例のアレ
翌朝、今日は宿を引き払い旅に戻る予定だ。
その前に食堂で朝食を摂る。そこで魔道具を渡した。
「エルネ、はいコレ。返すよ」
「うん。もういいの?」
「ちゃんともう魔道具だよ」
「変なのにして無いよね?」
「じゃあ試してみる?」
「う、うん」
「じゃあそれ、付けて」
エルネは耳にピアスを付けた。コウスケも親指に指輪を嵌める。
『今日の朝食はどう?』
「えっ?普通、だけど?」
普通に返すエルネ。だが、周りからはエルネの独り言の様に見える。
『エルネ、念話だよ?』
「あれ?口が動いて、無い?」
『魔道具と同じ様にピアスに魔力。』
「スゴイッ!頭に直接聞こえるみたい!・・・え~と」
『こんなカンジ?コウスケ聞こえる?』
『あぁ聞こえるよ。これからは別行動する事もあるかもしれないから、その時はコレだ』
『わかったわ。それにしても考えるだけで会話出来るって便利ね?』
『エルネは思った事まで筒抜けになりそうだな。気を付けろよ?』
『それは困るわ』
黙ったままニヤける二人。周りからは
「チッ、朝から・・・」
と思われているが気付いていない。
一通り遊び終えたエルネを確認して
「ほらっ!もういいだろ?モン爺に挨拶しに行くんだから急ぐぞ」
宿を引き払い、工房に向かった。その間もエルネは念話で話し掛けて来た。無視したが。
「おう!お前らか?どうした?」
モン爺だ。
「今日出発しようと思って。挨拶に来ました」
「そうか。気を付けるんじゃぞ」
「はい!ありがとうございました」
そう言って頭を下げる。
「モン爺楽しかったよ!また絶対に来るからねっ!宴会にっ」
エルネはそう元気よく言って、笑う。
そう言って二人は工房を後にした。その後は問題なく城門を通り、街を出て、旅に戻ったのだった。
その後のモン爺の話を少し。
コウスケ達が旅立ってからモン爺は毎日、日本酒を眺めて、いつ飲んでやろうか?とニヤニヤしていた。
ある晩、ついに我慢出来なくなり宴会に持ち出した。
そして、工房のドワーフ達にも振る舞ったのである。大勢で飲みたかったのか、自慢したかったのか理由は分からないが。
結果、100本あった日本酒は全て空けられてしまった。
飲んでいる間は、モン爺も酔って楽しくなっていたので気にし無かった。
しかし、翌朝酔いが醒めた状態で、100本の空き瓶が転がっている光景を目の当たりにしたモン爺。
両膝を付いて涙した、とかしてないとか。
~~
その後のモン爺の悲劇を知らない二人はのんびりと馬車に揺られていた。
もちろんエルネの操縦に、コウスケは隣で咥えタバコのいつものスタイルだ。
「ねぇコウスケ?次はどんな街かな?楽しい街だったらいいなっ」
「さぁ・・・知らないしなぁ」
「コウスケって何の為に旅してるの?」
「何の為って・・・暇だからする事が無くて、かな?」
「そんな理由でッ?・・・行ってみたい場所とか無いの?」
「行ってみたい場所ねぇ・・・あっ、エルフの里には言ってみたいな」
「それはダメよ!帰ったら私、怒られるじゃないッ!」
(エルフが全員エルネみたいなのか気になるんだよなぁ・・・爆乳エルフはいないのかッ!?を)
「・・・それを確かめてみたいんだよなぁ」
「?・・・私が怒られるかどうかを?」
「えっ?・・・あぁ、そう・・・かもね」
心の声の続きを声に出してしまい焦るが、バレなかった様で話を合わせる。
「私は絶対帰らないからねッ」
「わかった、わかったから」
そんなバカ話をしている内に日が暮れてきた。
「あっ!ホラッあそこ!」
エルネが指差した場所は、近くに川が流れ、開けた場所に夜営をした様な跡がある場所だった。
