えていただろう。
魔方陣を眺め、考えていたコウスケだったが
「ここだな」
そう呟くと魔方陣の一部に手を振れた。
コウスケは暴発しない様に魔方陣の一部を書き換え、止める事に成功した。
膜が消え、空間も縮小して来ない事を確認したコウスケは
「・・・よしっ!エルネっ?もう出ても大丈夫だぞっ!」
そう中に声を掛けた。
中からエルネが出てきた。俯いて表情は見えないが。
出てきたエルネを笑顔で迎えるコウスケ。
「これで29層もクリアだ!ここまで来たらもう楽勝だなッ!」
その言葉に、ロイドは「なんて事を」と片手で顔を覆い、呆れた。
エルネは俯いたまま、ピクッと反応する。
今三人がいる通路の先、目印が無い階段が見える。
コウスケの言葉は、これを見ての言葉だろう。
そんなコウスケに、俯いたままのエルネが近づく。
コウスケは尚も笑顔だ。
目の前まで来たエルネがパッと顔を上げる。
その顔を見たコウスケはギョッとした。
泣き腫らした目元、瞳には今も涙が溜まっている。
しかし、その瞳の奥には確りと怒りの感情が見て取れた。
「・・・え、えぇ~っと・・・ど、どうしたのエルネさん?」
あまりの迫力に言葉は詰まり、さん付けになるコウスケ。
「バカッ!!危ない事はしないって約束じゃないッッ!信じらんないッ!バカッ、コウスケのバカッッ!」
どうやら魔方陣の代わりにエルネが暴発した様だ。
エルネの剣幕に初めは面食らっていたコウスケも、聞いている内に「助けてやったのに」と怒りが込み上げる。
「何だよっ、それッ!ここは犠牲を払って自分を助けた俺に惚れちゃったりなんかして、キャッキャウフフの場面だろうがッ!第一、大人ならまずはお礼だろ?お礼ッ!」
怒りに任せて下心がだだ漏れのコウスケ。
「何言ってるの?そんな訳無いじゃないッ!弱そうに見えるおっさんにそんな事思う訳無いでしょ!!バ~カ、バ~カ、バ~~カッ!」
頭に血がのぼっている二人は、お互いが言っている意味など深くは考えない。
「うっせぇ!!ア~ホ、ア~ホ、ア~~ホッ!」
その証拠に、段々と幼稚な言い合いになっていく。
始めはロイドも「まぁまぁ、二人とも」等と柄にもなく仲裁じみた事を試みていたが、バカだのアホだの言い出した辺りで諦めた。
数分後
しばらく言い合っていた二人だったが、叫ぶのに疲れたのか、それとも相手を罵る言葉が思い付かなくなったのか、黙って睨み合っていた。
静かになった事で、二人以外を観察していたロイドが二人に目を戻す。
「聞くに耐えん幼稚な‘会話’だったな?もう満足したのか?」
会話を強調したその言葉に、お互いを睨み付けていた目そのままにロイドを睨み付ける二人。
「君達、実は仲が良いのだろう」
息ピッタリの二人に、ロイドはそう感想を漏らした。
チラリとお互いを見た二人、今度は顔ごと目を逸らす。
「・・・分かったよ。俺が悪かった!危なくなったら戻るって言ったのに、それを無視して無茶したのは認めるよ」
コウスケが先に折れた。
「・・・私もゴメン・・・分かってるの。あの時コウスケがあぁしなかったら二人とも・・・私はただ、コウスケに危ない事はして欲しく無くてっ!例え私を助ける為でもっ!でもありがとっ・・・助けてくれ、て・・・」
コウスケが謝った事で冷静になったのか、エルネも謝る。最後は尻窄みになったが。
「君達は先程の‘会話’が無いとその言葉が出てこないのか?・・・不便だろう?」
ロイドのこの言葉にコウスケは
「うるせっ!俺は人外になったばっかで、まだ人間っぽいんだよっ!まだロイドみたいにはならねぇからなッ!」
「あぁ、忘れていた。・・・さて、晴れて私と同じ不老不死・・・まぁ、不死では無いが、となった訳だが。分かっているのかい?コウスケ君」
「・・・分かってるさ。でも後悔はしてねぇ!」
「ならいいだろう」
「それに・・・」
そう言ってエルネを見るコウスケ。
「それに?」
自分への言葉だと理解したエルネはそう聞き返す。
「フッフッフ。俺の寿命は無くなったッ!これで俺が死ぬまで待って、借金を踏み倒すってぇエルネの作戦も無理だなッ!今度は逆に、エルネが死ぬまで取り立ててやれるッ!なっ?エルネ」
「そ、そんなっ」
ガックリと膝を付くエルネ。
ここで、それを聞いたロイドが
「??・・・それは求婚か?」
どこをどう聞いたらそうなるのか分からないが、ロイドにはそう聞こえたらしい。
大方、エルネが死ぬまで側にいる。と言う意味で理解したのだろう。
「なっ、ちが、違うってっ!」
「・・・」
その言葉に、コウスケは焦って否定、エルネは紅くなって俯いてしまった。
ここは死と隣合わせの29層、最下層の手前。
400年の歴史の中で最も偉業に近付いたパーティーに、緊張感という物は無かった。