「他の人もここを良く使うんだろうな。ちょうど良いしここに決めよう」
「はぁ~い」
そう言ってエルネは馬車を向けた。馬車を止め、夜営の設営も手際よく終えるふたり。慣れたものだ。
夕食もコウスケが手早く作った。現代調味料を使っているので、手抜きでもこちらの世界ではかなり美味しいレベルだ。
いつもなら後は休むだけなのだが、フラリとコウスケが離れた場所に向かう。
それに気付いたエルネはコウスケを追いかけた。
「コウスケ、どこ行くの?」
「ちょっとな・・・この辺でいいか」
そう言うと、土属性魔法で地面を均し始めた。均した地面の中心から川に溝を掘る。これも魔法でだ。
「何か作るの?」
「あぁ!モン爺のトコで作ったアレだよ」
「結局私、何に使うものか聞いてないんだけど」
「あれっ?言って無かったっけ?これはな・・・」
そう言ってボックスから取り出した。
「風呂だッ!」
「・・・って何?」
エルフは体を拭いたり、川や湖での水浴びが一般的だ。と言ってもこの世界で実際に風呂に入れる者など金持ちぐらいだが。
「ここにお湯を溜めて入るんだよ」
「何の為に?」
「・・・汗を流したり、一日の汚れを落とすんだよ」
「そこに川があるじゃない?」
「冷たいだろッ、寒いだろッ、温まりたいんだ。リラックスしたいんだよッ!」
分かってくれないエルネに某元テニスプレイヤーの様に熱く語る。
「・・・そう」
若干引いているが分かってくれた様だ。
コウスケは作業を再開した。
まずは、風呂の周りに衝立を置く。浴槽を端にして、少し場所を開ける。
そこに、すのこを敷き低い椅子も置いた。ここは洗い場だ。ヘッドと取っ手だけのシャワーもある。
浴槽とシャワーには、付与魔法や魔方陣がこれでもかと使われている。
水を出すのも、お湯にするのも魔法陣で行われる。かけ流しの風呂だ。
コウスケは浴槽の魔方陣を発動させた。みるみるお湯が張られていき、湯気を出し始めた。
「エルネも、後で入れば気持ち良さが分かるよ」
そう言って服を脱ぎ出した。
「ちょ、何やってんのよッ?」
急に服を脱ぎ出したコウスケに、思わず目を覆う。
「あぁごめん。風呂は服を脱いで入る物なんだよ。ちょっと向こう向いてて」
エルネが背中を向けたのを確認すると、急いで服を脱ぎ、用意してあった篭に入れた。
そして、衝立の中に入る。
「焚き火のトコか、テントで待ってたらいいよ。上がったら教えるから」
「私入るなんて一言も言って無いのに・・・」
そう呟きながらテントに向かって行った。
一旦はテントに入ったが、やる事が無く焚き火の前で座っていたエルネ。
しばらくして、ホカホカと湯気を立てたコウスケが戻ってきた。
「エルネ、上がったよ。次どうぞ」
「わ、私はいいよっ」
「入んないの?そのままで寝るの?」
「うっ・・・」
馬車の御者席で一日走ると、土埃でかなり汚れるのだ。
「風呂なら髪も洗えるよ?」
「ううっ・・・」
「髪を洗う専用の石鹸も用意してあるし、匂いだって、ほら?」
そう言って、エルネに頭を差し出す。コウスケは【創造の産物】でシャンプーやコンディショナー、入浴剤まで出していた。
近づいただけで分かるいい匂いにエルネも負けた様だ。
「わかったわよッ!入るわよ!・・・覗かないでよ?」
裸で入ると言う事と、もうひとつ、心配はそれだった様だ。しかし
「そんな事しないよ」
コウスケは凄く冷めた目で言った。
エルネはその態度に安堵すると共に、少しショックを受けながら歩いて行った。
しばらくして戻ってきたエルネは、寝ていたコウスケを叩き起こし、風呂の素晴らしさについて延々と語った。




